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学校生活はスパルタでいっぱい(5)

 廊下が長い。

 吐き気に近いような、ゆるい立ちくらみを起こし続けているような感覚に雪子は大きく息を吐く。

 風邪を引いたのだろうか。せっかく学校へ行かせてもらって、友達もできそうなのに、初日で体調を崩すなんて。

 魔王城の廊下はやたら長い。短い毛足の赤い絨毯がひたすらに続いて、時々、なにか怪物の舌の上にいるような気がする。

 食べられてしまう。

 何に? 何かに。

 飲みこまれるように。

 やっとのことで魔王様の執務室につくと、雪子は扉にもたれるようにノックをした。入って、という言葉を聞くが早いか、倒れ込むように部屋の中に入る。


「どうしたのそんなに慌てて」


 失礼します、とソファに腰掛けると少し楽になる。

 魔王城に帰ってきてすぐにメイド長に言われたお仕事は、魔王様に今日の報告をすること。

 何から話そうか、と考えていると、魔王様は椅子から立ち上がった。


「どうしたのそのひどい格好」


 魔王様の視線が雪子の顔から足元に動き、また雪子の顔に戻ってくる。

 言わなくてもわかる。「ダサい」だ。


「城下町のしもむらで買いました。安くてグッドです」


「あのさ、研修手当出すって言ったよね? 変な節約して魔王城の品位落とすのやめてくれない? その膝下丈のスカートの下にはいてるパジャマみたいなピンクのズボンなんなの? しかもなんでパーカーの上にやたら丈の長いチェックのネルシャツ着ようと思ったの」


「可愛かったからです」


 魔王様が口をつぐむ。

 勝った、と思ったのもつかの間、魔王様は濁った眼で「いま6時半だね、おーけー、行こうか」と上着を羽織る。


「あの、魔王様?」


 どこへ行くんですか。私、ちょっとしんどくて外出は無理そうなんですけど。

 全てを言う間もなく。


「っと、その前に」


 魔王様が雪子のおでこに手を当てる。

 ひんやりとした感触が気持ちいい。ほっと息をつくと、魔王様は雪子の鞄に目をやった。


「その無限ループを解かないとね」


 魔王様が雪子の鞄から青いペンを取り出す。


「雪子、ペンに命令して。この関係を終了するって」


「この関係を終了する」


 言われるがままにペンに言ってみるも、魔王様は首を横に振る。


「ペンを動かし始めた時と同じ感じで、もう一度」


 ああ、なるほど。

 日本語で言い直せば、めまいが嘘みたいになくなった。

 魔王様の手がおでこからはなれていく。


「行くよ、この話はあとで」


 魔王様に腕を掴まれて、その勢いで立ち上がらされる。

 窓からコツコツと音がして、バルコニーに向かえば車一台分くらいの大きさの鳥がいた。目つきの鋭いそれの首元には「魔王専用車」というプレートがかかっている。

 魔王専用はともかく、車……?

 謎を口にするよりも先に、魔王様に無理やり鳥の上に乗せられる。


「しっかりつかまってて。落ちたら拾いに行けないからね」


 おそるおそる羽を握れば、後ろから魔王様に抱きかかえられるようにホールドされる。

 鳥は体の割に静かに浮上し、お城とそれを囲む森を心地よく後にする。

 城下町の灯りはすぐそこで、魔王様は「魔界百貨店は……あそこだな」と鳥に指示を出す。


「あの、百貨店ってやたら高いしキラキラでちょっと女子力高すぎて入れないんですけど、たぶんあの空気吸ったら砂になっちゃうっていうか」


「うん、黙って。帰りにデパ地下でスイーツ大人買いするから付き合ってね」


 鳥がゆっくりと下降する。

 背中からほんのり漂うブルーベリータルトの香りと爽やかな青いシトラスの香り。それをケーキ屋さんから漂うバターの香りが打ち消したとき、雪子たちは魔界百貨店の前にいた。

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