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最終試験は危険が少ない(2)

 試験期間といえば、午前終了。

 そこは人間界も魔界も同じだったようで、昼にかかるかどうかという時間に試験から解放された雪子はいそいそと城下町へ向かっていた。

 魔王様からケーキの調達を命じられてから数日。学校帰りにケーキ屋さんに寄る毎日が続いていたが、今まで一度も行けていないお店があった。その店の名はリトルリトル。11時に開店して3時には全商品が完売するという噂のそこに行くなら今日しかない、そう考えたのだが。


「この行列は予想外だった……」


 辿り着いたリトルリトルの前にはずらりと人、人、人。今日が平日であることを疑いたくなるほどの行列が店の前を通り越して隣の店や住居の前にまで続いている。店頭まで何十分待つことになるのだろう、と行列を数え始めた時だった。


「雪子ちゃん!」


 渋めの声に呼ばれて目をやれば、行列の中に見知った顔がいた。


「クラヴィスさん!」


 30代前半くらいの見た目の彼はデザインTシャツに茶色のジャケットを着て、ひょいひょいと手招きをする。


「こんな早い時間に城下町にいるなんて珍しいね」


「今日は偶然昼から時間ができたんです。だからリトルリトルのケーキをと思ったんですが……」


 行列に目をやればクラヴィスさんは納得したようだった。


「じゃあ一緒に入ろう。イートインでいいよね?」


 なんと。この行列のほとんどを回避してお店まであと数名のところまでスキップさせてくれるというのですか! クラヴィスさん、あんた神か。


「でも、それじゃあクラヴィスさんのティータイムをお邪魔してしまうんじゃ」


「邪魔なんてとんでもない。雪子ちゃんは俺とお茶するのは嫌?」


「そんなことないです!」


「じゃあ、これからお茶をご一緒してもらえますか、雪子ちゃん?」


「はい、よろこんで」


 クラヴィスさんが私の背中に腕を回すようにして行列の中に入れてくれる。そして呼吸をするように大型の魔物や荷車が通る車道側に立ってくれた。

 クラヴィスさんとの出会いは一年ほど前、一日限定100個のあんドーナツを買いに行ったときだった。最後の一つを手に取ろうとしたら目の前で取られてしまって、うなだれた瞬間に「どうぞ」と譲ってくれたのがクラヴィスさんだった。譲り合いの末、店の外で半分こして食べたあんドーナツは甘いものが苦手な私でも食べられる落ち着いた甘みで、クラヴィスさんも気に入ったようだった。

 それからもう一軒行こうと喫茶店に入って美味しいものやイチオシのお店の情報を交換して、私たちは城下町食べ歩き仲間となったのだった。


「雪子ちゃん、今日は特に可愛いね」


 大人な雰囲気で私を見下ろすクラヴィスさんには嫌らしさがなくて純粋に嬉しい。


「ありがとうございます。この服、雇い主に買ってもらったんですけど似合ってる気がしなくて」


 今着ているのは数週間前に魔王様が魔界百貨店で買いあさった服のうちの一着。ただでさえデパートで売っている服に気後れしてしまうのに魔王様のチョイスはどれもお嬢さんっぽい上にところどころにリボンがあしらわれ可愛らしすぎる。しかし他の服は数着を残して全て処分されてしまったので仕方なく着ているのだ。


「ううん、良く似合ってる。雪子ちゃんの旦那様はよくわかってると思うよ」


「旦那様っていうとなんか結婚相手みたいなんですけど」


「その予定はないの? メイドと旦那様のラブストーリーって女の子が好きそうだけど」


「ありません。っていうかまお…あの人と恋愛とか弄られ倒されて過労死する未来しか見えません」


 危うく魔王様と言いかけて踏みとどまる。クラヴィスさんは私が魔王城のメイドだって知っても引いたりはしなさそうだけど、やっぱりためらってしまう。


「過労死って……そこまで?」


 そう言って心底楽しそうに笑うクラヴィスさんにあなたは魔王様を知らないから!と言ってやりたくなるけれど、我慢だ、我慢。


「でも羨ましいな……雪子ちゃんの雇い主は雪子ちゃんといつも一緒にいられるんだもんね」


「え?」


 ほんのりと哀愁を漂わせたクラヴィスさんに見つめられるとなんだか居心地が悪い。これが色気にあてられるというやつなんだろうか。


「こんなに食に貪欲な子と毎日過ごせたら絶対楽しいからね。食べ歩き仲間万歳!」


 クラヴィスさんはにかっと笑って、「今日も全種類制覇しようねー」と前の人から回ってきたメニューを広げる。

 居心地の悪さは嘘のように霧散していて、私もメニューを見た。ケーキが8種類に紅茶が20種類。

 クラヴィスさんはいつもケーキを全種類頼んで、それを私が一口ずつ貰う。その中で美味しかったものをいくつか買って帰る、というのがいつものパターンだ。ちなみにイートインでのお会計は私が二人分の飲み物代、クラヴィスさんがケーキ代という分け方をしている。このルールは食べ歩き二回目からできたもので、甘いものが苦手だけれど少しは食べたいし人にオススメできるものをお土産にしたいという私のわがままと、甘党だけれど全種類食べるときの他者からの視線が痛いというクラヴィスさんの道連れ根性が組み合わさった産物だ。ああ素晴らしきかなウィン-ウィン関係。


「ファーストフラッシュももう終わるし飲んでおこうかなぁ。ここのフルーツタルトは城下町で一番美味しいってスイーツガイドに載ってたから、先に持ち帰り用で取り置きしておくのもいいかもしれないね」


 専門用語らしい何かをさらっというクラヴィスさん。

 そうして二人で食べたリトルリトルのケーキは行列も納得の美味しさで、フルーツタルトは特にワンホール手に入れたいくらいだった。

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