5 選ばれし悪役令嬢アリエッタ(4)
「えっと、あの……」
「いいんですよ、お父様やお母様がいらっしゃらなくてさみしかったんですよね」
漆黒の闇のような黒い髪を綺麗に編み上げ、前髪以外の髪の毛一本落とさないくらいぴっちりとひっつめられた髪型。
アーモンド色をしたツリ目は、涼やかさと凛々しさを兼ね備えていてさらにその美しさを際立させている。
一目見れば二度と忘れないような美しい少女は、黒いロングスカートにエプロンをしている姿から恐らくこの城のメイドだろう。
少なくともアリエッタの屋敷にも同じ格好をしたメイドがいたので、そう思うことにした。
彼女がおもむろにエプロンのポケットから一枚のコインを取り出す。
「さぁ、コインは何枚あるように見えますか?」
「え? いちまいだけ……だけど」
数の数え方はもちろんその他の教科に関しても、プラチナ学園初等部入学に備えて家庭教師にすでに習っている。
一枚、という数字を強調するように、アリエッタは白くて小さな指を一本突き出していた。
それを見てにっこり笑った美少女が、さっきのコインを握りしめた瞬間。
目にも止まらぬ速さでパンっと、今度は両手でコインを挟むような形で動きを止めた。
一体何をしているのかわからないアリエッタが茫然としていると、彼女が柔らかな微笑みを浮かべ、両手を開いてアリエッタに見せた。
「わぁ! いち、に、たん……! たんまいになった!?」
「ちょっとした手品です。魔法とは違いますよ」
「しゅごいしゅごい! ねぇ、どうやったの!?」
「ふふふ、それはね」
「いい加減にしろ、レオナ。ここをどこだと思っている」
賑やかで和やかな空気がまた冷ややかな沈黙に包まれてしまう。
教会の男が不機嫌そうな顔つきで彼女を睨みつけていた。なんてイヤな人なんだろうとアリエッタが心の中であっかんべぇをした時、彼女はアリエッタの耳元で「ごめんね」と囁き立ち上がる。
「失礼いたしました。件のご令嬢の緊張をほぐそうかと」
「そんなことは必要ない」
「お言葉ですが彼女に重大な使命を与えるというのなら、まず彼女の環境を整えて差し上げることもまた私の役目と認識しておりましたが」
「それは国王陛下と枢機卿がいらっしゃってからで構わん。これからこの国の未来に関わる重要な会議をする場で子供に寛がれては、緊張感が壊れるというものだ」
レオナと呼ばれた少女はそれ以上反論しなかった。
急に怖い場面を目撃してしまったアリエッタは、一体自分がこんなところで何の用事があるのか。
できるだけ早く屋敷に帰りたい、両親に会いたいと。
泣きだしたいのを必死で堪えることしか、今のアリエッタにできることはなかった。