5.アンタ、誰よ?
「何で、うちの学校ってこんなにやること多いんですかね?」
生徒会に入って早二ヶ月。今日も、生徒会室でわたしはパソコンに向かっていた。
「そりゃ、学校方針が生徒の自主性の確立、だもんな」
「その大義名分の基に、教師がわたしたちに仕事丸投げっての、多すぎません?」
仕事しろよなー、とぼやくわたしに向かって、冷たい声が飛ぶ。
「中原。ごちゃごちゃ言ってないで、手ぇ動かせ」
声の主は、生徒会長様。不機嫌丸出しの声なのは、彼も多分、雑務に追われてるせいだろう。結構な迫力を持っているが、そんな態度にももう馴れた。
「やってます。昨日の議事録と先生へのレポート、今打ち出したんで確認して下さい」
言ったそばから、プリンターが動き出したのを見て、結城先輩が驚いた顔を見せた。
「え、マジ?仕事速っ」
どうやら、不機嫌さも吹き飛ばす速度だったらしい。
よし、勝った。
そんなわたしの心の声は、がっつり顔に出ていたようで、隣の斉藤先輩が吹き出した。
「ちょ、見ろよ、結城。中原さんのこのドヤ顔!」
「いやあ、だって結城先輩を出し抜けたら、勝った!って気になるじゃないですか」
「勝負事なんだ?」
「真剣勝負です!」
真面目に言ったのに、斉藤先輩は本格的に笑い出した。何でだ。
「よし、じゃあ優秀な後輩にジュースでも奢ってやろう」
笑われて憮然としているわたしに、こちらも笑い混じりに結城先輩が言う。それだけで、少しばかり自分の気分が上向くのがわかる。わたしも単純だなあ。
「ホントですか?やった!」
「結城、食堂行くんだったらおれのも買ってきて。ポカリがいい」
「お前は自分で払えよ?青木はどうする?」
青木、とは、十日ほど前に生徒会に入ったわたしの同学年の男子だ。まだまだこのノリについて行けないのか、若干固まっている。
「青木君、ほらほら、結城先輩が奢ってくれるってよ?」
「え、いや、でも」
「奢ってもらえる時に奢ってもらったら良いんだよ。ほらほら、リクエストは何?」
「じゃあ、おれもポカリで」
「おーし、じゃあ、ポカリ二つな。中原、来い」
「あ!それなら、おれ、行ってきます!」
「え?先輩が一人で行って一人で買って来てくれるんですよね?」
ほぼ同時に出てきた正反対の台詞に、結城先輩はゆっくりため息をついた。
「一回でいいから、おれは可愛い後輩な中原人魚を拝んでみたいわ。……あ、青木、お前はいいぞ。おれもちょうど切りのいいところだったから」
青木君にそう声をかけると、先輩はじろりとわたしを睨む。はいはい、分かりましたよっと。
そのまま連れ立って食堂へ向かう。
結城先輩は、たまにこうやって先輩らしく労わってくれる。わたしの軽口に目くじらを立てることもないし、後輩として可愛がられてるのはすごく居心地がいい。
遠くの方から、吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。明日からテスト一週間前に入って部活動は禁止になるから、今日が最後の練習だろう。
「そういや、中間の試験勉強、もう始めてるか?」
わたしの頭の中を覗いたように、先輩がそんな話題を振ってきた。
「いえ、まだです。基本的に試験勉強は直前にがっとやる主義なので」
「中原は短期集中型か」
「暗記モノとか、特にそうですね。数学とかは時間見てコツコツ問題集やりこみますけど、高一の中間だし、範囲も狭いんで、直前だけでなんとかなるかなって」
「頭の良い奴の発言だな……」
「先輩に言われると嫌味にしか聞こえません」
常に学年トップクラスの男が何を言うか。何でも、総合順位で常に学年ベスト15以内に入っているんだとか。生徒会で忙しくしてるはずなのに、よく勉強してる暇なんてあるなあ。
「ああ、でもお前らはまだ受験の名残があるか」
「そうですね。うちは結構偏差値高いですし、それなりに受験勉強してますしね」
そんな呑気な会話を交わしながら、食堂に着いた時だった。
「げ」
「あ、結城くぅん!」
心底嫌そうな先輩の声にかぶせるように、甘ったるい声が聞こえてきた。
声のした方を見れば、茶髪にパーマ、というテンプレなギャルのおねーサマたち。
「何してるのぉ?」
馬鹿そうな喋り方だな。
即座にそんなことを思ったが、勿論おくびにも出さない。甘ったれた声で先輩にすり寄って来た三人とは真逆の方向へ、わたしはしっかり避難した。
何しろ、結城先輩にギャル系女子集団だ。近寄って何かいいことがあるなんて、億に一つもないだろう。くわばらくわばら。
「珍しいよねー、結城くんが放課後にこんなトコにいるなんて」
「せーとかい、大変だよねぇ?」
「でも結城くんってユーシューだからぁ、さらっと何でもこなしちゃいそうだよねえ」
「わかるー!デキる生徒会長サマって感じぃ」
……………………うちの学校にもいたんだ、こんな頭軽そうな女子。
ある意味、カルチャーショックに近い。おかしいな、それなりに名の通った進学校なのに、どこでどう間違ったらこんなのが生息するんだろう。
つか、聞いてるだけでイラっとするから漢字使って喋ってくんないかな。
彼女らのかしましい声は続く。
「あ、ねえねえ。ウチら明日遊びに行く約束してたんだけどぉ、よかったら結城くんも一緒に行かない?」
きゃー、それ言っちゃう?リナってばだいたーん。後ろから、漫画で言えば書き文字みたいな声が聞こえてくる。や、大胆なのは来週からテストだってんのに、遊びに行っちゃうことだろうよ。
「悪いけど、明日はちょっと。来週から中間もあるし」
うん、先輩の回答は大変正しい。でも多分、こういうタイプには効かないだろうなあ。
「えー、結城くんならヨユーでしょお?」
ほらな。返ってくる反応が予想通り過ぎる。これ、多分長引くんだろうなあ……。
とりあえず、一段落しそうな隙を見て声をかけてみる。
「あの、先輩?」
呼んだ瞬間、三人がギラリとこっちを向いた。うっわ、めんどくせ!
「アンタ、誰よ?」
「生徒会で結城先輩にお世話になってる一年です」
「生徒会?」
こんなダサ女が。でかでかとそう言いたいんだと顔に書かれていて、吹き出しそうなところを堪える。我慢だ、我慢。ここで笑ったら、フォローが面倒くさい。
「あの、結城先輩、買い出しはわたしがやっておきますので、良ければここでお話ししててください」
一言声をかけないと心配されるかな、と思ったんで。じゃ!と言ってフェードアウト――の、はずだったんだが。
「いやいや、そんな。可愛い後輩一人に買い出しさせるとか、そんな外道なことできるわけないじゃん?」
がしり、と腕を掴まれた。げ、そう来る?
「やだなあ、そんなこと思うわけないじゃないですか」
むしろ、ここでわたしの存在をアピールする方がよっぽど外道だ。とっととわたしを逃がしてくれ、と目で訴えてみるが、先輩はわたしの腕をつかんだまま。ていうか、気付いているよね?その顔、気付いてわざとやってるよね!?
さあ早く離せ、というわたしの無言のアピールもなんのその。先輩は、にっこり笑って言う。
「ホント、中原は良い子だなー」
それだけにしてくれるなら、まだ良かった。だというのに。
さらに、ぽんぽん、とわたしの頭を叩いてみせた。
「――!!」
ちょ、何してくれやがんの、結城先輩―――!!!
わたしと同じように息を呑んだお姉さまたちの目が、次の瞬間一気に変わる。
「へえ、一年なんだ?」
「生徒会の子?」
ロックオン、されました……。
あああ!もう!こういうタイプに目をつけられたら、後始末に手がかかるんだって!
どうしてくれんだ、と思って先輩を見上げたら――にやり、と笑われた。
確信犯か、この男!めちゃくちゃ性質悪いじゃないか!