魔王様は不機嫌がいっぱい(3)
夕食と夜番メンバーへの引継ぎが終わって、もうすぐ夜のお茶の時間。
料理長からおやつを持たされた私は魔王様の執務室の前にいた。
大きく深呼吸をして、扉を二回ノック。
「魔王様、お茶をお持ちしました」
「入って」
その言葉に扉を開けると、意外にも魔王様一人で、いつも一緒にいるはずのシェムさんはいなかった。
「シェムさんはどうされたんですか」
ポットの用意をしながら聞くと、「何かを探しに行った」とぶっきらぼうに返ってくる。手元の書類から目を落としたまま顔を上げない魔王様にティーカップを差し出す。
魔王様は書類の位置をずらしてお菓子とお茶を置くスペースを空けてくれた。
「魔王様、お話があります」
「何」
魔王様は不機嫌そうに口元を下げたまま顔を上げてくれない。
私、これでも人生初めての告白をしようとしてるんですよ? せめて顔くらい上げてくれたっていいと思うんですけど? あ、でもその整った顔でこちらを見られるとそれはそれで恥ずかしいからやっぱそのままでいいです。
「何? 聞くから早く言って」
声が冷たい! くそう、こんな状況で告白するとかつらすぎるよ! 料理長! 私の骨は拾ってくださいよ!
「好きです」
言えた! 言っちゃった!
魔王様の動きが止まった!
「一昨日気付いたんです。私、魔王様が好きです。魔王様が私のこといつか捨てちゃうとしても、私、魔王様について行きたいです」
一息に言って、ティーカップにお茶を注ぐ。ちょっと早かったかもしれない。
「ストップ」
シュガーポットから砂糖を入れようとしたところをとめられる。
「魔王様、ストレートティー飲めるようになったんですか」
「違う、そうじゃなくて。砂糖は入れて」
何がストップなのかわからないまま砂糖をスプーン五杯分入れる。
「なんで僕が雪子のこと捨てるの? そんなこと言ったことないよね」
「でも、私は人間だし、無力だし、お茶くみくらいしか出来ることないし」
「それが不満だなんて言ったことないけど?」
魔王様の赤い目が開いた状態で私を見つめる。
「雪子、魔王を辞めた僕についてきたら雪子はメイドじゃなくなるよ? これまで仕事に誇りを持ってやってきたのに、簡単に捨てちゃって良いの?」
「このまま魔王城で働くにせよ、魔王様について行くにせよ、私がすることは同じですから」
というか、魔王城っていう他の人から見たら特殊な環境で働いてる割に、私がやってるのって普通のお屋敷のメイドさんと同じ仕事なんだよね。だから魔王城で特殊技能を生かしたいとかそういう執着はゼロだ。魔王を辞めた魔王様の個人宅でのメイドに転職することについてまったく問題はない。
「じゃあ、え、なに、雪子、僕のこと好きなの」
「さっきから言ってるじゃないですか。私は魔王様のことが好きなんです。何度も言わせないでください」
魔王様の目が見開かれて、すっと糸のように細くなる。
「そっか」
怒っているわけではない、でも嬉しそうにも見えないその表情に心情を量りかねていると、魔王様はもう一度「そっか」と呟いた。
「雪子、えっと……ちょっと待ってね」
引き出しをあさり始めた魔王様。ややあって数字がたくさん書かれた表を取り出すと、定規を当てて表の交差点を読み取った。
「三日後の夜、空けといて。19時30分に裏庭集合」
「三日後の夜って平日ですよね。万が一引継ぎがあったらちょっと遅刻するかもしれません」
「良いよ。でも20時までには来て」
「わかりました」
ポケットの中に入れていた手帳に時間と場所をメモする。何か時間指定のある仕事を任されるんだろうか。
「そういえば、手袋は?」
「ポケットの中です。城下町に出ないときは外してるので」
「はめてみせて」
言われるがまま手袋をはめると、「サイズはあってるの?」と指を握られた。指先や指の間を確認して、布の余り具合を見ているみたいだ。
「しばらく借りるよ」
「どうぞ」
魔王様は私の手袋をジャケットの内ポケットに入れるとティーカップを握る。今日のお茶は黄色い花のハーブティーだ。ハーブティーにもお砂糖を入れることを要求する魔王様の味覚センスはどうやったって理解できそうにない。
でも、なんだか幸せそうだから、まあいっか。
「近いうちにシェムシュとライラに新魔王選定戦の準備をしてもらおうと思ってる。選定戦で一年、引継ぎでもう一年は忙しくなるから覚悟しておいて」
「かしこまりました」
まるで何もなかったかのようないつも通りのお茶の時間。
それがあまりにも自然すぎて、告白の返事を聞いていないことに気づいたのは執務室を辞して料理長と夜のおやつ会をしているときだった。
完全な報告ができなくてごめんね、料理長。




