最終試験は危険が少ない(1)
雪子が乙女ゲームという存在を知ってから約一週間。
その間、学校の授業についていけるはずもなく、しかしもともと地を這うような成績だったこともあって特段問題視されずに毎日が過ぎて行った。
授業開始前や昼休みに乙女ゲーム語りをするのは楽しかったし、そのついでに魔法の使い方のコツを教えてもらったりして、若干ながら使える魔法も増えた。特に、本のページで指に切り傷を作ってしまった時に治癒する魔法や、寝不足でできた目の下のクマを軽減させる魔法はかなり役に立った。友達さまさまである。
このままずっと学校生活が続けばいいのにと思っても、学校生活はあと四日で終わってしまう。
そしてその四日間は、最終実技試験期間だ。
試験方法は簡単で、使用魔法無制限の一対一総当たり戦。勝ち数が多い上位5名が採用され、それ以外に見込みのある者も採用されるらしい。
うーん、勝ち抜き戦ならさっさと負けて自由時間にできたのに……。
しかし腹をくくるしかない。
試験方法が発表されてからここ数日、とりあえず攻撃力が高そうな火の魔法や治癒魔法を重点的に練習してきたが、果たしてそれでクラスメートに太刀打ちできるのだろうか。
デボラ先生は初日の今日は実力が近い者同士が当たるようになっているとは言っていたけれど……。
「ユキコ・アッベール、前へ」
考えている間にも順番が来てしまう。
今いるのは魔王軍の訓練所で、だだっ広い体育館のような場所だ。普段は全面を使って訓練をするらしいが、今は試験用に20区画に分けられている。戦闘中は結界によって他の区画と隔離されるようになっているらしく、既に試合が始まっているところからの影響は皆無だ。
手袋を外して結界の中に入る。
初戦の相手ははボディビルダーのような筋肉をもったお兄さん。
武闘戦なら確実に負けているところだけれど、今回は魔法以外での攻撃は禁止されている。
もしかしたら勝てるかも?
「試合、はじめ!」
審判員の声と同時にお兄さんが魔法を放つ。水魔法……違う、氷だ。
当たったら痛そうなので結界を……張る方法がまだわからないからとりあえず両手を前に出して受け止める。ドラゴンの放った光線よりはだいぶ軽い。
お兄さんが「なんだ?」といぶかしんだのがチャンス。
『まっすぐ飛んでけー!』
吸収した氷の固まりを放つとお兄さんはするりとよけた。タンクトップの映える輝かしい上腕二頭筋。カッコいい!
『火の玉いっぱい出てこい』
「風竜弾!」
小さな竜巻がこちらへ向かってくる。
それを両手で回収して、せっかくだから火の玉も一緒にして投げ返す。
なんか火柱みたいなのが突っ込んでくことになったけどまあいっか。
「そこまで!」
審判員の人の声が響く。
よけ損ねたお兄さんを補助審判員の人が結界で守っている。火柱はしばらく結界を破ろうとしていたけれど、すぐに鎮火した。
「勝者、ユキコ・アッベール。次は第五区画での試合です。速やかに移動しなさい」
か…勝った……?
しかし勝利の実感もわかないまま結界から出され、他の人が入ってくる。次の第五区画は……隣の隣だ。
早歩きで移動していると向かってきた人とぶつかった。
「ごめんなさい!」
慌てて謝ると、シルバーブロンドのお姉さんは「いえ」とうつむいたまま去って行った。
もしかしたら試合で負けて落ち込んでいたのかもしれない。
私も多分、負けたらあんな感じでどんよりしたまま次の試合へ行くんだろうなぁ……。
とにかく、次だ、次。
小走り気味に次の試合場所につくと試合の相手は既に来ていて、「遅いよ」と声をかけられる。
なんだか親しげな口調だけど誰だろう……。
待たせたことを謝ると、茶髪のお兄さんは「まあ、いいよ。ペンを動かす以外にどこまで出来るようになったのか楽しみにしてる」と返してきた。
わかった! 初日に声をかけてくれたうちの一人だ! 名前分からないけど!
「両者準備。……はじめ!」
お兄さんが呪文を詠唱するのを聞いていると、時折意味が分かるような言葉が混ざっていた。
ファイアーファイアー……もしかして火の魔法がくる?
と思った瞬間、放たれたのは火の鳥。華麗に飛ぶ鳥はくちばしを鋭く向けて雪子を突き刺しに来る。痛そう!
全力で横によけて火の鳥を真横から掴むようにすれば、鳥が消える。
そうこうしているうちに次の火の鳥が飛んできて、また気合いで逃げる。当たったら絶対に熱いし痛い。
さすがに二羽めを捕まえることは出来ずに、結界に当たって火の鳥が消えるのを見る。
お兄さんが詠唱しているうちに攻撃するしかない。
『行け、火の鳥! ついでに飛んでけ火の玉!』
私の放った火の鳥とお兄さんが放った火の鳥が正面から衝突する。
そのわきを火の玉が通り抜けてお兄さんに着弾……するかと思ったら避けられた。残念。
火の鳥同士の衝突が続くのを見ながら手当たり次第に火の玉を放っていると、突然目の前が煙で真っ白になった。
次の瞬間、目の前に透き通ったペールグリーンの壁が現れる。
結界? と思った瞬間、ペールグリーンの壁に青い光線が激突する。視界が青色に染まり、やがて消滅した。
煙の中で勝者の名前が呼ばれるが、それは雪子の名前ではない。
負けたのは悔しいけど、負けても痛くないなんて良いな、なんて思いながら次の試合場所の案内を聞いた。
試合は一日10試合。あと8個、先は長い。




