3.あーあ、可哀想に
内山との情報交換は速やかに行われた。まあ、クラスさえ分かってしまえば、捕まえるのも簡単で、その日のうちに内山は約束を取り付けてきた。本当に、仕事が速くて助かる。
そして、彼女がやって来たその日。
ホームルームが長引いたせいで、やや遅くなったおれが生徒会室に入った時、すでに全員が揃っていた。
「遅いぞー、会長ー」
「すいません。もう全員揃ってます?」
そう言って部屋をぐるりと見渡し、最後に彼女に視線を止めると、ぺこりと会釈をされた。うーん、空気が固いのはあれか、内山が言ってたように渋々ここへ連れて来られたから、かな。
「こんにちは。二度目まして、だよね、中原さん?」
とりあえず、営業用の笑顔。だが、彼女は全く反応もせず、むしろ嫌そうにすら見える。
ありゃ?おれ、何か嫌われるようなことしたかなあ?
顔を見ただけで嫌われるとか、初めての経験で、ショックを感じるより興味深い。でも絶対、おれが面白がってるとか思いもしないだろうなあ。
そんなことを思っているおれの横から、茶化してくる先輩たち。いやいや、この子、生徒会に勧誘するんでしょうが。嫌がらせのようにからかってどうするよ。
「内山先輩、帰っていいですか?」
案の定、彼女はがたんと立ち上がると、冷たく言い放った。
「え、やだ、中原ちゃん。帰っちゃダメだよ!結城君が来たから、これで全員揃ったのに」
「何かもう、本格的に面倒くさそうなんで、今すぐ帰りたいです」
はあ、とこれ見よがしに溜息をつく。成程、生意気な後輩って印象をつけたいってとこかな?彼女の意図を察して、とりあえず先輩方を見やれば――嬉しそうに頷かれた。あーあ、可哀想に。コレ、完璧気に入られたパターンだわ。
「ごめん、中原さん。君をからかうつもりはなかったんだけど」
柔らかな滝川のフォローもなんのその。
「すいません。とばっちりが来そうな気がしたので」
真っ直ぐに、こちらを見つめて言いきった。
その瞳の強さに、俄然興味がわく。
こんなにも物怖じしせず、自分の意見を言える子は、そうそういない。本当に、内山の言う通り、生徒会に断然欲しい。
その思いは、どうやら全員一致だったらしく、彼女はものの見事に歓待されていた。
彼女にしてみれば、不愉快がられて追い出されるつもりだったんだろうけど、そんな簡単にいくわけがない。うちの生徒会は濃いメンツが揃ってることで有名なんである。
歓待されている彼女は、若干うろたえ気味だ。さっきの、明らかに喧嘩売ってます、という態度から一転、訳が分からないという顔をしている。うん、そういう姿はちょっと可愛いかもしれない。
まあ、彼女もなかなか手強そうだし、ここはひとつ、混乱に乗じてみよう。
「何か自己紹介も済んじゃってるっぽいけど、改めて仕切直していいかな?まずはおれ、2年の結城遥斗。会長やってます。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……?」
お、処理能力、追いついてないな。よし、ここは畳みかけてしまえ!
「じゃ、3年からね。そちらが菊川さん、副会長。隣の三橋さんは、会計ね。あと、向かいの鷹野さんも3年。3年はこの3人だけで、鷹野さんはクラブの体育会系担当で、アメフト部にも入ってるんだ。ぽいでしょ?」
「へ、はあ、まあ……」
「残りは全員2年ね。紅一点の内山はよく知ってるんだよね?こいつは風紀担当。内山の隣の井出と一緒にやってる。その隣の滝川が会計ね。あと、逆隣の斎藤が書記で、中原さんの目の前の清水がクラブの文科系担当。これが全員なんだけど、中原さんには斎藤と一緒に書記をやってもらうから、よろしくね」
「は、はい…………て!いやいやいやいやいや!ちょっと待って下さいよ!何でもう生徒会に入ること決定なんですか?!」
ちっ、思考が追いついてしまったか。丸め込めるかと思ったのに。
「申し訳ありませんが、わたし、生徒会に入る気はありませんから」
彼女の声は、淡々としているが、その意志がはっきりと現されている。その瞳と同じくらい、真っ直ぐで強い声だった。
「でも、中学の時はやってたんでしょ?好きじゃないの?」
「中学の時は内申のためです。別に好きでやってたわけじゃありません」
「高校では内申はいらない?」
「そうですね。高校受験ほど重要じゃないので」
とりあえず、ジャブ代わりのそんな会話。テニスのラリーのように、打てば的確に返ってくる。凄いなあ。初対面の上級生にここまで言えるその度胸と、返答の的確さが、本当に生徒会向きだと思う。
うん、この子は、欲しい。
心からそう思った。
『気に入ると思うのよね』
そう言った、内山の言葉を思い出す。
ああ、確かに。お前の目はホントに的確だわ、内山。見た目は圏外女子だけど、そんなの全く気にならなくなっている自分がいる。
だから、まずは彼女の認識を改めるところから、始めてみようか。
「生意気な後輩に見えてもいいやって思ったんだよね?でもね、残念ながら、その作戦、大失敗だから」
にっこり笑ってそう言ってのける。彼女だって、普通はかぶってるらしい猫を綺麗さっぱり取り払ってる。それなら、おれも営業用の顔しなくても、良いよな?
そろりと地を出したおれに、彼女がきょとん、と首をかしげる。さっきまでの強さとはアンバランスなその稚さが、可笑しい。
そこへ、鷹野さんが割り込む。
「時に中原さん、こいつの顔見て、イケメンだって思わなかった?」
「あ、はい。ジャ○ーズにいそうとか思いました」
間髪入れずに返ってきた答えに、一瞬目をみはる。イケメン認定されてたことが妙に嬉しい。何よりも、彼女がそれで色めき立たなかったことが、特に。
そして、鷹野さんがにこやかに言ってのける。
「というわけで、うちの生徒会に入る絶対の条件を、おれたちは設けることにしました。それはねえ『結城の外見にぽーっとしない』です」
それを聞いた瞬間の、彼女の反応こそ見ものだった。
大きく目をみはり、愕然としている。
そうだよなあ。まさか生意気な後輩こそ気に入られるなんて、思いもしないよなあ。
「というわけで、中原さんはその大変希少な条件に当てはまる1年女子な訳です。おめでとう!おれたち、そう言う子、喉から手が出るくらいほしい」
「自分で言うのもなんだけど、中原さんの反応、おれに対してめっちゃレアだから。しかもその打てば響くという反応、マジで生徒会向き」
やってみれば、面白いと思うんだけどな。少なくとも、ここまで自己主張ができる彼女なら、やりがいはいっぱいあると思うんだけど。
「お断りです!」
見事に、一蹴された。
「うーん、困ったなあ。それだと平行線だよね」
わざとのんびり言ってみると、そりゃもう、腹立たしげに睨まれた。勝手に困ってろ、とでも言うところかな。
「こういう平行線の場合、わたしの意見の方に優先権があると思うんですが」
正論である。まごうことなき正論だが、そんなもので引き下がるような優しいメンツはうちにはいない。
「優先権、ねえ。それを折れてほしいなあって」
「だからお断りします」
「どうしても?」
「どうしても!」
不毛な会話を、ぶった切ったのは、菊川さんだった。さすが、影の女王様である。菊川さんの提案に、彼女がみるみる青ざめる。
そして、結局菊川さんが寄り切った。
「っ!!わかりました!やりますよ!やれば良いんでしょう?!」
叫んだ彼女に、勝った、と言わんばかりの菊川さんの笑顔が眩しい。…………いや、正直に言うと、ちょっと怖い。
だがまあ、決定は決定と言うことで。
「じゃあ、決定!これからよろしくね、中原さん」
拍手とともに、彼女は我らが生徒会の一員となったのだった。




