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落札

犬猫のように鎖に繋がれ、連れていかれた先はそれらしく作られたオークション会場の舞台の上だった。

煌々と照らされたステージの上からは、逆に暗くなった客席の様子はほとんど見えない。

ぼんやりと、何やら顔を隠すための布を頭から被った不気味なシルエットがさざめいているのがわかる程度だ。


(……気持ち悪い)


同じ言葉を話す種族を、奴隷として、道具として売り買いする彼らは一体どんな顔をしているのだろう。

そんな彼らが普段はいかにも善人然として生活しているのかと思うと、吐き気がこみ上げた。


「こちらが本日の目玉商品!! 森にすむ妖精とも謳われる種族、ユーゲロイドを二体出品です!!

特に幼体の方はこれからの変性と合わせて楽しめる逸品です! 長期の観察、飼育に向いておりますよ!」

「……ひ!」


自らを商品として謳いあげる司会の男の声に、ソウジュが怯えたように声をあげる。


(大丈夫、だから)


手探りで雛姫にすり寄ってくるソウジュの手を、雛姫もしっかりと握り返してやる。

そんな風舞台で寄り添いあう二人の姿は観客の目にはどう映ったのか、客席がざわざわと揺れるのがわかった。


「そしてもう一体は、変性しないまま成体になってしまったという変わり種。

変性する可能性はゼロとは言いませんが、可能性は限りなく低いと言わざるをえないでしょう!

ではまずは……、こちらの未発達のユーゲロイドから始めさせていただくとしましょう!

目玉商品は一番最後のお楽しみ、としておきませんとね」

「……っ」


別に高値で売られたかったわけでも、ここの客席にいる下衆どもに高く見られたかったわけではない。

それでも、自分の存在がただの前座でしかないと思い知らされるのは屈辱的だった。

ちゃり、と鎖を鳴らして司会の男が雛姫を一歩前へと引きずりだす。

現在の拘束は両手を前で束ねる枷と、鎖が伸びた右足首にはめられたものだ。

鎖の伸びる範囲、ちょうどこの舞台の上を少し行き来するのに困らない程度の余裕が持たされている。



「そんなわけでこの個体はユーゲロイドにしては良心的な価格から始めさせていただきたいと思います!

300万からスタートです……!」


(……ああ、クソ)


こんな形で、自分が欠陥品であることを思い知らされることになるなんて、考えたくもなかった。

人を人とも思わない下衆な人間どもに、勝手によってたかって自らの値段をつけて売り飛ばされようとしているなんて。


「330!」

「350!」

「370!」


小刻みにあがる自らの値段にも、鼻の奥がツンとしてくる。

四海堂は、雛姫の身柄と引き換えに三千万近い額を出資してくれたというのに。


(本当は、そんな価値なんかなかった……?)


悔しくてたまらない。

だが、こんなところで、こんな連中を相手に涙を見せるのも癪だった。


「…………」


唇をぐっと横一文字に引いて、雛姫は光にぼやけてよく見えない客席を睨み続ける。

そうしている間にも、雛姫の値段は地味に上がり続けていたらしい。


「では、こちらの個体はあちらのお客様に410万で仮落札ということで……!」


(……仮?)


雛姫と同じ疑問を抱いたのか、客席がざわりと揺れる。


「今回、せっかくですのでセット販売も考えておりまして……!

こちらのユーゲロイドの幼体の落札終了後に、セット価格でのオークションをさせていただこうかと!」


(……あくどい)


例えば雛姫の値段が400万で仮決定し、次にソウジュの値段が500万程度で決定したとする。

が、それで決定とはせずに、今度は二人の価格を合計した900万からスタートして、セット価格での競りを行うつもりなのだ。

もしもセット価格で競り落とすものがいなければ、二人はそれぞれ最初の競りで決められた値段で売られることになる。


「では続きまして、今回の大目玉!

こちらユーゲロイドの幼体を700万からスタートさせていただきます!」

「……!!」


司会の口から飛び出したスタート価格に、雛姫は思わず息をのんでしまった。

幼く、変性の可能性を残したソウジュが雛姫より高く取引されるであろうことはわかっているつもりだった。

だが実際に、二倍以上もの差をつけられたのはやはりショックだった。


(お前達が、勝手に価値をつけるな……!)


叫びたい。

何も知らない連中が、勝手に雛姫の価値を測るなと、叫び出したかった。

こうもあからさまに己が欠陥品であると突きつけられる現実に、変性することだけが己の価値ではないと新しく生きる道を探り始めていた心が折れてしまいそうになる。


「750!」

「800」

「は、830!」

「850……!」

「900」


そうしている間にも、次々とソウジュの値段は吊り上っていく。


「1000!!」


ついに、桁が一千万の大台に届く。

これほどの高値が出ることはこの場でも珍しいのか、ざわざわと客席が如何わしい熱気に沸いている。


「一千万より上!

一千万より上はございませんか……!」


客席はざわめいてはいるが、それ以上の高値をつける客は出てきそうにない。


(これで、決まりか)


結局、ソウジュは始まったときと同じく、雛姫の二倍以上の値段でその売値が決まった。


「では、二人のそれぞれの値段が決まったところで、セット価格での競りに移させて戴きましょう!

舞台の上で戸惑い、怯え、寄り添いあう美しい二人のユーゲロイド!

どうかこの二人を引き離さないでやっていただきたい……!!」


(……どうせ、金のことしか考えてない癖に)


本心で、雛姫とソウジュを引き裂かないで欲しいなどと思っているわけではないのだ。

単純に、その方が客に高値をふっかけられるから、煽っているだけだ。


(でも、その方が都合がいい。二人、一緒にいられた方が)


司会の思惑に応えるようで悔しい気持ちもあったが、雛姫は両手でしっかりとソウジュを抱え込むようにして抱きしめる。

ソウジュも、応じるように雛姫へとぎゅうときつく抱き着いてくる。


「見てください! この美しい同胞愛!

さあ、この二人、セットでの価格はこれまでの合計からスタートです!

二人合わせて1410万円! 1410万円からスタートです!!」


司会の言葉に、客席は沸くものの、先程と違ってそう簡単に値がつかない。

おそらく、一千万程度までなら出せ客は多くても、それ以上となると尻ごみせざるを得ないのだろう。


「いらっしゃいませんか?

「いらっしゃらないようならば、この二人は残念ながらそれぞれ別のオーナーへと引き渡されることになります!」

「……!」

「……!」


(このままじゃ、ソウジュと引き離される……!)


一緒にいたところで、雛姫がソウジュに対してしてやれることはきっと多くはない。

けれどそれでも、見知らぬ誰かの元で飼われるなんていう状況でソウジュを一人きりにはしたくなかった。


「お願いします、俺とこの子を引き離さないで……っ!」


己を競る男たちに乞うように雛姫は声をあげる。

自分を買ってくれとせがむなんて、血を吐きたくなるほど屈辱的だった。

じんわりと目元が熱くなる。

でも、それでもここでソウジュと引き離されるよりはマシだった。


「お願いします……! 俺は何でもしますから……!!」


が、そんな雛姫の声に応じる声はない。

客席はざわざわとざわめきに揺らぐだけで、誰も新たな値をつけようとはしない。


「ナイスチャレンジ!

ですが残念ながら先程の仮のお値段のまま決定ということに……」


さがれ、という代わりに視界の男が雛姫の手首に繋がる鎖をぐいと引く。


「オーナーに決まりましたお二人は、どうぞステージにまでおあがりください!」


客席の間から立ち上がった二人の人物がゆっくりとステージへと上がって来る。


「はい、離れて離れて……!」

「ソウジュ!」

「エンジュさん……!」


ぎゅう、とキツくしがみつきあう二人を引きはがそうと、司会の男が無理やり雛姫の手首をつかむ。


(嫌だ……!!)


「エンジュさん……!

嫌です……! 行きたくないです……!」

「ソウジュ……!」


泣きだしそうなエンジュの声に、応えるように名前を呼び返す雛姫の声にも悲鳴めいた悲壮さが滲んだ。


「いい加減に……!」


なおも強く鎖を引かれる。


(今ここで引き離されたら……!)


四海堂はきっと二人を救おうと探し続けてくれるはずだ。

それは信じている。

けれど、世の中には決して元に戻せない出来事だってあるのだ。

再会出来たとき、ソウジュが雛姫の知るソウジュのままでいてくれるかどうかはわからない。

心無い連中に、ソウジュは壊されてしまうかもしれない。

それどころか、その命すら奪われているかもしれないのだ。


「嫌だ……!」


頑なにソウジュにしがみついて離れない雛姫に、司会の男は呆れたように息を吐く。


「すいません、頑固で。すぐに離させますので」


檀上に上がった客二人には愛想よく笑いかけながらも、舞台袖に控えている黒服を指で招く。

力づくででも、雛姫とソウジュを引き離すつもりなのだ。

ソウジュの服を手繰り、握りしめる雛姫の指には白く筋が浮いている。

それほどの力で必死に握りしめているのに、男たちは強引にその手を解いていく。


「……っ!」


その、最後の指がガリ、と布地をひっかきながら離れていく。

掴み直そうと伸ばした腕は、黒服たちに阻まれてソウジュには届かない。


「ソウジュ……!!」


絶望に胸を潰されながらも、血を吐く思いでその名前を叫ぶ。

その時、だった。

バァン、と会場中に響くけたたましい破裂音が響いた。


「……!?」


雷でも落ちたかと思うような、この場全体に響きわたる音。

薄暗がりに沈んでいた客席の向こうに、四角く切り取られて光がさしているのが見えた。


(……あそこが、入口なのか?)


その四角く切り取られた光の中に、長身の人影が浮かぶのがわかる。

足音が、ゆっくりと近づいてくる。

逆光で顔はわからないものの、その男他の客と違って顔を隠す布を被ってはいないようだった。

他の客がまだ動き出せないでいるうちに、悠々と歩んできたその男は、そのままずかずかと舞台の上にまで上がってくる。


「……っ!?」


驚きすぎると人間声が出ないというのは、まさにこのことだ。


「……旦那、さま?」


黒服達ともみ合う姿勢そのままに雛姫は呆然と呟く。

そう。

いつもと変わらぬ人相の悪さで、その場にいる全ての人間を睥睨しているのは、築有志郎その人だった。


「あれって……!」

「こんなところに素顔でやってくるとか、何考えてんだ……!?」


すぐにその素性は周囲にも知れたのか、客席がざわざわとざわめき出す。


「…………」


が、築本人はそんな騒ぎなど全く気にした様子はない。

いつもの鉄面皮でちらりと黒服に取り押さえられたままの雛姫を見やり……。


(……あれ?)


一瞬、その視線だけで人が殺せそうな凶相が浮かんだような気がした。


(……もしかして、旦那様、めちゃくちゃ怒ってる?

や、怒っててもおかしくないな)


元々人嫌いで、面倒を嫌うのが築有志郎いう男なのだ。

それをこんなところまで引っ張り出してしまったのだ。

不機嫌で当然だ。


「おい、競りの状況はどうなってる」

「えっと……、せ、競りですか?

「未発達の方が410万、幼体の方が1000万でそれぞれ買い手が決まっていて……」


(……っ!)


築の目の前で、未発達やら幼体だのとユーゲロイドの特性を彷彿とさせる単語を言われたことに、雛姫は動揺する。

ちらり、と築の表情をうかがったが、築はその単語に特に反応した様子はなかった。


(旦那様……、どこまで何を知ってるんだろう)


雛姫が隠していたこと、雛姫がついた嘘、そのどこまでを築は知っていて、ここまで来てくれたのだろう。


「セットでの競りでは買い手がつかなかったのでそのまま……」

「5000万出す」

「!?」


築のなんでもないように言い捨てた言葉に、雛姫たちどころか、その場にいた者すべての動きが止まった。


(ご、ごごご、ごせんまん!?

どっから!? その数字どこから!?)


現在競りで決まっていた価格は、雛姫が410万で、ソウジュが1000万。

合計しても、1410万だと言うのに、何故か築はそれを遥かに飛び越えた5000万をいきなり叩き付けてきた。

司会の男もぽかーんと口を開けて呆然とするばかりだ。


「なんだ、どうした。

5000万じゃ足りないとでも言うつもりか?

おい、お前らステージに立ってるってことはこいつらを落札したんだろう。どうする。

俺より高値がつけられるって言うなら、最後まで相手になるが」

「……降りる! そんな馬鹿げた額出せるか……!」

「お、俺も降りる……!」


言葉通り、二人はその宣言と同時に逃げるようにステージから降りて行った。

後に残されたのは、司会の男と、鎖に繋がれたソウジュと雛姫、そしてたった今オーナーとなった築だけだ。


「ここに現金で五千万ある。適当に数えろ。足りなけりゃ集金に来い。

俺が誰なのかは――……わかってるだろう」


ニヤリと獲物の喉笛に喰らいつく凶悪な獣のように笑って、築が手に持っていたアタッシュケースを司会の男へと蹴りやる。

慌ててそれを受け取った男が、そそくさとその中身を確認して……、大きく目瞠った。


(……本当に五千万、入ってたんだろうな)


築がこういうところで嘘をつく男だとは思えない。


「それじゃあこいつらは俺のものだな?連れて帰るぞ」

「は、はあ……」


毒気を抜かれてぼんやりとしか返事を返すことのできない司会の男に、築はフンとつまらなさそうに息を吐いた。

それから、その場にいる雛姫とソウジュを除く全ての人間を小馬鹿にするような眼差しで辺りを睥睨する。

素顔を隠しもせず、乗り込み、本日の目玉商品を二つ揃って誰にも勝負できなだけの高額で落とした男は――…。

心底呆れ果てたというような視線と口調で、口を開く。


「お前ら――……、見る目無さすぎだ」


そう言い切って、築は司会の男から受け取った鎖の鍵を片手に、そっと雛姫の足元に跪いたのだった。

金に物を言わせる旦那様。

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