メイド生活カムバック(3)
「え、いいんですか?」
「ええ。ただし、アルコール厳禁よ。それさえ守れるなら行ってらっしゃい」
外泊許可申請をした翌朝。メイド長から晴れて許可が出ました。やったね!
「でも、なんでお酒駄目なんですか?」
「それは魔王様に聞いてちょうだい」
……そういうことか……!
外泊許可をメイド長ではなく魔王様が出しているというのなら納得だ。すでに何度か酔い潰れて迷惑をかけている以上、魔王様にとって私はお酒を飲ませると周りに迷惑をかける存在として認識されているに違いない。周りに迷惑をかけるとわかっていて外での飲酒を許可するのは雇い主として認められなかったんだろう。
でも、夜遊び自体はオッケーだし。
初めての夜遊び、おら、なんだかワクワクしてきたぞ!
「破目を外しすぎないようにしなさいよ? 人がいるところで手袋は外さない、知らない人に話しかけられても答えない、ついていかない。わかっているでしょうね」
わかってます、メイド長。
それに昔と違って今のわたしにはキャッチボールもあるんです。もし拉致られそうになったら全力で展開して相手をへなへなにさせてやりますから安心してくださいね!
そう意気込めば、メイド長は心配そうにため息をついた。
「あなたの安心してくださいって言葉、あまり信用していないのよね……」
メイド長の長いまつげが下を向きっぱなしだ。
なんだかいたたまれなくなって仕事に取り掛かれば、メイド長もその話は終わったことにしたようだった。
夜番の人に引継ぎをして、自室。
クラヴィスさんへのお手紙を前に、私は教えてもらった魔法を再現していた。
この世界には郵便制度はあるけれど正確性や速度はあまりよくなくて、誤配や紛失はよくあることらしい。
そのため、手紙を届ける場合には小型の魔物に運ばせたり、転移魔法を使うことが多いんだとか。
クラヴィスさんに教えてもらった魔法は転移魔法の一つで、その手紙を鳥に変えて相手のところまで飛ばすというものだった。ただ私の場合、鳥をイメージするとヒヨコになって上手に飛べなかったり、魔王専用車が浮かんでやたら大きくなっちゃったりしたので、鳥の形をとらせるのは諦めて黒猫の形にした。宅配といえば黒猫という人間界にいた時の感覚が色濃く出ている気がしないでもない。
手紙を変えたい形にイメージしながら、クラヴィスさんが作り出したという呪文を唱える。呪文の中にクラヴィスさんの位置を捜索する魔法とそこへの座標特定と転移、転移先に対象者がいない場合の再捜索と特定と転移をする魔法が組み込まれているらしい。
呪文の終了と共に完成した黒猫は毛玉のようで、「よろしくね」と言うと体を伸ばして窓に向かって走っていき、開け放した窓から飛び出していった。
ってここ4階!!!
慌てて地面を見るも、猫が落ちている様子はない。顔を上げれば、猫は空中を我が物顔で走っていくところだった。
魔法でできた動物って……自由だね……。
「なんだあれ」
雪子が黒猫を放ったその時刻。
庭を散歩していたアベルは空を駆ける黒い物体に目を止めた。コウモリにしては魔力が強すぎるそれに違和感を覚えて宙に浮かべば、黒い物体は尻尾を立てて逃げるように走り去っていく。
「おい、待て」
追いかけるも、追いつかない。
おそらく魔法でできた動物だと思うが、あまりにも移動が早すぎる。
魔王城の建つ山を過ぎ、城下町まで追っていったが、追われていることに気づいたらしいそれは地面に降り立つと街角へ消えてしまった。
魔力の気配からすると作成者は雪子だろう。しかし、その魔法はとても雪子が作ったとは思えないような緻密さで、明らかに他者が介入していることを示していた。
夜遊びしたい相手。
ライラの言葉が耳の奥で響く。
ろくに魔法を使えない雪子に、緻密な魔法を教え理解させ使えるところまでもっていった能力者。いったい何がきっかけで雪子と知り合ったのかはわからないが、一筋縄ではいかない相手だと感じる。
執務室に戻りながら、アベルはいらいらと息を吐いた。




