日常の午後
魔王様のスケジュールにおいて、午後のお茶の時間はとても重要だ。
このお茶の時間が円滑に進むかどうかで、その後のスケジュール、ひいては翌日のスケジュールにまで影響が出る。
だからこそ、魔王専属の書記官シェムシュは毎日、料理長と連携して完璧な状態を作ることに心を砕いている。
満足してもらえるように。
そして、そのあとの仕事をきちんとしてもらえるように。
「今日はベリーのスコーンとバナナマフィンとチョコレートブラウニーッス!」
異例の若さで魔王城の料理長となった彼は軽い口調でシェムシュに伝え、「はい、あーん」とブラウニーを差し出す。
シェムシュは「いえ、けっこう」と断るが、言葉を発するすきに口の中にブラウニーを放り込まれ、目を丸くしながら咀嚼する。砂糖の塊のような甘さ。
「今日も甘いですな」
その言葉は文句ではなく、褒め言葉。
シェムシュの言葉に料理長は満足そうに頷く。
ではそろそろ、とシェムシュがカートを押し始めた時、「お給仕しにきましたー」と調理場のドアが開いた。
元気よく入ってきた雪子嬢は調理場に充満する甘い香りを吸い込み、少しげっそりした顔をしながら「今日も甘そう」と笑う。
笑顔の料理長に二人で執務室へ向かうと、中では少し不機嫌な魔王様が机の前を歩き回っていた。
「お茶の時間でございます、魔王様」
静かに用意を整えるシェムシュと雪子嬢。魔王様はソファに腰を下ろすと、雪子嬢を見る。
「雪子、ドレス着ないの?」
魔王様に紅茶を差し出す雪子嬢は不思議そうな顔をして答える。
「え、特に用事ないので着ないですけど」
紅茶に口をつける魔王様。「うおう、超新星爆発……」と呟く声に、料理長の言葉を思い出す。「今日雪んこが仕入れてきた茶葉はスパークリングッス! ハヤってるらしいッスよ」とは言っていたが、スパークリングと超新星爆発は規模が明らかに違うのではないだろうか。まあ、魔王様の胃袋は非常に強靭だから良いだろうが。
「えー、着てよ。僕、化粧の濃い女子と踊るくらいなら雪子と踊ってた方がマシ」
「マシってなんですかマシって」
「だってほんとだし。ねー、シェムもなんか言ってよ」
突然駄々をこねはじめる魔王様。
シェムシュはああ、と納得する。
来月は魔王様の誕生祝いのパーティーがある。先代の魔王を倒した者であること、そして若さとこの美貌から、パーティーには多くの女性が来場することになっており、毎年ダンスタイムには魔王様の取り合いが行われている。
そもそも、魔王様が魔王となって初めての誕生日に「せっかく城があるんだし、豪勢なパーティーしたい。ダンスとか踊っちゃうやつ」と言ったのが発端の誕生祝いパーティーは、一度行われると来年も、再来年も、と続き、今ではやめ時を失っていた。「あれは若気の至りだったんだよ」などという魔王様は可哀想だが、普段自由すぎる分、たまに弱る姿を見るのも面白い。
「雪子嬢、その制服のまま参加なされたら良いのではないですかな」
あえてそう言ってみれば、「そんなことしたら今の魔王はメイドに手を出したパワハラ野郎だって言われるじゃん」と不機嫌そうな魔王様。
それはあながち嘘でもないのではないのでしょうか、とシェムシュは口に出しかける。
魔王専属の書記官が自分だとすれば、魔王専属のメイドは雪子嬢だった。
ことあるごとに呼びつけては軽口を叩き、「雪子って貧乳だよね」と言って「警察に訴えます」と返されたのは一度や二度ではないはずだ。
もっとも、魔王を逮捕できる警察なんてこの世に存在しないのだが。
そうこうするうちにお菓子はすべて平らげられており、魔王様はふんわりした顔で目を細めていた。
「今日も最高に美味しいって料理長に伝えといて」
「かしこまりました」
答えるのは雪子嬢。カートを下げる彼女を見送り、魔王様を机へと誘導する。
「もしも今日の仕事が早く終わったら、仕立て屋を呼びましょう」
書類やファイルの山に埋もれた魔王様が顔を上げる。
「雪子嬢もプレゼントとなれば着ざるを得ないでしょう」
それに、魔王様の好きなように注文もできますぞ。
小声でそう付け足せば、「めっちゃ嫌がりそうなの注文したいなー」と目を糸のように細める魔王様。
処理速度の上がった魔王様はまるで目の前にニンジンをぶら下げられた馬のようだった。




