30 協力者になりえる存在
北西の要塞、魔術大国グランディス。
魔術師育成に力を入れた政策、魔術特化の教育方針により才能を開花させた市民多数。
加えて魔道技術も他国と比較しトップクラスの魔術・魔道具先進国であるグランディスには、奇妙だが便利な魔道具で溢れかえっている。
中でも現国王の魔術の才は過去に類を見ないほどであり、その実力は計り知れないとさえ言われていた。
***
水の精霊ウンディーネのいる聖地に突如として姿を現した黒髪の男こそ、魔術大国グランディスを治める国王であると。
にわかには信じられないが、それが紛れもない事実であることは彼の魔力量の高さが証明している。
だからこそ問い詰めたい内容が山ほどあった。
一国の主がなぜ単身で、このような危険な場所に現れたのか。
彼がなぜ聖地解放のタイミングを知っていたのか。
レオナに接触した目的は?
警戒を怠るわけにはいかないと同時に、レオナの中でそれを上回るほどの感情が気を緩めてしまう。
アンデシュダリア国が密かに行なっている因習――。
「悪役令嬢断罪計画」を知り、害をなす者を排除しようとする人間が誰なのか、何人いるのか不明の中、孤立無援の状態でこれを阻止しなければいけないレオナ。
誰の手を借りることもできない状態で、誰が敵なのかわからない状態で、レオナは長年をかけて一人でこの計画を破綻できるよう考えてきた。
それでもレオナの手に余ることがいくつか残ってしまう。
解決策が見つからないまま、アリエッタに施せることを可能な限り施しはするが、それでも不確定要素はなくならなかった。
『レオナ不在後、アリエッタは本当に一人で安全に暮らしていくことは可能なのか』
レオナが行なおうとしている「悪役令嬢救済計画」の成功条件、それは「アリエッタが幸せな人生を歩む」ことに他ならない。
しかし「悪役令嬢断罪計画」を破綻させた後、アリエッタが平穏無事に暮らしていける環境を整えることが、果たして実現可能なのかどうか。
これまで散々「悪役令嬢アリエッタ」によって、アリエッタ=悪を植え付けられてきた人たちが、そんなすぐに考えを改めることができるのか。
両親ですらアリエッタに対し、畏怖の念を抱いているというのに……。
何より「悪役令嬢断罪計画」をこれまで延々と続けてきた王族や教会側の人間が、果たしてアリエッタに安寧の地を与えることを良しとするだろうか。
レオナはアリエッタに、レオナがいなくても問題がないよう教育をしてきた。
金稼ぎの方法、身を守る術、生活能力、あらゆる場面で困らないように。
自分がいなくても、アリエッタがレオナを頼ることなく生きていけるように。
だが環境だけは別だ。
レオナ一人でアリエッタ周辺の環境を整えるには、もっと大きな力と方法が必要になって来る。
今までレオナの頭を悩ませていたことだが、それを少しでもクリアする方法は一応――あるにはある。
それでも決定的に欠けるものがあった。
強力な援助、支えだ。
これまでの行ないがアリエッタの望まない形であったとはいえ、国民の中に植え付けられた悪印象だけはどうしても簡単には拭えない。
ならばアリエッタを支え、援助し、保護する人物がレオナ以外に必須であると考えた。
その人物はアンデシュダリア国の誰であろうと、一切の反抗を許さない大きな権力と地位、そして強大な力を持った人間でなければいけない。
少なくともアンデシュダリア国内において、国王と教皇、枢機卿といった身分を超えるほどの人物など存在しないだろう。
だとすれば、国外なら?
残念ながらレオナは、出身地とアンデシュダリア国以外の土地のことをほとんど何も知らない。神官見習い時代はもちろん、侍女見習い、侍女としてアリエッタの側に仕えていた頃でさえ外へ出る機会など全くなかったのだ。
アリエッタが安心して暮らせる場所……。
それさえクリアすれば、レオナは串刺しにされようが水に沈められようが、生き埋めにされようが生きたまま火に焼かれようが、笑顔でそれらを受け止めることができる。
レオナの目の前には、今まさに国外の人間が……しかも絶対的な権力と力を持った人物がいる。これを逃す手はない。
そして何より、彼以外にアリエッタを託せる人物はいないと……レオナはそう信じていた。
***
水の精霊が棲む神殿を出ると、日はすでに沈み始めていた。
神殿は地下へと続いているだけなので外の様子がわかるはずもない。
再び外へ出るまでの時間は、行きに比べて半分以上早かった。
ある程度の好戦的な魔物を排除したが、それよりも魔物がこちらを恐れて一切姿を見せなかったのは恐らくフィクスのせいだろう。
思えばレオナより先に神殿内に侵入していたはずのフィクスだが、それならなぜレオナが入った時にあれだけ定期的に魔物に襲われたのか。
それは神殿内の魔物たちにとって、フィクスが強大な敵だと認識したからに他ならない。
だからフィクスの後に入ってきたレオナだけが襲われたということになる。
そう考えるとまた胸がもやついたが、彼はこの上なく貴重な人材だ。
無下に扱うのは得策ではない。そう切り替え、神殿を出るまでの間は、彼との何気ない会話を楽しんでいるふりを徹底させた。
フィクスが多弁だというわけでもなかったが、ひとつふたつの内容だけで会話が弾むように計算された言葉選びは、さすが外交も行なうであろう国王らしい話術だとレオナは密かに感心する。
おかげで、神殿内という死角の多い場所で重要な話をせずに済んだ。
フィクスもわかっていたのだろう。どこで誰が聞いているのかわからないような場所で、国の重要機密を漏らすのがどういうことなのか。
場はわきまえる、それを理解してくれるだけでレオナは充分だった。
***
帰り道で魔物に襲われることなく清廉の森を出た二人。
レオナは広々とした空を仰ぎ、太陽の位置を確認すると改めて実感する。
相当な時間を要してしまった。あぁ、早く帰りたい……という衝動を抑え込むことで精一杯になるレオナ。
ひとまず視界の開けた場所で簡易的なキャンプを張ると、二人は互いの事情を説明し始める。とはいっても、当然全てを明かしたわけではない。それはフィクスも同様だとわかっていた。
まずレオナの出自に関しては侍女見習いとして王城に勤める際、教育係ベリルが設定した内容をそのまま使った。
そして現在のレオナがアンデシュダリア国の貴族、クリサンセマム家の侍女であることを明かす。表向きの職業は別に隠す必要性がないとして、裏側の職業だけは――国の管理下にある戦闘部隊の一員であると騙った。
国に思い入れなどかけらもないが、暗部の存在をほのめかすことはひとまず避けておく。
後ろ暗い情報は、いつか何かの武器になるはずだ。
フィクスへの説明はあくまで戦闘部隊の一員として、魔性使いの才能を見出され、複数の魔性と契約を交わした……ということにした。
嘘の中にも真実を――、これは相手を欺く上での基本だ。
そんな経歴を持つ人物がなぜ一貴族の侍女となったのか。
レオナはこの話の流れで、メインディッシュとなる爆弾を投げ込んだ。
国と教会が民からの支持を維持するためだけに行なわれている、「悪役令嬢断罪計画」によって選ばれた生贄が定期的に犠牲になってきたという、最大の爆弾を……。
「悪役令嬢、断罪計画……。ずいぶんと大掛かりなくせに、なかなかにつまらん印象操作だな」
レオナの話が全て事実だと、フィクスが信じてくれるとは思っていない。
それでもレオナが明かす虚構の中に真実が紛れ込んでいることを、まるでフィクスはわかっているかのような反応を見せていた。
暗部の存在を伏せた内容にレオナが触れると、まるで子供のいたずらを静観する親のような表情で薄く笑っているフィクスの顔に、レオナは内心苛ついていたほどだ。
それでも何も気付いていない風を装い、レオナは話し続けた。
本題である「悪役令嬢断罪計画」に関しては、ありったけの憎しみと嫌悪を露にしながら語ると、意外にもフィクスは真剣な面差しで黙って聞き入っていた。
「アリエッタお嬢様には、ひどくつらい選択をさせていることは承知しているわ。でも……、王族や教会……、国を欺くには、計画が順調に進んでいるように見せかけるしかなかった」
こればかりは鉄面皮が地になっていたレオナでさえ、唇を嚙みしめるほどに悔しくてたまらない内容だった。
もし今すぐ時間を逆行してやり直すことができるなら、レオナはきっと王族や教会関係者全員を殺してでも、計画を阻止していたことだろう。
できる限り血の流れない解決方法を選んだのは、優しすぎるアリエッタのためを思ってのことだ。
大勢の死体の上で自分が生き延びているという枷をつけて、一生苦しみ続ける必要なんてない。
アリエッタには堂々と、自分は世界に肯定されているのだと。そうやって胸を張って生きてほしい。
「一通り聞いて合点のいく部分はあったが、……しかし妙なことだな」
「妙? 何かおかしな点でもあったかしら」
ある程度矛盾がないよう上手く包み隠せた自信のあったレオナが、ここに来て初めてフィクスの指摘に動揺する。もちろん、表情には一切出していないが。
フィクスはじっとレオナの目を見据え、何もかもを見透かしたような表情で問いかけた。
「その悪役令嬢に選ばれたお嬢様とやらを、君のような他人がなぜそこまでして救おうとする必要がある」
愚問だった。
拍子抜けしたレオナはその言葉を聞いた直後に思わず、あまりのバカらしさに吹き出しそうになる。包み隠さずに「なんだ、そんなことか」と笑い飛ばす仕草をしながら、それに対し正直に答えるレオナ。
「そんなこと、決まってるじゃない。アリエッタお嬢様が尊いからよ」
「尊いとは? まだ年端もいかぬ少女だろう。なぜ君にとってそこまで尊い存在になったのか、俺はそれを聞いている」
理由はもちろんたくさんあった。それこそ数え上げればキリがないほどに。
しかしそれを口にすることはなぜか躊躇われた。
アリエッタお嬢様の全てが、とにかく可愛い。
美しい亜麻色の髪も、まるでルビーのように鮮やかに輝く真っ赤な瞳も、象牙のような白い肌も、外見のパーツ全てが神が生み出した奇跡の産物、完璧な造形……!
そんなアリエッタを前にして、心が震えないわけがない。
アリエッタの御心に触れれば、その優しさは慈愛を象徴する天使のようだ。
純真無垢という言葉こそ、アリエッタのことを指して誕生したと言っても過言ではないほどに、身も心も清らかだ。
自身のことより他人をまず第一に考え、自己犠牲すら厭わない思考にレオナは危うさを感じつつも、それもアリエッタが本来持っている愛情の深さ故と捉えている。
外見も内面も、アリエッタ以上に完璧な少女はいないのだと断言できる。
しかしそれらを熟考した結果、レオナは言葉に詰まってしまった。
アリエッタの素晴らしさを挙げよと言われれば、先ほどの言葉を並べたらいいだけなのに……。
改めて「アリエッタの美点」を言語化して、レオナはふと気付いてしまった。
(あら……? 私、もしかして他人から見たら……ものすごく気持ち悪いのでは?)
正々堂々とアリエッタが尊い理由を挙げるつもりが、フィクスが相手となれば面白おかしくからかわれてしまうんじゃないか。
そんな未来が見えて尻込みしてしまった自分をレオナは恥じた。
それはつまり、自分のアリエッタに対する信仰心が揺らいだことに他ならないのだから……。




