学校生活はスパルタでいっぱい(4)
朝9時から始まった授業も初日だからと3時に終わり、6時まで自習の時間となったはいいものの。
書きとめるまもなく進む授業のせいで真っ白なノートと、耳に残る「成長可能性1位」の言葉。
手当たり次第に「動け」と言ってみたり、湯沸かし器をイメージしながら「水出ろ」と言ってみたり、「光あれ」と低い声で言ってみたりするけれど、何も変わらない。
中学の時の方がまだ成績良かった気がする。英語の成績はむしろ良かった方だし。
死んだ魚のような眼をして机につっぷしたときだった。
「ねえ、一緒に自習しない?」
雪子の頭上で声がする。顔を上げると、男女あわせて6人に囲まれていた。
「えっと」
「一つできるようになったら一気にできるようになると思うよ」
元気そうな少女が人懐っこい雰囲気で言う。
周りもうんうんと頷くのに押され、雪子は戸惑いながら「教えてくれますか?」と尋ねれば、「もちろん」と頼もしい答えが返ってきた。
少女と、少し年上に見えるお兄さんの笑顔が神々しく見える。
「ところで、魔法を使ったこと、ある? 無意識でも」
無意識。
ドラゴンに殺されかけたことと、海に上がる水柱は記憶に新しい。
肯定すれば、その時を再現してみればいいと言われる。
再現っていうと……。
「あの、じゃあ、なんか適当に魔法で攻撃してもらえますか」
「え?」
雪子の提案に驚く6人。
「いやいや。故意に人を傷つけたら減点だし、僕らがあんたに協力する意味なくなるじゃん」
「ちょっと、このお馬鹿」
チャラそうな男子高校生(予想)の脇腹に生徒会長とかをやっていそうな女子高生(予想)の肘がめり込む。
あ、ちょっと痛そう。
「えっと、どういうことなのかな?」
生徒会長っぽい女の子に「魔法をいったん貯めて出すことは出来るみたいなんです」と答えると、彼女は首をかしげた。
「それ、なんの魔法?」
むしろ私が知りたい。
雪子の顔を見て「これはだめだ」と顔を見合わせた6人は、「とりあえず物の移動の練習をしよう」とノートを広げる。
物の移動っていうのはね、から始まる授業はデボラ先生のものよりもたどたどしかったけれど、その分わかりやすい感じがした。
二時間後。
「……だめだねぇ」
疲弊した7人がそろってため息をつく。
試した方法を書き連ねたリストはことごとく二重線で消されていて、見るだけで悲しい気持ちになる代物だ。
オペラばりに歌ってみるとか踊ってみるとか、今日で1年分の恥をかいた気がする。
「ごめんね、一生懸命教えてくれたのに……」
雪子がぐったりと謝ると、6人は「大丈夫、気にしないで」ととても気にしないわけにはいかない様子で答えてくれた。
「基本は心を込めて言えば使えるはずなんだけどね……。こいつなんか方言丸出しだし」
「なんだよ、うちの地方の方言は魔界で一番カッコいいだろ?」
聞き取れない言葉が終わるが早いか、踊り狂うペン。
今の言い方は面白すぎる、と男の子たちが笑う。
「方言?」
魔界の方言って、めちゃくちゃクセが強い。まったく聞き取れなかった。こっちに来てから夢が魔界語になっちゃうくらいには慣れたはずだったんだけど……まだまだなのかなぁ。
「そ。転勤族の子なんかはしっくりくる言葉を使ってるみたいで、使う魔法によって言語が混ざってたりね」
「誰だっけ、森入るとよくわかんない言葉で魔法使いだすやついたよな、妖精語だっけ」
それは誰それだ、いやあいつじゃなかったか、あの子元気かなぁとみんながわいわいしだす。
雪子はたった今聞いた「しっくりくる言葉」を考えていた。
魔界に来てから最初の数か月は使っていたけれど、もう使わなくなるんだろうと思っていた言葉。
『ペン、立って』
青い軸のペンに向かって日本語で話してみる。
ペン先をむき出しのままにしていたそれは、まるで糸で釣り上げたかのようにすくっと立った。
別に力まなくたって、歌わなくたってよかった。
『嘘みたい』
思わず呟けば、ペンがぐにゃぐにゃとノートにインクを乗せた。
よーく目を凝らせば、「うそみたい」と日本語で書いてあるような、ないような。
『へのへのもへじ』
左手で書いたようなへのへのもへじが書き出される。集中するとちょっぴり上手に書けて、濁点を打ち終えたペンはペン先を下に向けて垂直に制止した。
できたじゃない、と隣で声がする。
「ありがとう、ございます」
おめでとう、よかった、と口々に言われると少し恥ずかしい。
なんだかそわそわする感覚に、雪子は両手をぎゅっと組んだ。




