6 選ばれし悪役令嬢アリエッタ(5)
数分後、ようやくアンデシュダリア国王とジオーク枢機卿が談話室にやって来た。
さっきまでの張り詰めた空気とはまた違う。
緊張感はそのままに、二人の男が顔いっぱいに笑顔を作って自分たちの主を出迎えた。
「いや、遅くなってすまない。では始めようか」
来るなりまた世間話でも始まるかと思いきや、意外にもすぐに本題に入る様子である。
国王と枢機卿がきらびやかな装飾を施した椅子に座り、アリエッタと対面する形で互いを見合った。
「ごきげんよう、アリエッタ……だったね」
「急にこんな所へ呼び出されて、さぞ驚いていることだろう」
二人は優し気に話しかけるが、その目は一切笑っていない。
従者の男と教会の男、そしてレオナが直立不動のまま話を聞く。アリエッタはなんと返事をしたらいいのかわからない。
戸惑っていると、具体的な内容は全てレオナを中心に進められることに。
「この娘はまだ幼い。だから今ここで国の未来に関わる重要な話をこの娘に言い聞かせたところで、内容の半分も理解できはしないだろう。レオナ、お前がこの娘の教育係となり、来たるべき日に備えこの娘を完璧な悪役令嬢として育て上げろ。いいな」
「はっ、かしこまりました。国王陛下、枢機卿」
難しい話はこれで終わりらしかった。
しかし最後に、枢機卿がしわくちゃの顔をアリエッタの目と鼻の先にまで近付けていくと、充血したギョロ目をさらに見開きアリエッタに念押しした。
「娘よ、お前はこの先レオナの手ほどきにより悪役令嬢として生きることになる。これは国の安寧のため、平和のためなのだ。拒否は決して許されん。逃げることも適わないと思え。もし愚かにも両親やその他の者にこのことを話したりすれば、お前たちクリサンセマム家に関係する一族はおろか、話を聞いた者全員この世から消えてなくなるということをよ~く覚えておくがいい」
低く脅迫するように注意を促した枢機卿は、これで満足したのか。
何事もなかったかのようにスッとアリエッタから離れて、蝶ネクタイを締め直す仕草をする。
「もういいぞ。レオナと共に屋敷へ帰りなさい。お前の両親にはすでにレオナの件は伝えてある」
たった一言それだけ言うと、伝えるべきことは伝えたといった風に椅子に座って、それぞれの従者に酒を注がせた。
レオナは無言のまま軽く会釈し、椅子に座って固まったままのアリエッタの肩に触れる。
「さぁ、参りましょう」
優しい声がアリエッタの恐怖をほんの少し和らげた。
何を言われたのかさっぱりわからないが、威圧感と恐怖だけはしっかりとアリエッタの心に刻み込まれている。
うるうると瞳を潤ませ、泣きたいのを必死に堪えるように口元に力が入るアリエッタ。
そんな少女の手を優しく取り、レオナが椅子から立ち上がらせた。
手を繋ぎ、退室する際にレオナが再び会釈して談話室を出た瞬間、ようやく張り詰めた緊張感が少しずつ解けていく。
怖い男の人たちがいなくなって、ぷつりと我慢の糸が切れたアリエッタの瞳から大粒の涙がぽたりと頬に落ちた。
「ひっく……、ふぇえ……っ、ママにあいたい……」
そうつぶやき泣き崩れそうになるアリエッタの目の前で、レオナが膝を折って同じ目線になる。
まるで女神のような微笑みに、母親に似た安心感が生まれるようだった。
「アリエッタお嬢様、今日より私はあなたの侍女でございます」
「……じじょ? え、なぁに?」
わけのわからないことばかりでアリエッタの心は張り裂けそうだった。
ついにこの城で唯一優しくしてくれたお姉さんまで意味不明なことを言ってくるのかと、ここには誰もアリエッタにわかるように言ってくれる人はいないのだと絶望した時だ。
「私はこの世界で唯一、あなただけにお仕えする侍女にございます」
「なにいってるのかわかんないよぉ……」
戸惑うアリエッタに、レオナはもう一度心を込めて言う。
強く抱きしめ、安心させるように。
「ずっとずっと、私はアリエッタお嬢様だけの味方……ということですよ」
その言葉に嘘はない。
なぜならこの少女に生涯寄り添う唯一の人間は、レオナのみになることは明白だから。
(お嬢様が歴代最高の悪役令嬢になるよう、この私が育てて差し上げます……)
アリエッタが悪役令嬢として断罪されるのは、彼女が十七歳になる年。
その十三年の間で、彼女が国民全員から忌み嫌われる悪役令嬢となるように。
家族ですらアリエッタに手を差し伸べることがないほどに……。
(残念ですがお嬢様、秘密を共有する私しか頼れる者はいないと思ってくださいね)
アリエッタを悪役令嬢として育て上げた後、十七歳となったアリエッタは聖女を始めとした国民たちの前で断罪されることになる。
アリエッタの世話を甲斐甲斐しく務めた後、少女を断頭台へ導く役割。
それがレオナ・サイプレスに課せられた使命だった。




