魔王様は不機嫌がいっぱい(2)
クラヴィスさんと別れたあと、私は放心気味におつかいを続行した。足を進めるたびにもう会えないのだろうかと悲しくなって、でも教えてもらった魔法があることを思い出して、会いたくなったら手紙を書こうと気を取り直す。
そうやって魔王城に帰りついて、すぐに調理場に行ったものの料理長はおらず、食糧庫や書庫を探してもいなくて、やっと見つけた料理長はなぜか食堂の隅で物憂げに座っていた。
「やっと見つけた! これ、おつかいの品。でもごめん、愛の告白はどうすればいいかわからなくて」
料理長の目の前にケーキの箱を並べる。料理長は覇気のない顔で「ごくろうさまッス」と箱を開け始めた。
「俺、雪んこが羨ましいッス」
オレンジやレモン、名前の知らない柑橘類がふんだんに使われたケーキやムース、期間限定のシュークリームやエクレアを一通り確認して箱を閉じていく。ため息をつきながらの作業に、もしかして気に入らなかったのかと問えば料理長は首を横に振った。
「いったいどうしたの? いつも元気な料理長らしくないじゃん」
「……失恋、したんス」
ぽつり。
呟いた料理長に思わず周りを確認する。早めの昼ごはんに来たであろう人たちが食堂に入ってくるのが見えて、このまま話を聞くのはマズイと判断する。
「場所変えよ? これからの時間、地下食糧庫なら人来ないよね」
料理長の恋愛話なんてこれまで聞いたことがなかったのに、恋の始まりを通り越して失恋だなんて。しかも今まで見たことがない落ち込みっぷり。一見して重症だよ、お医者さんが必要かも。
食堂スタッフさんにケーキを冷蔵庫に入れておいて貰えるようお願いして地下食糧庫に料理長を引っ張っていく。
魔法の灯りが食糧庫の中を過不足なく照らす中、料理長の目の下には青っぽいくまができていた。
「料理長って好きな人いたんだね。いつから?」
ほんのり土のにおいがする木箱の上に料理長と並んで座る。
「いつからかなんて覚えてないッスけど……気付いたら好きで、今は相手にしてもらえなくても、いつかはって思ってたんッス。焦る必要なんてないって、時間は無限にあるって勘違いしてたんスよ」
「告白したの?」
料理長は苦しそうな顔を横に振った。
「急に昔の恋人みたいなやつが現れて、運命の再会みたいにして掻っ攫われたんッス。頑張ればどうにかなるかと思って粘ってみても……無理ッスよ、あんな幸せそうな顔見せられてどうやって割り込めっていうんスか」
「その二人は付き合ってるの?」
「わからないッス」
「じゃあ、何もわからないのに失恋したの? なんで? 振られてないんでしょ? 何もしてないのに諦めちゃうの?」
「答えがわかりきってるのに言って関係壊したくないんス。それに彼女は俺の気持ちわかってるはずッス」
「料理長、私へのおつかいに『愛の告白』を頼んだでしょ? それって料理長が使うためのものじゃないの?」
「違うッス。それは雪んこ用ッス」
私用? 私が愛の告白をするの? しかも、おつかいで?
料理長が顔を上げる。去年あたりから年下に思えるようになったその顔が今は年上に見えた。
「でも私、告白するような相手なんて」
「逃げるんスか。自分の気持ちから、逃げるんスか。今なら間に合うのに、間に合うってわかってて逃げるんスか」
「なんでそんなこと言うの。料理長は何を知ってるって言うの」
まるで、私が魔王様のことが好きだってことを知ってるみたいじゃない。私だってほんの二日前に気づいたばっかりなのに。
それに、まるで今を逃せば間に合わなくなるような言い方。
「食事は毎日を、人生を作るものッス。だから、今日は何を残されたとか、何を好んで食べていらっしゃったとか、そうやって食事を把握するってことは、食べる人の人生を把握するってことなんスよ。俺は毎日魔王様の食事を作ってるッス。食事にかける時間も、召し上がった後のお皿も、その日何を気に入ってもらえたかも把握してるッス。だから、魔王様の何かが変わろうとしてることくらいわかるんス」
料理長が胸ポケットから手帳を取り出し、ページを迷いなくめくる。
「一昨日。朝、ハニートースト、スクランブルエッグ、サラダ、ベリーヨーグルト、ミニパンケーキ半分。午前のお茶、チョコレートケーキ1切れ、クッキー一箱。昼、カフェシトロンのものと思われるベーコンエッグマフィン、サラダ、冷凍フルーツのヨーグルト添え、ミルクシェイク。午後のお茶、ナッツタルト1切れ、クッキー一箱。夜、なし。深夜のおやつ、なし」
お茶の時間が多い。ということは、この記録は魔王様のものだろうか。
「一昨日の朝、魔王様は朝食途中にお出かけになられたッス。だからパンケーキは完食されなかったんスよ。昼は城下町の第二商業区域で買ってきたらしいマフィンを召し上がって、その日は苛立ちを誤魔化すようにやたらとクッキーを貪り食っていて、夜からお出かけになったんス」
魔王様、朝ごはんちゃんと食べてたんだ。でも、私を迎えに来るために中断しちゃって。ってことは、私が寝ちゃったのに気づいて、何か事件に巻き込まれたかもしれないって慌てて来てくれたってことだよね?
すごく怒ってるみたいだったのに、私が渡したマフィンはちゃんと食べてくれたんだ。
「魔王様、夜にお出かけしたんだね」
「珍しいことッス。しかも、先週から食事中に何か考えるようにして、この料理は作るのが難しいのかとか、独立して店を持つ気はないのかとか聞いてくるようになったんス。まるで……この城から出て行こうとしてるみたいッス」
魔王様が魔王を辞めようとしてること、料理長は気づいたんだ。だから私を急かしたのか。
「俺、雪んこの食事も知ってるッス。だから雪んこがずっと前から魔王様のこと好きだって、知ってたッス」
料理長が立ち上がる。
私がずっと前から魔王様を好きだったなんて全然気付かなかった。そんな意識なんかさらさらなかったのに、私は人から見たら恋をしていたんだろうか。
木箱に座ったまま料理長を見上げれば、くまの浮かぶ顔は存外優しかった。
「いつだって手に入ると思ってうかうかしてるうちに、永遠に手に入らなくなるってこともあるんスよ」
応援してるッス、という料理長は、食堂にいたときよりも元気になったようだった。




