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彼女と彼の攻防戦  作者: 氷月
SIDE:H
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11/20

1.何だそりゃ

ここからは遥斗視点です。彼視点を読むと、遥斗の印象が変わるかもしれません……。彼に良い印象がある場合は閲覧注意。人魚視点と同じ場面もありますが、半数くらいは人魚が登場しない話です。

 新学期。


 学年が上がって初めての登校日。いつもの通り、恋人である三木ほのかと待ち合わせをしていたのだが、彼女の表情を見て、おれは心中で溜息をついた。


 ああ、また駄目かもしれない。


 表面上は、特に問題なさそうに見えるかもしれない。でも、分かる。春休みに入る前に見ていた顔と、今日の顔は全く違う。


「おはよう、ほのか」

「遥斗くん、おはよう。クラス替え、緊張するね」

「そう?別におれはどんなクラスでもいいけど、とりあえず食堂に近い教室のクラスになりたい」


他愛ない、普通の会話。全くもっていつも通りの。だのに、それが見事に上滑っていることに、彼女は気づいているんだろうか。


 だって、この話題なら確実に出るはずの言葉が、出てこない。

 おれからだけでなく、彼女からだって。

 それに気づきながら、おれは全力で目をそむけている。分かっていても、どうしようもない。

 慎重に様子をうかがいながら、取り留めのない会話をすることに、一体何の意味があるんだろう。


 そんなことを思って、溜息を殺した時だった。


 「おっはよーう!生徒会長ー!」


頭が痛くなるような陽気な声ととともに、どんっ!!と背中に衝撃が来た。一瞬息がつまり、次の瞬間盛大に咳き込む。


 何が起こったか、分かっている。

 全力疾走してきた物体に、思いっきりタックルされたのだ。


「うっ…ち、やまあ……!!」

「あ、ごめん、強すぎた?」

そうあっけらかんと笑うのは、同じ生徒会所属の内山だ。


「女バスのエースが全脚力こめてダッシュした上で、勢いも殺さずにタックルするとか、始業式の朝から、お前はおれを殺す気か?!」

「えへへ、ごめーん。止まれなかったのー」

「全力で殴っていいか」

「ええ、やだあ。あたし女の子なのにー」

「100メートル13秒台で走れる脚力を使って、全力で人に激突するような人間凶器をおれは女子とは認めない」

「はいはい。結城くんにとって女子ってのは、ほのかみたいな女の子のことを言うんだもんねえ。どうせあたしは女子じゃありませんよっと。おはよ、ほのか」

「おはよう。朝から元気ね」


おれの息の根を止めるようなタックルをする女とは思えないくらいの、普通の女子らしい挨拶をほのかと交わした後、内山はくるりとおれを振り返った。


「ところで、結城くん。昨日、入学式で挨拶したんでしょ?どうだった?」

「どうだったも何も、可もなく不可もなく、だ。つつがなく、粛々と自分の役目を果たしてきたが?」

「ちっがーう!そうじゃなくて!あたしが言ってた子、分かった?」

分かってて何ですっとぼけるかな、とぶつぶつ言う内山に思わず笑う。そんなもん、ワザとに決まってるだろうが。


 そう、現生徒会長として、入学式で歓迎の挨拶をしたおれには、一つのミッションが課せられていた。

 というのも、諸事情があって、今の生徒会は人手不足なのだ。だから、優秀な新入生がぜひ欲しい。

 それが、生徒会役員の共通認識だった。


 そこへ、内山が一人の後輩の情報をキャッチしてきた。


 その名も、中原人魚。


 ずいぶんと個性的な名前である。オブラートに包んで言ってもキラキラネームだと思うが、内山曰く、これが「十人いたら十人が振り返る美少女」らしい。その情報だけで、当然男連中は盛り上がったのだが、内山はすごいのは中身だ、と言う。


 『頭の回転の速さと、様々な物事の処理の的確さは、絶対に生徒会向き!』


だそうである。

 内山は、その明るく陽気な外面から馬鹿っぽく見られがちだが、馬鹿ではない。というより、彼女がそう断言するなら、その評価は信頼できる。

 だからこそ、誰よりも早く新入生にコンタクトをとれる立場を生かして、目をつけておけ。何なら、ツバつけとけ、との厳命がおれに下ったわけである。


 で、当然情報源の内山としてはおれのミッションの出来を聞きたいわけなのだろうが。


「お前が言うような子、いなかったぞ?」

さすがに式中のホールで見つけるのは難しいだろうと、さりげなくクラス写真の現場を眺めてみたのだ。クラスでも分かれば、今後のアプローチもしやすいだろうと思って。

 それなのに、そんな美少女なんてどこにもいやしなかった。期待してたのになあ。


 昨日の徒労を思い出して、溜息をついてみせたおれに、内山が首をかしげる。

「見つからなかった?」

「美少女なんだろ?十人がいれば十人が振り返るくらい。それ以外の特徴なんかいらん!てお前が断言してたけどな、そんな美少女なんていなかったぞ?」


だから、ちゃんとした特徴をだな――そう続けかけたおれに、内山がそれはそれは楽しそうに笑った。こいつがこんな顔をするなんて、はっきり言って嫌な予感しかしない。


「そっかー、いなかったかー。じゃあ、美少女を封印してるのかも」

にやにや笑いを収めもせず、内山は呟く。しかも、言ってる内容は意味不明だ。


「美少女を封印?何だそりゃ」

どこの世界に、わざと自分をブスに見せる奴がいるっていうんだ。訳が分からないおれに、内山は言う。


「ま、色々あるのよ、あの子。良い子なんだけど、敵も多いって言うか」

「敵の多い良い子なんて聞いたことねーぞ」

「そりゃまあ、クセはあるからね。無色のいわゆる“良い子ちゃん”ではないもん。でも、結城くんは気に入ると思うんだよね。美少女でなかったとしてもね」


あ、後輩としてだからね。ほのかにそんなフォローを入れると、内山はそのまま別の友人の元へ駆け出して行った。現れる時もそうだが、消える時まで台風みたいな奴だ。


「嵐のような奴だな」

「それが夕菜の良いところよね」

くすくすと笑うほのかは、さっきまでのおれと内山の会話を気にした素振りもない。

 その姿はとても自然で、だからこそ不自然だった。


 おれのフォローを待ってるんだろうか。

 いやでも、気にしてない素振りの彼女に言うべきなのか?美少女の後輩がいたって、目移りなんかしない、って?


 ……今この瞬間でさえ、気が重いのに?


 最低な男の本音に気付きながら、おれは自分の心に蓋をする。

 そうしてまた、おれたちは何気ない会話に戻った。


 一体、いつまでこんなことを続けてるんだろう。

 付き合い始めた頃は確かに好きだと思っていたのに、今ではその感情すら確信が持てなくて。

 いつもいつも、そんなことの繰り返し。

 本当に最低の男で、嫌になる。


 自己嫌悪だけが、心に重くのしかかる。

 それを少しでも紛らわそうとついた溜息は、自分でもぎょっとするほど、重かった。

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