雛姫の夢
小説家になろうは初めてなので、何か不具合、誤字、脱字等ありましたら、ご指摘いただけるとありがたいです。よろしくお願い致します。
それは、遠い夢。
いつかは覚めてしまう遠い夢。
「―――」
名前を呼ぶ声がする。
「おうちへ帰りましょう。
もう日が暮れてしまうわ」
優しい声が帰路へといざなう。
赤く、燃える夕日は木々の向こうですでに地平線にひっかかり始めている。
ああ、帰らなければ。
おうちへ。
暖かな――…、我が家へ。
☆★☆
「…………」
ふわり、と意識が浮上した。
(……夢、か)
ゆっくりとと目を開ける。
目に飛び込んでくるのは、夢で見て眼裏に焼きついてしまった夕焼けの紅とは異なる、淡い朝の光だ。
「…………」
雛姫は、未だどこか夢の名残に強張るような身体から、緊張を逃すべく静かに息を吐いた。
何か、不思議な夢を見ていたような気がする。
懐かしいような、寂しいような――……、それでいてどこか、怖い、ような。
「…………」
夢の残滓の形を辿るよう、雛姫はそっと双眸を伏せる。
先ほどまであんなにも鮮烈に思いだせていたはずの夢の内容は、今ではすっかりつかみどころなくふわふわと朝の光に溶けてしまったようだった。
「雛、起きてる?」
部屋の外から、声が聞こえた。
同居人である、四海堂だ。
雛姫がまだ部屋から出てこないのに気付き、起こしに来てくれたのだろう。
「ん。起きてるよ」
「なんだ、寝てたら僕が起こしてあげようと思っていたのに」
「それがわかってるから自分で起きたんだ」
「なるほど」
ドアの向こうから、くつくつと愉しげに喉を鳴らす笑い声が聞こえてくる。
「朝ごはんはもうできてるみたいだからね。
準備が出来たら、降りておいで」
「わかった、すぐに降りるよ」
雛姫の返事を聞き届けて、四海堂はどうやら先に階下に降りることにしたらしい。
足音が遠ざかっていく。
なんとなく、足音が聞こえなくなるまで待ってから、雛姫はするりとベッドから抜け出した。
「うーん……っ」
大きく、腕を伸ばしての伸び。
それから深く息を吐いての、深呼吸。
「なんだか……、 ヘンな夢を見た気がするなぁ」
懐かしい、夢。
悪夢、とは言わない。
けれど、少しだけ悲しくなる。
きっとそれは、今はもう帰れぬ過去の形にとてもよく似ていたような気がする。
そんな、気がした。
「雛-?」
部屋から出てくる気配のない雛姫に、焦れたよう階下から四海堂の呼ぶ声が響く。
「ったく堪え性のない」
その声に、小さく笑って。
夢の名残を振り切るように、雛姫は元気よく声をあげた。
「今行く!」