発端
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パジャマから着替え、顔を洗って階下へと降りる。
ダイニングでは、すでに四海堂がテーブルについて雛姫の到着を待っていた。
普段は気儘かつ我儘な男であるのに、こういうときばかり四海堂は律儀だ。
必ず食事の際には雛姫が到着するのを待っていてくれる。
「先に食べててもよかったのに」
「せっかくなら雛と一緒に食べたいじゃないか。
ほら、座った座った」
促されるまま、雛姫はずらりと長いテーブルの四海堂の対面の席へと腰を下ろした。
最初のうちは、何の意味があってこんなにも縦に長いのかと解せなかったが、最近はもう慣れた。
何事にも、体面というのは大事なのだ。
四海堂は間違いなく形から入るタイプだ。
そんなことを考えている間にも早速朝食が二人の前に運ばれてくる。
給仕を担当するのは、クラシックスタイルのメイド服に身を包んだ妙齢の女性たちだ。
四海堂が雇っているメイドさんたちである。
(……やっぱり形から入るタイプだ)
改めて確信した。
食事を給仕してくれたメイドさんへと感謝をこめて目礼し、雛姫はいただきます、と手を合わせる。
ふと視線を持ち上げると、四海堂が「よくできました」とでも言いたげな顔で、同じよう手を合わせているのが見えた。
「……なに」
「いや、今日も雛は可愛いなあ、と思って」
「……それはいいとして。
今日の予定は?」
「んー……、僕はいつも通り」
「じゃあ俺もいつも通りでいいのか?」
「ああ、雛には今日別にちょっと頼みたい仕事があるんだよね。
お願いしてもいいかな?」
「俺に頼みたい用事?」
「そ。ちょっと届けてほしい手紙があるんだ」
「手紙?」
雛姫は訝しげに復唱して、視線を持ち上げる。
雛姫の現在の仕事は、四海堂の付き人のようなものだ。
なので、四海堂が雛姫に用事を言いつけること自体は別に珍しいことではない。
だが、四海堂はあまり雛姫を傍から放したがらない。
雛姫自身がちょっと過保護すぎるし、迷惑に思ってしまうほどに、四海堂はどこにでも雛姫を共に連れて行きたがる。
そんな四海堂が、わざわざ手紙を持って別行動を命じるなんて、なかなかに珍しいことだ。
「俺が直接届ける必要があるのか?」
「うん。大事な書類だからさ。信用できる人に、手渡しで届けてもらおうと思って」
「了解」
そういうことなら、納得だ。
雛姫はあっさり了承して、頷いた。
「ありがとう。助かるよ。
届けたら、あとは相手の指示に従ってくれたらいいから」
「わかった。送り先は?」
「秘書に詳しい説明をしてあるから、あとでそっちに聞いてくれる?」
「了解」
「その仕事が終わったら、今日は先に戻ってていいよ」
「ああ、合流しなくてもいいんだ?」
雛姫の用事が済んだ段階で、合流するつもりだと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「うん。たぶんそっちも結構時間かかると思うし。
雛の今日のお仕事は、お手紙の配達だけでいいよ」
「了解」
(……時間がかかる、ねえ)
どこか、相当遠くまで配達に行かせるつもりなのだろうか。
そんな遠くまで四海堂が雛姫を一人で行かせようと思ったなら、それはそれで何か意味がありげだし、そうじゃないならそうじゃないで厄介そうである。
(その後の「相手の指示に従う」というあたりが面倒くさそうだよなあ)
こっそりと、四海堂にバレないように小さく溜息をつく。
この四海堂という男は、毎回面倒ごとばかり雛姫に押し付けてくるのだ。
「…………」
ちろり、と様子をうかがってみる。
「なに?
今朝も見惚れちゃうほど男前?」
いろんな意味で、通常運転だった。
「…………」
あえての無言で、トーストを頬張って黙殺。
出来ることならば、この「お願い」自体もスルーしてやりたいところだが……。
(まあ、自分の状況的にそれは無理だよなあ)
四海堂は、雛姫の保護者だ。
立派な成人を捕まえて保護者というのもどうかと思うが、実際そうなのだから仕方がない。
身元引受人、とでも言えばいいのだろうか。
仕事を手伝っている、という態こそあれど、 雛姫の生活の全ては四海堂の援助の元に成り立っている。
そんなわけで、基本的に雛姫は四海堂に逆らうことなど出来ないのだ。
「ご馳走様。僕はもう行くよ。
雛はゆっくりごはんを済ませてから、出かけると良い」
「了解。行ってらっしゃい」
「ん。行ってくるよ。 雛の方も、頑張ってね」
「…………」
(頑張ってね、ってことは……。
頑張らないといけないような内容なんだな……?)
基本的に四海堂からのお願いに対しては、警戒心の方が先に立つ雛姫である。
「雛?」
や、なんでもない。 気を付けて」
どうせ、雛姫に拒否権はないのだ。
何が待ち構えているにせよ、四海堂が行けと言うのなら行かないわけにはいかない。
「んじゃ、また夜にでも。
後でね、雛」
そんな挨拶を残して、四海堂はすたすたとダイニングを出ていく。
いろいろと忙しくしているのだろう。
なんせ四海堂は、この花夜国でも三本の指に入る実力を持った薬師だ。
大陸の東に位置するここ、花夜国では、他国では科学の中廃れていった薬学や錬金術といったものが多いに発展している。
といっても科学の発展に背を向けているわけでもない。
四海堂の屋敷を見渡してもわかるよう、科学の産物である電化製品は生活の中にしっかり溶け込んでいるし、その一方で四海堂は薬師として他国の人間から見ればオカルトじみた事象を操って見せる。
花夜国では、科学の進歩と古の学問とが、ほどよく混じり合い、ともに発展を遂げているのだ。
その中でも、豊かな自然な恵みを基盤に発展した薬学は他国の追随を許さない。
そして、その薬草や薬を扱った貿易や、国内における薬師としての職を独占、管理しているのが薬師協会と呼ばれる団体だ。
四海堂は花夜国で三本の指に入る薬師であると同時に、その協会の若き長でもある。
(そりゃ忙しいよなあ)
しみじみとそんなことを思いつつ、 のんびりと朝食の残りを雛姫は片づけていく。
その後、秘書から言い渡される書類の届け先に、戦慄する未来が待っていることなど、知りもせずに。




