日常の昼休み
「今度のパーティー、何着てけばいいんでしょうか」
魔王城の昼休み。メイドや執事、警備担当が雑多に集う食堂で雪子が尋ねる。
雪子の直属の上司であるメイド長はステーキにスパイスをふりかけながら答えた。
「普段通り制服でいいんじゃないかしら」
壁に設置されたテレビは昼ドラからCMタイムへうつっていた。
美味しい楽しい爆発スパイス、おなかの中から大爆発、あなたのひとくち、やみつきパウダー。
CMにうつる商品は今まさにメイド長が手にしているものと同じ。
新商品には目がない彼女ははたから見ると爆発を起こしているとは思えない様子でステーキを口に運んでいく。
「それが、魔王様が昨日、せっかくだから雪子も踊ろうっておっしゃいまして。メイド服でダンスタイム参入しちゃっていいんでしょうか」
メイド長はブッと吹き出しかけて……なんとかナプキンで抑えた。
20代のようで40代でもありそうな、年齢不詳の美人。
「美しくなければ女じゃないのよ」と常日頃言っている彼女にしてはめずらしいリアクションである。
「あの方そんなこと言ってたの。いくら自分の誕生日祝いだからと言って冗談がすぎるような気がするわね」
あなたの上司として確認しておくわね、とメイド長は言い、雪子はうなずく。
CMが終わる。メイド長と雪子のお気に入りの昼ドラは佳境に入っていた。
私も誰かに奪い合いをされてみたい。
まあ、ドラマみたいにドラゴンと二つ目に奪い合われるのはちょっと勘弁願いたいが、たとえばこの前書類を届けに来た軍の人とか、町でみかけた銀髪の細マッチョさんとか……。
白身魚の定食を咀嚼しながら、雪子はため息をついた。
魔王城のメイドというのは、そこそこ…というか、けっこう良い地位にあるらしい。
雪子の知っている範囲だと国家公務員みたいな感じだと、書記官のシェムさんが教えてくれた。
それもあって、町で素敵な人に出会っても、「仕事なにしてるんですか」に「魔王城で働いてます」と答えた瞬間、「すごいですね」で話が終わってしまう。
男は女より強くありたい者なのよ、とはメイド長の言である。
とはいっても、雪子に特にスキルはなく、そんな雪子がなんで魔王城のメイドとしてやっていけているのかはよくわかっていない。
ただ、魔界に連れてこられて、あれよあれよという間に魔王城での居候生活が始まり、家のお手伝いをしていたはずが、気づいたら魔王城のメイドして就職していた。それだけである。
メイド長は文字通りの美魔女で掃除ついでにお城の結界を張り直したり、ネズミ駆除と言う名の侵入者退治なんかをしていて、他のメイドも何かしら特技を持っている。たとえば、夜番のメイドは夜中に体調を崩す人の治療をしているし、昼番のメイドは超高速皿洗い技術があったり、金属磨きのプロだったりする。
それに比べると雪子は、ミスをすることはあっても特技はない。
平凡な女子なのに、平凡な中にいられない。でも、平凡じゃない中に紛れることもできない。
――なんだか私って、中途半端だ。
昼ドラのエンドロールが流れ始める。昼休みの終わりが近づいていることを知り、雪子はあわてて昼食をかきこんだ。