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最終試験は危険が少ない(4)

 魔王様の執務室を出て15分。魔王城の庭もといイモ畑で光魔法を浮かべ、雪子は両手を見つめていた。

 ――うちに採用されたいんだったら、それくらいの情報収集能力はないとね

 頭の中を魔王様の言葉が回る。


「私だって、魔王城の一員だから」


 だから、せめて明日は一勝しよう。

 他の人の戦いを見た限り、相手の行動を停止させた後で攻撃をしかけるパターン以外は単に魔法と魔法の打ち合いで勝負がついていた。ということは、最終試験は発動速度と威力と持久力の戦いだということだ。

 私ができるのは来た魔法を受け止めて打ち返すこと。でも、手のひらで受け止めないと魔法をくらってしまう。

 それなら、全身で受け止めて全身で打ち返してしまえばいい。

相手の魔法をそのまま返すんだから威力は互角。相手が諦めるまで待てれば私の勝ちだ。攻撃がやんだ瞬間に魔法を打ち込めば勝てる。無意識に出ちゃう魔法を使うんだから、持久力での戦いなら私に理があるはずだ。

 だから問題は、全身で魔法を打ち返せるような魔法をいかに速く発動できるか、だ。

 手元にある教科書に書かれているのは、物の移動、水・火・光の発生と消滅、治癒、結界。その中で使えそうなのは結界だった。

 結界は跳ね返すというより相殺のための壁と言う感じだけど、これを改良すればきっと。


『左腕に吸収結界』


出来ているかわからないけど、右の人差し指から左腕に光魔法を放ってみると光が吸い込まれる。


『反射』


 光は返ってこない。たぶんただの結界になってしまったんだろう。

 結界を終了させて考える。

 吸収じゃないなら、私の両手の魔法はなんなんだろう。魔法を両手で受けて、同じ魔法を両手で返す。

 あれ、これってあれじゃない?


『左腕でキャッチボール』


 もう一度腕に光を放てば吸収される。キャッチの反対ってなんだっけ。……リリース?


『リリース!』


 発光する左腕。ちょっと眩しくなって、でもすぐ元に戻る。

 どうやら成功したみたいだった。

 それから、雪子の秘密の特訓は「今日は夜のおやつ会しないんスかー」と料理長が探しに来るまで続いた。




 最終実技試験期間三日目。

 雪子は絶好調だった。

 試合開始の合図とともに『キャッチボール』と呟いて全身に結界をまとい、相手が打ち込んできた魔法を全部吸収。相手が「守るだけか? それなら破るだけだな」と言って長々と魔法の詠唱をしている間に『リリース』で吸収した全ての魔法を一挙解放。これだけで三人倒した。

 四人目は単語での詠唱で絶え間なく魔法を打ち込んできた上にやたら避けるのがうまくて苦戦した。でもそこで閃いちゃって『全方位リリース』と叫んでみたら吸収した魔法が四方八方に飛んでいき、床で跳ね返った分も再吸収して放出していたようでさながら大爆発。というかはたから見たら自爆みたいに見えたかもしれないが、案の定試合相手は怯み、よけきれなくなったところで補助審判員が結界を張って試合が終了した。

 そんな感じで四連勝。五試合目の相手は、THE黒魔法使いともいうべき黒いローブの人だった。顔が見えないから性別がわからない。

 試合開始の合図とともに『キャッチボール』で身を守ると、黒いローブの人は試合区画の真ん中に黒い魔方陣を出現させた。魔方陣から現れる水牛っぽい生き物に補助審判員から声が漏れるのが聞こえる。

 水牛は召喚者である黒いローブの人の声に応えるように雪子に向かって突進してくる。そういえば、召喚魔法を使った場合、召喚したものを使っての物理攻撃は例外的に有効とかってルール説明であった気がする。魔法が効かないなら物理って頭いいな黒ローブ!

 敵ながらあっぱれ、と結界が物理攻撃に強くなることを祈りながら『堅くなーれ堅くなーれ』と呟く。これで強化されるかはわからないけど、だめならそのときだ。ああ、でもやっぱり怖い!

 間一髪なんとか水牛をよけた瞬間、手が水牛のお尻に触れる。ぴくり、と怯えたように止まったすきに水牛の横っ腹を抱き締める。


「良い子だから、ね、突進とかしないでさ、たぶんお互い痛いじゃん?」


 とりあえず横から説得してみれば、水牛は動かないまま、むしろ少し震えている。両手から伝わる熱がどんどん温度を増してきて、そのかわり、水牛の体自体は冷えつつあるようだ。……あれ、もしかして私、水牛の魔力奪ってる?

水牛の鼻息が荒い。あ、これ本気でまずそう。人の召喚獣を再起不能にしたら怒られるよね、たぶん。


『水牛の魔力、もとあるところへ戻れ』


 うまくいくように願えば、熱くなった腕から少しずつ熱が消えていく。水牛は動かない。いや、ちょっと動いて私に体を摺り寄せるようにしてくる。

 そうやって数秒、水牛の体温が戻り、魔力がすべて水牛に戻ったのを感じたころ、水牛がこちらに顔を向けた。長し目が心なしか甘く色っぽく見える。


「ごめんね、攻撃するつもりはなかったの」


 私の言葉が伝わったのかどうか。水牛は肉厚な舌で雪子の顔をべろりと舐め、脚を折って座った。首元をなでると気持ちよさそうに目を細めて、まるで犬や猫みたいだ。


「すいません、この子」


 私の友達にしてもいいですか、と聞こうとした瞬間、火の塊が襲ってきた。

おい黒ローブ、このままじゃ水牛が焼牛になるよ? あんた自分が召喚した水牛を見捨てる気?! 

すかさず水牛の前に出て両手を差し出して、受け止めたそれをすぐさま『リリース』する。黒ローブの人の前に審判補助員による結界が張られて、試合は終わった。


「それが欲しいなら好きにしろ。使えない駒に用はない」


 そう言って去って行く黒ローブの人。高く澄んだ声は冷たくて、放たれた言葉とひどく不釣り合いだ。水牛さんを見れば、黒ローブの人には興味がなさそうにしっぽを動かしている。召喚主と召喚獣って、意外と信頼関係ないんだなぁ。




 三日目の十試合すべてが終わるや否や、私は水牛さんと一緒に歩いて魔王城に帰った。吊り革を使わなかったのは、水牛さんも一緒に移動できるかがわからなかったためである。

魔王城の門を入ってすぐ、階段を駆け下りて来たらしいメイド長に「あなた、それ、もといたところに返してらっしゃい」と目を丸くされる。怒るというよりは呆れ顔。これならいけるかも、と「このこ召喚主に捨てられちゃったんです、飼ってもいいですか」とお願いしていたら、通りがかりの庭師さんが「おまえ、黒兵衛じゃないか」と水牛さんと意気投合しはじめた。庭師さんの実家の農園で買っている水牛で、庭師さんのマブダチらしい。

おい黒ローブ、あんた飼い主のいる生き物を召喚しちゃ駄目でしょうよ。盗人よそれ。

 そんなわけで私の初ペット計画は失敗した。

でも、黒兵衛が元いた場所に帰れるならよかった。やっぱり、慣れ親しんだおうちが一番だよね。

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