最終試験は危険が少ない(3)
「これ、ちょっと早いけど修了祝い」
最終実技試験期間二日目の夜。
料理長から頼まれて魔王様に夜食を持って行くと、黒い小箱を差し出された。
開けてもいいか聞いた上で包装をとく。そこには赤みの強いワイン色の石がついたヘアゴムが入っていた。見慣れた色はメイド服の首元についている石と同じ色。制服とお揃いですね、と言うと魔王様はうなずいた。
「ちょっと髪ほどいてくれる?」
え、今ですか?
今ここで結び直せってことですか? 鏡もブラシもないのに?
魔王様の顔をうかがうも、「早くして」と顔に書かれているだけ。
あきらめてヘアピンを抜き、後ろでお団子にしていた髪をほどいていく。最後にヘアゴムを取ると、くせのついた黒髪が胸のあたりでうねった。
「伸びたね」
立ち上がった魔王様が雪子の髪をすくう。
長い指が胸にふれるすれすれを動いたせいで少しどきりとする。
空いた左手で雪子の右手を握り、それを顔の前まで持ち上げた魔王様の目はいつもより開かれていて、まっすぐに雪子を射抜いた。
「事実だったみたいだ」
囁くように言われたその言葉に思わず身を引きかける。
でもそれは魔王様に握られた右手のせいでかなわず、逆に体を近づけられる。
魔王様の口がすぐ耳元にきて。
「答えて、雪子」
魔王様は静かに続けた。
「最後に美容院に行ったのはいつ? あと、この手にある伸びきったヘアゴムは何?」
吐息交じりの言葉に思わずぞくぞくするけれど、別の意味でも寒気がする!
「魔王城の品位を落とすような恰好はしないでって何度も言ってるよね?」
がしりと掴まれた肩が痛い。
魔王様、怒ってる……。一か月に一回はトップスタイリストとかいう美容師さんに整えてもらってる人は他人への目も厳しいのね……。
「試験終わったら美容院行きます……」
おずおずと言えば、「明日行って」と返される。ごめんなさい。
「ライラから、雪子が伸びきったヘアゴム使ってるって聞いてね。いやまさかそんなことはないだろうと思ったけど、そのまさかとはね」
魔王様、ぜったいそんなこと思ってなかったですよね。むしろ私ならやりかねないって思ったんですよね。そうじゃなきゃヘアゴムなんかくれませんよね。
そんなことはお怒りな魔王様の前で口に出せるわけもなく、殊勝にうつむいておく。
魔王様は伸びきったヘアゴムを雪子の手の中から取るとぽいっと近くのゴミ箱に放った。
「さて、試験の調子はどう? もう半分終わったんだよね」
ソファに座り直した魔王様は夜食のフルーツサンドに手を伸ばす。
小箱をエプロンのポケットにしまって紅茶の準備をしながら今日の試合を思い出すと、かなりブルーな気分になった。
「私、多少は魔法使えるようになったなって思ってたんです。幻覚を見せる人とか雷を放つ人とかには全然かなわないけど、ひとりでキャンプファイアー出来る程度にはなったので」
「なんで一人でキャンプファイアーをしようと思ったのかはともかく、短期間の割に進歩したんじゃない」
紅茶を飲み干して残りのフルーツサンドを手に取る魔王様。
最後の一切れを名残惜しそうに味わっている様子は幸せそうで羨ましい。
「でも、昨日はともかく、今日は全敗なんですよ。私が両手を出すと魔法が吸い取られるっていうのをみんな知ってるみたいで、私の手が追い付かない早さで連発されたり、いつの間にか後ろからやられてたり、めくらましされたり」
「さもありなん、としか言いようがないね」
魔王様の手がカップに伸びる前に紅茶を注ぐ。お砂糖を山盛り5杯。
溶け残っている砂糖もそのままに渡せば、魔王様は平然とそれを口にする。
仕草は優雅だけれど、魔王様は確実に味覚音痴だ。
「うちに採用されたいんだったら、それくらいの情報収集能力はないとね」
私、その情報収集能力ないんですけど……。え、もしかしてこれって遠まわしにクビを勧告されてる? 実は今回の採用試験ってもしかして私の代わりのメイドを採用するためだったりするのかな。どうしよう、クビになっても帰る家がないよ私!
「魔王様、試験が終わったら城下町で一番美味しいタルトをご用意しますね」
解雇回避の最終手段、甘い物の提供!
そんな私の「とりあえず媚びを売っておこう」という気持ちが伝わったのかどうか。
魔王様は「それは楽しみだね」と目を細めてカップを置いた。




