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メイド生活カムバック(1)


「おはようございます」


「おはよう、雪子。どうしたの、青い顔して」


 食堂で会ったメイド長に「えっと……二日酔い? というかなんというか」と答えると「夜酒は美容の大敵だっていつも言っているでしょう。帰ってこれたのが嬉しいからって翌日の仕事を考えずに行動しては駄目よ、社会人でしょう」とため息をつかれた。


「あとでドリンクをあげるわ。まずは朝食をきちんと摂ることね」


 そう言って私の手にトレーを持たせると、その上にご飯とお味噌汁、焼き魚にひじきの小鉢を手際よく乗せてくれた。美味しい匂いが鼻をくすぐって、唾液腺とおなかを刺激する。

 本当は二日酔いではないから、食欲はばっちりだ。

 ではなぜ顔色が悪いのか。

 それは今朝のひと騒動が原因だ。



 灰色の鳥が鳴くよりもほんの少し前、黎明の時間。

 なんだかあったかいな。手を伸ばせば固めのクッションに手が当たって、それに体を寄せればもっとあったかくなった。

 ブルーローズの中にすっきりとしたシトラスグリーンの香り。くんくんと鼻を寄せれば、シトラスグリーンはもっと強くなる。嗅ぎ慣れた香りではないけれど落ち着く香り。

 目を閉じたまま香りを大きく吸い込んで満足する。

 そのままもう一度眠りに落ちようとした時だった。


「起きた?」


 そんな声が聞こえて、急激に違和感が襲ってくる。全身に力を入れるようにして目を開ければ、目の前に水色の布。

 ちがう、水色のシルクシャツ。

 シャツ?


「おはよう」


「おはよ……うわぁぁぁぁああぁ?!」


 思わず目の前のシャツを押し飛ばして体を起こす。そこには不機嫌そうに横たわる魔王様。魔王様? うん、魔王様ですね。

 どうして私のベッドにいるんですか!?


「へ、変態でございますか」


「挨拶もろくにしないでそれはないと思うよ」


 魔王様の視線を追って自分の姿を見ればブラウスの胸元がはだけられていて、あられもない状態だ。ってか私どうして制服のまま寝てるんでしょうかね。仕事着でベッドに入るとかちょっと信じられない。干物女の最後の一線と言うかそれだけは死守してきたつもりなのに。

 上半身を起こして物憂げな様子でこちらを見てくるパジャマ姿の魔王様。

 周りを見れば、魔王様の寝室。

 これはもしかしてもしかすると、同衾というやつではないでしょうか!

 お年頃の男女が二人、ベッドの上ですることといえばあはんうふん年齢制限的な何かですよね? うっひゃぁああああ知らないうちに大人の階段上っちゃってますか私!


「自分の体に聞いてもらえばわかると思うけど何もしてないからね。それと、早く起きて準備しないと仕事に遅れるよ」


 ベッドから出る気のなさそうな魔王様をそのままにベッドを降りれば、衣類の乱れは胸元だけだった。ワンピースのファスナーはホックまでしっかり留まっているし、ウエストエプロンも結ばれたままだ。

 そういえば昨日、水と間違えてお酒を飲んじゃって、大丈夫だと思ってたらそうでもなくて調理場で倒れて……禁酒令出すとか言われたんだっけ。ということは魔王様が介抱してくれてたってことよね、たぶん。

 ごめん魔王様、魔王様は無罪です。変態って言ってごめんなさい。


「あの……昨晩は酔い潰れたようでご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「うん、前も言ったかもしれないけど、飲酒は適度にね」


「今回は事故です」


「事故を防ぐのも飲酒マナーの一つだよ」


 ブラウスのボタンを留めてもう一度謝る。

 魔王様は「もういいよ」と掛け布団に潜り込もうとして、「あ」と動きを止めた。


「僕さ、魔王辞めようかと思うんだけど」


「はい?!」


「さっき思いついた。まだ誰にも言ってないから内緒ね」


 待ってください魔王様、朝っぱらから脱サラ宣言は心臓によくないです。


「だから……考えといて。僕が魔王をやめてもこのまま魔王城でメイドを続けるか、それとも僕についてくるか」


「魔王様についていくってことは、魔王城のメイドではなくて魔王様のメイドになるってことですか。今だって雇い主は魔王様ですし、職場が変わる以外に変更点が浮かばないのですが……でも魔王様、魔王辞めてどうするんですか、無職になってどうやって私のお給料を払うおつもりですか」


 そんな簡単に仕事辞めるとか言っちゃだめですよ、思い直してください、と心の中で叫ぶ。でも魔王様は平然と言い放った。


「あれ、言ってなかったっけ。僕、副業で知育玩具の会社やってんの。だから魔王辞めたって無職になるわけじゃないし、ちょうど会社の方が忙しくなってきたところだし丁度良いかなって」


 窓の外で灰色の鳥が鳴く。

 夜明けを告げる灰色の鳥はいつものように、いや、いつも以上に大きく鳴く。


「聞いてないです、ってか魔王で社長? なんですかその夢小説みたいなキャラ設定」


「設定も何も現実だからね。わかったなら早く行きなよ。僕は二度寝するから」


 今度こそ掛布団にもぐりこむ魔王様。聞きたいことは山ほどあるけれど、残念ながら始業時間が近い。

 静かにお部屋を辞せば、思考回路が容量オーバーで煙を上げる。頭の中の煙を吐き出すように大きくため息をついて私は自分の部屋に戻った。



 そんなわけで、私の顔が青いのは二日酔いでもなんでもなく、起きたら魔王様のベッドの上にいるという失態を晒した上に、雇い主の退職宣言が箝口令のもとに行われたせいであったのだ。

 こういう時こそメイド長に相談したいのに、どうしてみんなに内緒なんて言ったんだろう魔王様のあほう。

 ごはんの最後の一口を咀嚼し、お味噌汁を飲み干す。今日も美味しいよ料理長。良い仕事するよ料理長。ああ、でももし魔王城のメイドを辞めることになったら料理長のごはんを食べられなくなるってことなんだよなぁ。うーん、でも私を雇ってくれたのは魔王様だし、他の人が雇い主になったときに今みたいに昼寝黙認で仕事させてくれるかはわからないしなあ。

 困った。どうしよう。誰かに相談を、こう、魔王様が魔王を辞めるってことを伏せても相談ができるような相手がいないだろうか。

 メイド長、却下。シェムさん、却下。料理長、却下。ゼノ……ももう魔王城の一員みたいになってるし却下。庭師さんも却下。学校の乙女ゲーム友達なら聞いてくれそうだけど住所とか聞かないまま別れちゃったし無理。

 ああ、私って友達少ない! しかも私が魔王城のメイドだっていうことを知らない友達なんて……あれ、いるじゃん。一人。

 スイーツ大好きで、包容力があって、話を聞いてくれる、相談事の適任者が。


「メイド長」


 食べ終わった食器を返却口に持って行きながら声をかける。


「外泊許可をいただきたいんですけど、どうすればいいですか」


 メイド長の持っていたトレーが床に落ち、騒々しい音と共に白いお皿やスプーンが床に散らばって汁物の残りが床を汚した。



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