14 完璧な侍女を目指して
身分格差が著しいこの国では、侍女や召使いといった役職は上級国民にとって絶好のストレス発散のはけ口になるものだと、そう思っていた。
七歳のレオナがまず配属された役職は、ただの下働きからだ。食器洗いや洗濯、掃除などが主な仕事で、過酷ではあったが身分ある者と接する機会は比較的少なかったので、精神的な負荷はそれほどない。
神官見習い時代、レオナは見違えるような成長を見せた。まず孤児院にいた頃にはあり得なかった、一日三度の食事。
それも栄養バランスが取れた理想的なメニューに、レオナは初めて食事をするということは生きる喜びのひとつであることを知る。
それまでの食事は一日二度で、下手をすればパンを奪われ食いっぱぐれる日も多々あった。生きる喜びどころか、生きる糧として死に物狂いで口に詰め込み飢えを凌ぐ。レオナの知っている食事とは、ただの生きる手段でしかなかった。
さらに魔力を高める訓練では、体内にある魔力の巡りを良くすることで健康につながるということを初めて知ったこと。魔力値向上は必須であったため、レオナは自分の身体が目で見てわかるほど健康的になっていくことに気付く。
肌にツヤや潤いがよみがえり、活発に動けるようになっていくことが面白くてたまらなかった。
そんな神官見習いとしての日々を過ごしてきたものだから、やせっぽちでみすぼらしかったレオナの外見が、今では一般的な家庭で育った少女と何も変わらないほどだ。
さらに異国イーステッドの血も加わると、実年齢よりもう少し大人びた雰囲気が漂うようになっていた。
この地域ではあまり見ることのない黒髪に、少し黄みを帯びた肌の色。冷たくて意地悪そうに見えるツリ目がレオナは好きではなかったのだが、意外にもそれが知的に見えるようで、どうやらこれに好感を持つ人間が一定数いることに自分自身が驚いているほどだ。
鼻や口は可不可なく、全体的にバランスが良いとされる外見に恵まれていたことを、レオナはここに来て初めて知った。
上からの申しつけ、ここではレオナの教育係ベリルのことであるが、レオナはどこぞの上流貴族とその使用人との間に生まれた不義の子という設定で、下働きとして奉公に出された。そういう経緯だと説明された。
親に捨てられた孤児院出身の娘なのだと正直に紹介すれば、同じ女中という立場の人間ですらレオナを見下し、不当に扱う可能性があるとベリルは懸念した。
ならば市民街出身の者であれば問題ないのでは、とレオナは当然疑問に思う。実際、城で働く人間の中には市民街出身の者が大多数だ。それがなぜいけないのかを問うと、ベリルは表情ひとつ変えることなく断言してきた。
「お前のような美貌を持った市民街の娘が、城で下働きなどするものか。それなら収入の高い職業にいくらでも就けるし、そこそこ身なりを整え貴族に見初められる道を選ぶだろう。……何よりお前ほどの娘が、たかだか下働きの女中なんぞに見下されて、この俺が喜ぶとでも思うのか」
どうやらか細く呟いた後者の方が彼の本音らしい。ベリルのこだわりはさておき、ようするに見くびられない程度の身分を提示して、つつがなく侍女となるための知識や技術を習得させたい、ということは理解できた。
それがなぜ貴族の庶子でなければいけなかったのか、それだけは未だに解せないレオナであったが、意外にもその立ち位置は下働きの女中たちにとって同情に値するものらしい。
「それで本妻とそのお嬢様に散々いじめられてきたの? ひどいわね……」
「どうして父親は何も言わないのよ、腹が立つわ!」
「で、追いやられてここの下働きに……。苦労したのね」
上流貴族の隠し子として生まれ、父親から生活費をもらいながら母親との生活を続けてきたが、ついに本妻にそのことがバレてしまう。やがて母親は心労もあり病死、レオナは父親の屋敷で一緒に住むことになったが、本妻とその娘に散々いじめられる日々を過ごす羽目に。
最終的に本妻の言い分が勝ち、レオナは城の下働きとして屋敷を出ることになった、というのがベリルが考案したレオナの生い立ちだそうだ。
(よくもまあ、こんなストーリーが思いつくものね。なんでこんなに詳細なのかしら)
しかしこの設定が功を奏し、レオナは不幸な生い立ちを持つ最年少の見習い女中として迎えられることとなった。ベリルの思惑通りにいくことがレオナには解せなかったが、仕事がやりやすくなるなら些細なことだと、そう自分に言い聞かせる。
女中としての仕事は、聞いていた通り雑務ばかりであった。さすがに食事の盛り付けなどは毒を混入させた暗殺を避けるため、厨房に入ることすら許されなかったが。
それ以外では城内の限られた区域の清掃、王城周囲の掃き掃除や洗濯など。王城の内外はとても広く、それらの清掃を当番制で行なっている。王城には王族が生活しており、城外には騎士団本部が併設されていた。
騎士団本部はまた勝手が違うので、城の女中が関わることは滅多にない。
レオナが侍女としての技術を習得するため、女中として働く期間は二年ほどと定められていた。その間に一般家庭では当たり前としている料理以外の、家事全般を習得。
女中部屋で仲良くなった女性もいる中、レオナは女中から中級使用人へとランクアップした。
これはレオナの特別な事情や設定がなくとも、優秀な者はすべからく昇進することができるので、そのスピード出世を誰も不審に思う者はいない。
中級使用人となると、仕事内容ががらりと変わる。ここでようやく料理人の補助をする役割が回って来るようになった。優秀な侍女は全ての技術を習得しなければいけない。
完璧主義のベリルはそう言って、短期間でそれらをレオナに習得させるつもりらしい。
お茶やお菓子の貯蔵、管理を専門とする茶淹女中としての仕事。これは自らお菓子を作るという、パティシエのような技術を兼ね備えた専門職だ。
レオナが教育係として就くことになる憐れな少女の心を掴むため、少しでも早く手懐けるための手段として習得必須となった。
レオナが日中の間、メイドとしての仕事を覚えることは実に膨大だった。
調理器具や食器類を洗ったり、厨房の掃除を行う皿洗い女中としての技術。
洗濯専門である洗濯女中としての技術。
給仕や来客の取次ぎ、接客を専門とする接客女中としての技術。
主に寝室や客室といった部屋の整備などを担当する屋敷整備女中としての技術。
そしてもちろん料理に関する技術。食材の下ごしらえや仕込みといった、コックの指示に従って雑務をこなす役割を持つ調理補助女中としての技術。
これらが悪役令嬢の教育係として必要な仕事内容。
つまり全ての役割を一人で行なう雑役婦となるのが、九歳になったばかりのレオナに与えられた使命だった。




