18 ご挨拶
フィクスやマリクの見送りを受け、二人は数日間預けていたレンタル魔道車に乗り込みグランディス国を後にした。
運転は行きと同じくレオナがハンドルを握る。
費用を最低限に抑えるためとはいえ、小型の魔道車にしておいて正解だったとレオナは思う。
こうして二人並んで座席に座り、逐一アリエッタの様子を窺うことができるからだ。
移動中、アリエッタはグランディス国に滞在している間の成果をレオナに話して聞かせていた。
魔道具に関する興味はもちろん、種類や応用方法など、独自のアイディアも交えながら、アリエッタ自身が如何に魔道具が好きなのかを披露しているような、そんな時間をレオナは満喫する。
そこにあの後ろ暗い雰囲気は一切なく、終始楽しかった思い出しかないように笑顔で語るアリエッタ。
大精霊と魔性が同時に宿っている際にきたす不調も今のところは見られない。
本当にいつもの、いや……普段より明るくなったアリエッタをレオナは視界の端に捉えながら、安堵と罪悪感を抱えた状態となっていた。
(こうして見ている限り、いつものアリエッタお嬢様と何も変化は見られない。むしろ抑圧された生活の中でやっと見つけた趣味を満喫しているような、そんな解放感すら垣間見える。アリエッタお嬢様が不調だったり何かしら悩みを抱えている時は、決まってそれを隠すように取り繕うけれど、そういった態度の変化も見られない。良好、とみていいのかしら? いえ、それはまだ早計かもしれないわね。数時間、数日……いいえ、数週間は様子を見てみなければ……っ!)
脳内で独り言をまくしたてるレオナの様子に気付かず、意気揚々のアリエッタが話している内容は魔道具の構造や製造過程に移っていた。
マリクといる間、そして当然その後にも魔道具に関して誰かにこの情熱をぶつけることがなかったせいだろう。
アリエッタは溜まりに溜まった魔道具への興味を、興奮気味にレオナにずっと語っていたのである。
そしてアリエッタの全てを受け入れる覚悟がすでにできているレオナもまた、それを嬉しそうに聞き入っていた。
そうこうしている間に二人はレンタル魔道車から、元の馬車へと乗り換えて移動を再開させる。
ここから先はゆっくりとした帰路になるので、帰国してからの打ち合わせを入念にしておくことにした。
***
アンデシュダリア国に戻ってからは実に慌ただしかった。
まずは父親に報告、それからアリエッタはレオナを伴わせ、魔道具製の輸入の許可申請をするため税関へ赴く。
休む間もなく仕事としての業務をこなしたアリエッタ。
それからようやく物流関係を営むアリエッタから、普通の貴族令嬢アリエッタとして婚約者であるランドルフへ挨拶と手土産を渡しに王城へ向かった。
もちろん全ての行動に付き従うレオナ。
王太子と会う約束はすでに取り付けてあるので、これを済ませればようやく全ての業務が終了。ゆっくり休むことができるはずだった。
アリエッタがランドルフと会う場所は毎回決まっていた。
お茶会をするために王城内に設けられた専用テラスか、豪奢なゲストルームだ。
ランドルフは未だアリエッタに心を開いていないせいもあり、私室へ入ることを許されていなかった。
それは婚約した者同士とはいえ、紳士淑女としての作法も関係しているだろうが、ランドルフに限ってはそういう意味合いで入室禁止を命令しているわけではないのだろうとレオナは察していた。
約束の時間より少し早く到着したため、アリエッタはランドルフの私室前の廊下で待つことにした。
先にテラスへ行って待っていた方がいいのでは、とレオナが助言するがアリエッタはぎこちない笑みを浮かべながら「一刻も早くランドルフ様の顔を見て安心したいから」と話す。
どこか含みを帯びた表情でそう話すアリエッタに、レオナはほんのわずかに疑問を感じるがそれを口にすることはしなかった。
約束の時間を五分ほど過ぎた頃、中からランドルフの声が聞こえてくる。
王太子の私室は恐ろしく広い間取りになっているので、私室にいるからといって中から廊下まで話し声が漏れるなんてことはない。
つまり今まさにドアを開けて出てくるところなのだ。
独り言を口にしながら?
それとも誰かと会話でもしているのだろうか。
がちゃりとドアを開けた先に見えたのは、ランドルフの笑顔だった。
アリエッタにはただの一度も見せたことのない甘美な表情、その後ろには……。
「セスティリア……、ルドベック……?」
アリエッタは手に持っていた土産を危うく落としかけた。
ドアを開けた先に見つけた婚約者の顔を見て、ランドルフは大きな舌打ちをする。
「なんだよ、テラスで待ってろって聞いてなかったのか?」
「いえ、あの……、一秒でも早く……ランドルフ様にお会いしたくて」
「ずっとドアの前で待ってたって? 気持ち悪い、俺は粘着質な女は嫌いだって前にも言っただろう」
嫌悪の表情で吐き捨てるランドルフに、レオナの怒りが爆発しかけたところで大きな打撃音が鳴り響いた。
一瞬にして周囲が沈黙、険悪な空気もろとも一掃したかのような静寂が訪れる。
見るとそこにはわなわなと身体を震わせたセスティリアが立っていた。
ドアを力の限り叩きつけたせいで思った以上に大きな音を立て、その勢いのままにドアは壁に激突。
見ればドアの蝶番が外れかけるほどの衝撃を受けていたようだ。
そしてランドルフも同様に強い衝撃を受けている。
「セ、セティ……?」
「ランドルフ様、婚約者に対してその言葉はあんまりじゃない?」
ぎろりとランドルフを睨みつけながら、まるで母親が自分の子供を叱責するように両手を腰に当てるセスティリア。
ついには王太子に向かって指を差し、先ほどの暴言を謝罪するよう畳みかけるが、さすがにそれは自分の意に反するのか。
ランドルフはたじたじと腰の引けた状態ではあるが、アリエッタへ向けた言葉を撤回するつもりはない旨を伝える。
「セティ、君は何も知らないかもしれないけど、これが俺たちにとって健全な距離感なんだ。わかるかな? 俺は王太子で、彼女は一貴族の令嬢でしかない。公爵家の人間や君のような聖女ならともかく、彼女は」
「あからさまな身分差別を公言するなんて最低な行為よ!」
「いや、君だって彼女が婚約者っていう身分であることを口にしたから」
「それは立場の話でしょ!?」
喧々囂々と言い合う二人に、アリエッタは悪役令嬢である対応が完全に遅れてしまっていた。
まずはランドルフの私室からセスティリアも一緒に出て来たことに驚き、咄嗟に反応できなかったこと。
その上セスティリアがランドルフに対して苦言を呈していること。
しかもその内容がアリエッタのために反論しているのだと思うと、宿敵とされている相手にそのような行動を起こされると調子が狂ってしまうのは仕方のないことだ。
なにより、セスティリアと仲睦まじそうに微笑むランドルフの顔が頭から離れなかった。
もやもやとした胸の内を抱えたまま、アリエッタは口元を引き結び背筋を正す。
表情はやや冷たく、余裕のある態度を装って。
「私をダシにしてランドルフ様を責め立てるようなこと、しないでくださる?」
「えっ!? だって……っ、あなたさっき」
「ランドルフ様もおっしゃっていたでしょう? これが王太子殿下と一貴族でしかない私との距離感なの。殿下がお決めになったことに対して、後から出て来たあなたがぐちぐちと。聖女様というご身分の方は、そういうことにまで口出ししてくるのかしら」
自分はまるで気にしていないと、これが普通なのだと言い張るような物言いにセスティリアの方がたじろいでしまっていた。
アリエッタを尊重すること、それが正しい行ないなのだと信じ切っていたのだろう。
蔑ろにされる婚約者の味方をすることで、この歪んだ関係が正されると思っていたのだろう。
「お前っ、セティに対して! いや、仮にも聖女という至高の存在に対してなんて態度を!」
「それではランドルフ様、聖女様のおっしゃることが正しいと、そう思われるんですか? でしたら彼女の言葉のままに私たちの距離感を改めると、そう同意することになるけれど。それでよろしいんですのね?」
(さすがアリエッタお嬢様! さりげなくご自身とバカとの関係性を修正させる方向に持っていくなんて! さすがですお嬢様! ブラボーでございます!)
「うぐっ! そ、それは……っ」
(そこは嫌というわけ? このゴミカス)
ランドルフが一人で勝手に譲れない戦いをしている中、思わずレオナは心の中で本音を吐き捨てていた。
初対面の時からこの男はそういう男だ。
アリエッタを一人の人間として尊重しない、扱わない。
身分が下であれば何を言っても、何をしても自分は悪くないと思っているバカ。
アリエッタの献身を受けてもなおその思考が覆らないところから、誰一人としてセスティリアのように彼の歪んだ思考を否定し、改めさせてこなかったのだろう。
それどころか何年もその行為が正当化され続け、今では取り返しがつかないほどに感性がしっかりと固定されてしまっていたのだ。
「……聖女セスティリア」
「えっ」
アリエッタは手にしていた土産の品をセスティリアへ差し出す仕草をした。
目の前に突き出され戸惑う彼女に、アリエッタは笑顔も不遜な顔をすることなく、淡々とした態度で無理やり土産を渡す。
「お二人のご歓談を邪魔して申し訳ありませんわ。お口に合うかわかりませんけど、隣国グランディスで流行りの焼き菓子。よければお二人で召し上がりながら、続きをお楽しみあそばせ」
「えっ、あのでも私っ」
「私は聖女様と違って多忙ですの。これで失礼いたしますわ」
「あっ、帰るんだ? じゃあお前との用件はこれで終わりってことで?」
アリエッタが用件を済ませて帰る素振りを見せると、ランドルフの顔に光が差したようにぱっと明るくなった。
その表情の変わりぶりを目にしたレオナは心の中で「ゴミ虫が」とつぶやいていたが、もちろんそんな暴言は誰にも聞こえることはない。
アリエッタがランドルフに対して一礼し、返って来る言葉に期待することなくさっと身をひるがえす。
その後に続くよう、レオナもまた二人に一礼してから主人の背中を追う。
背後から浮かれた奇声が聞こえたが、アリエッタが足を止めることはなかった。




