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荒ぶる魔王選定戦(3)

 雪子にとって昼休みは昼ドラの時間だ。

 メイド長と一緒に楽しむテレビタイムはもはや日課になっていて、それなしでは昼を過ごした気がしないほどである。


「雪子、今日は番組表に変更があるらしいわよ」


 本日のおすすめランチプレートを持っていつもの席に座ると、メイド長は大盛りステーキの乗ったトレーを手に正面に座った。


「そうなんですか? ドラマの続きは?」


「一回遅れで明日やるそうよ」


 うう、昨日良いところで終わったから楽しみにしてたのに。

 崖の前に立つ美形魔族二人とそれを引き裂こうとするバナナがシリアスなのにギャグで一触即発だったのに。

 テレビを見上げるとニュースが始まった。

 アナウンサーが「本日は番組を変更して魔王選定戦の結果をお知らせします」と原稿を読み上げる。

 流れるテロップ。

 ん?!


『衝撃! 魔王様の熱烈プロポーズ!!!』


 なにこのテロップ?!

 流れる映像、そこではジャージ姿の候補者さんが私に黒い魔力を突き付けていた。


「これ、昨日の」


「テレビデビューおめでとう、雪子」


「こんなデビューの仕方嫌ですよ?!」


 ジャージの候補者さんの「これを切り裂かれるのと俺を魔王にするの、どっちが良いか選ばせてやるよ」という声がしっかりと音声に乗ってくる。

 ってか撮影してたのね。

 カメラがあるの全然気づかなかった。

 ってかテレビだとすごく太って見えるんだけど私。

 しかも「苦し……」とかちょっと儚い系美少女みたいな声出してるけど見た目が美少女じゃないから残念すぎるよ。

 おまけに「もっと苦しがれよ。魔王様に命乞いしてみな」っていうジャージさんの台詞が完全に下っ端悪役だ。

 音声編集の力って、すごい。

 ついでに外見も編集しておいてほしかった。

 映像の中で魔王様の魔力が膨らむ。

 きりっとした顔のアップ。


「すごい、イケメンに見えます」


「黙って見てなさい」


 映像の中の魔王様が「よそ見している場合かな」と魔法を放つ。

 僕の奥さん云々の部分はカットらしい。

 赤紫色の魔法が画面の中の自分に当たる瞬間、自分の周りにだけ白い光が発生。赤紫色の魔法がジャージさんを包んで、さらに橙に近い赤色の檻がジャージさんを閉じ込める。

 次の瞬間、ジャージさんの姿が消えた。


「今の赤色の檻って、メイド長の魔法じゃないですか」


「ええ。コーヒーを持って行ったらこんな状況だったから、ネズミ退治かと思っちゃったの」


 画面は切り替わって、呆然とする私と心配そうな笑みで近づく魔王様。


「君を守れてよかった」


 イケメンスマイルの魔王様から放たれる言葉は非常にクリアなサラウンド音声で放送されている。


「愛してる。君を生涯守る許しをくれないか」


 跪く魔王様、落とされる口づけ。

 まるで漫画に出てくる王子様のような姿。

 画面の端に薔薇のエフェクトがされているのが恥ずかしい!


「はい」


 えんだぁぁぁぁああああでぃだぁぁあああああ!!!!!

 アナウンサーの「魔王選定戦で生じたまさかの事件、しかし魔王様はそれを収め、プロポーズ! お相手は黒衣の一般女性、白い魔王様との対比が印象的ですね」という言葉がBGMの上に乗る。

 黒衣っていうかそれ、メイド服です。

 訓練場に行く直前、昼ごはんのソースをこぼしちゃってエプロンを外していたせいで普通のワンピースになっちゃっただけで、魔王城の一般的な女性用制服です。


「エプロンがないのは良かったんじゃないの、第一報が『メイドに手を出した魔王』になるよりはマシでしょうね」


「でも見る人が見ればわかりますよ」


「大丈夫よ、御覧なさい」


 メイド長がテレビを顎でさす。

 画面ではフランス人形のようなゴシックドレスの少女が可愛らしい笑顔で大写しになっていた。


「新たな時代の幕開け、新魔王様のお姿です」


 予選での乱戦トーナメントの映像だろう、女の子が笑顔で他の候補者たちの背後を取り、それぞれの首に魔法を巻き付けて犬の散歩状態にしている映像が流れる。


「ご覧ください、この素晴らしい統治力。現魔王様はこの統治力を評価されたという情報が入っています」


 統治力というか調教力……?

 普通の人なら首輪をつけられた時点で自分に萎えちゃって力を出せなくなりそうだ。


「駄目なイヌほど可愛いと思います。この世界の駄目なところも愛し、より良くしていきたいと思います」


 輝く白金色の髪に透けるような白い肌をした女の子は可憐な笑みを浮かべて報道陣の質問に答えている。

 女性の魔王は約千年ぶりらしく「朱鷺の女王様のプライベートに迫る」という特集になだれ込んでいった。


「朱鷺色はともかく、女王様ってすごい二つ名ですね」


「魔族の女王なのは間違いではないでしょう、教育上はセーフのはずよ」


「そういうもんですかね」


「そういうものよ」


 ランチプレートの塊肉のワイン煮込みが美味しい。

 料理長の食事が食べられるのもあと一年かと思うと、なんだか残念だ。


「そういえば、魔王様の二つ名ってなんですか」


「あら、知らないの」


「はい。テレビや雑誌でも出ているの見たことないですし」


 メイド長はステーキに小爆発スパイスを追加しながらくすりと笑う。


「あの方の二つ名も魔王選定戦の時につけられたのだけど、あまり格好良くないのよね」


「そうなんですか」


 聞きたい、魔王様のカッコ悪い二つ名聞きたい!


「ふふ、そんなに気になるなら教えちゃうわ。魔王様の二つ名はね」


 ピンポンパンポーン


 ――メイド部所属ユキコさん、メイド部所属ユキコさん、報道陣の皆様がお見えです。至急一般人立ち入り区域への退避をお願いします。


 ピンポンパンポーン


「なんですか今の放送」


「腑抜けた放送だったけど、一応緊急放送ね。魔王様の執務室に移動した方がいいわ」


「え、昼ごはん」


「持って行けばいいでしょう。食堂は報道スタッフにも開放してるから入ってきちゃうわよ、早くなさい」


 メイド長の言葉の間にもどたどたと複数の足音が迫る音が聞こえてくる。


「いたぞ!」


 え、なにこれ怖い。

 なんか巨大な蛇みたいな魔族もいるしカメラもマイクもめっちゃ大装備ですねみなさん。


「ままま魔王様執務室前ぇ!」


 左手にランチプレート、右手に吊り革。

 ふぁーん、しゅー、ごっとん。

 視界が固定されるや否や、雪子は執務室の中に勢いよく飛び込んだ。

 おだやかな日常はしばらくお預けになりそうだ。



 番外編 荒ぶる魔王選定戦 終

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