第24話 赤点滅ダンジョンへの出撃
午前八時すぎ。
凪人の部屋、窓から射す光が静かに差し込む。
スマートデバイスに、ひとつの通知が表示されている。
《銀鷹連本部より通達》
【本日 09:00/中央ブリーフィングルームに集合】
【任務調整・今後の出動体制について説明】
「……また動きがあるってことか」
ベッド脇にあったジャケットを羽織り、凪人は無言で部屋を出た。
*
──銀鷹連・本部ロビー。
いつもより少し慌ただしい雰囲気の中、凪人は受付フロアを横切ろうとして──ふと、見覚えのある人影に気づく。
「……春日?」
本部の奥へ向かおうとしていた彼が、凪人の声にピタリと足を止めた。
「……あ、凪人くん」
振り返った春日の表情は、明らかに沈んでいた。
その目には、どこか影が差している。
「なんかあったのか?」
「……いや、大丈夫。ただ、ギルドマスターに呼ばれてただけで……」
曖昧に笑ってみせる春日。その目を見て、凪人はため息まじりに言った。
「大丈夫な顔には見えないな」
春日は、数秒の沈黙ののち──ぽつりと口を開いた。
「……昨日の任務、やっぱり評価されなかったみたい。
敵を拘束したんだけど……“討伐してないから”って。
貢献度、ゼロ判定だった」
「……は?」
凪人は思わず声を漏らす。
「それで……ギルドマスターに言われたんだ。
“次も結果が出なければ、このギルドをやめてもらう”って──」
言葉の最後は、かすれそうだった。
凪人はしばらく黙っていたが、やがて静かに言葉を落とす。
「……お前が止めたから、他の奴らが倒せたんじゃないのか?
拘束がなきゃ、誰も戦えなかったはずだろ」
「うん、でも“倒してない”って時点で、貢献にならないんだってさ。
……このギルド、そういうルールだから」
春日の笑みは、どこか諦めに近かった。
(……理不尽すぎる)
凪人は、胸の奥で鈍い違和感を噛み締めながら──
それ以上、何も言えなかった。
そこへ、ホログラムスピーカーの案内が割り込む。
『登録者・綾瀬凪人。ブリーフィングルームに集合してください』
「……行ってあげて。凪人くんは、ちゃんと評価されてるんだから」
「……」
「……ごめんね。変な話、聞かせて」
春日はうつむき、小さく手を振ると、そのまま通路の奥へと消えていった。
その背中を見送りながら、凪人は静かに拳を握る。
(……評価されることが、全てじゃない)
(でも──このまま“潰される”のを、見てるだけじゃ──)
心の奥に、微かな熱が灯る。
その違和感は、やがて確信へと変わっていく。
──これは、単なる不満ではない。
何かが、“おかしい”のだ。
銀鷹連本部。重厚な扉を抜けた先の作戦室で、凪人は結城瞬と対面していた。
ホログラムには、都市外周のマップが浮かび、赤点滅のマーカーが点在している。
「呼び出してすまなかったな。少し、話をしたくてな」
結城が言い、椅子を勧める。凪人は無言で座り、手元のホロパネルに目を落とした。
しばし沈黙のあと──凪人が口を開く。
「……春日さんのことなんですけど」
結城の目が少しだけ細められる。
「“次で結果が出なければ、ギルドを去ってもらう”って──本当なんですか?」
「……ああ、言ったよ」
即答だった。
「ギルドは戦力で成り立ってる。人柄や努力じゃ、命は守れない」
冷静で、どこか無機質な声。
凪人は拳を握った。
「でも、昨日の任務。……
討伐できなかったって聞きました。実際にトドメを刺したのは別の人だけど、
“動きを封じたのは春日だ”って──現場の仲間が証言してるそうです」
凪人の声には、怒りではなく、静かな違和感がにじんでいた。
「それで“評価ゼロ”って……おかしいですよ」
言い終えたあとも、結城は黙っていた。
だが、やがて、少しだけ視線を外しながら言う。
「君の言葉は正しい。だが、“評価されるかどうか”とは別の話だ」
「……どういう意味ですか」
「春日は、貢献の証明が“他人の結果”に寄ってしまっている。
彼自身が“自力で数字を立てていない”限り、A.N.G.E.Lの観測ロジックでは“貢献値ゼロ”になる」
凪人は目を伏せる。
(まるで機械の評価だ……)
「でも」
──その瞬間、結城の声がやや和らぐ。
「それでも君が、彼を信じると言うなら。
今度の任務で、彼が“自分の力”で戦える場を作ってやれ。君にしかできないやり方でな」
「……はい」
返事は短く、だが確かな響きを持っていた。
結城が端末を操作し、ホログラムが切り替わる。
「次の任務地は“赤点滅ダンジョン”。都市外周部・第8領域にある未踏ルートだ」
ホログラムのマップが拡大し、赤い警告表示が点滅する。
「複数の異常個体が確認されているが、正確な数や型は不明。調査・報告を主目的としつつ、殲滅は現場判断で行え」
凪人が画面を見ながら問いかける。
「俺と春日、二人で?」
「──いいや。今回の任務は“共同任務”だ。
同行するのは、《鋼牙戦線》のリーダー──堂嶋鋼一。日本ランキング3位のギルドだ」
「……!」
思わず驚きが声に出た。
(堂嶋鋼一……。まさか、そんな大物と一緒に?)
「合流は鋼牙戦線のギルド拠点で行う。準備ができ次第、そちらへ向かってくれ」
立ち上がる凪人に、結城が静かに声をかけた。
「一つだけ、頼む」
「?」
「“春日奏汰の強さ”は、おそらく、本人すら気づいていない。
君がそれを見つけてやれ。彼を“残す価値がある人間”にしてやるのは、君だ」
……言葉の重みが、胸に響いた。
凪人は静かに頷き、背を向ける。
(──だったら、俺が証明してやる。
誰が何と言おうと、春日奏汰は──この世界で戦っていい人間だ)
鋼牙戦線ギルド本部。
黒鉄の外壁に囲まれた建物は、まるで軍の要塞だった。
都市の喧騒から切り離されたような静寂の中、二人の足音だけが重く響いていた。
「すご……本当に軍事施設みたいだな」
春日が息を呑みながらつぶやく。
凪人も無言で頷いた。重々しい空気が、自然と背筋を伸ばさせる。
自動ゲートがゆっくりと開き、整然とした施設の内部が姿を現す。
鋼で構築された空間では、冒険者たちが黙々と武器や装備の整備を進めていた。
──その中心に、ひときわ重厚な存在感を放つ男がいた。
「お前たちが、《銀鷹連》から来た隊か」
低く、よく通る声。
振り返った先に立っていたのは、まさに“壁”そのもの。
堂嶋鋼一。日本ランキング3位のギルド《鋼牙戦線》を率いる男。
全身を覆う黒鋼のコート。鍛え上げられた肉体は、まるで鋼そのものだった。
「……綾瀬凪人です。こちらは春日奏汰さん」
「は、はいっ……! よろしくお願いします!」
春日の緊張が走る中、堂嶋はゆっくりと彼らを見渡し、頷いた。
「無駄な挨拶はいい。お前たちの力量は、記録と推薦で把握している」
そう言って堂嶋は壁際のホロ端末に手をかざし、ダンジョン情報を表示させる。
「今回の“赤点滅”は、都市外周第八区域。
通常モンスターとは異なる“異常個体”の発生が連続し、未踏ルートの危険度が高い。探索と制圧を同時に行う」
ホログラムの中で、点滅する赤いエリア。
警告レベルは【高】──現時点での危険度の中では、最上位に近い。
「俺が前衛を務める。綾瀬は機動火力と迎撃、春日は拘束補助。
それぞれの持ち場を徹底しろ。命令には即応すること。……それが条件だ」
その声音には、感情を交えない“鋼の命令”が込められていた。
春日は少し顔を強張らせながらも、頷く。
「……了解です!」
「了解」
凪人も短く答え、堂嶋の眼をまっすぐに受け止めた。
一拍の沈黙。
そして凪人が、静かに口を開く。
「……ひとつ、言っておきたいことがあります」
堂嶋の視線が動く。
凪人は動じることなく続けた。
「春日さんは──俺が信頼している仲間です。
評価がどうとかじゃなくて、“本当に必要な人間”だと思ってます」
堂嶋は無表情のまま、凪人をじっと見つめていた。
その時間は、わずか数秒。しかし、鋼のように重く長く感じられた。
「……そうか。ならば見せてみろ」
その一言だけを残し、堂嶋は背を向けた。
「出発は10分後。ギルド車で現地に向かう。装備確認を済ませろ」
鋼の背中が遠ざかっていく。
春日がぽつりと呟く。
「なんか……怖いけど、ちゃんとした人だね。ああいう人が、上に立つって感じ」
「……だな」
凪人は手元の装備をチェックしながら、静かに答えた。
「たぶんあの人は、“結果がすべて”って考えなんだろうけど……
ちゃんと結果を出せば、絶対に認めてくれるタイプだと思う」
「……うん。俺も、やってみるよ」
春日はぎゅっと拳を握ると、小さく息を吐いた。
「……ついてこい。すぐ出るぞ」
堂嶋鋼一の低く響く声に、凪人と春日は無言でうなずいた。
案内されるまま、ギルド内部の無骨な鉄階段を下る。
その先に広がっていたのは、《第2出撃ヤード》──任務用車両と装備が整然と並ぶ、出撃拠点だった。
魔力安定装置を搭載した装甲バスが、黒い鋼の塊として待機している。
「今回の現場には、これで向かう。うちの任務用車両だ」
堂嶋の言葉と同時に、車両の前方に立つ三人の姿が見えた。
「紹介しておく。こいつが音無剛、副ギルドマスターだ」
がっしりとした体に重火器を背負った男が、軽く顎を引く。言葉はないが、ただの一目で力量が伝わってくる。
「隣が志村楓。近接担当。経験も豊富で、危機対応力は高い」
「よろしくねー。異常個体は初めてじゃないんでしょ? でも、今回は“赤点滅”だからね。気を抜かないで?」
軽い調子ながら、その目は冗談では済まされない鋭さを宿していた。
「あと一人。水野慎。支援とデータ分析担当。今回は後方支援を任せる」
「綾瀬さん、春日さん、よろしくお願いします。情報処理とログの管理は僕がやります。何かあればすぐに連絡を」
落ち着いた声の青年は、手元の端末を素早く操作しながら礼儀正しく言った。
堂嶋が一歩進み、バスのドアを開く。
「乗れ。ブリーフィングは移動中に済ませる」
凪人と春日は小さく頷いて、無言で車内へと乗り込んだ。
──《鋼牙戦線》のギルド車。
車内は黒と金属を基調とした、戦術に特化した設計。
座席の背後には端末と装備ラックが並び、まるで“動く戦闘室”のようだった。
「……う、うわ。ほんとに戦地に向かうって感じだ……」
春日がぽつりとつぶやくと、志村が後ろの座席からひょいと顔をのぞかせる。
「そりゃそうさ。赤点滅ってのは、普通じゃないからね。心構え、忘れずに」
バスが静かに発進する。
都市のビル群が遠ざかり、やがて灰色の荒野が車窓に広がっていった。
「今回の任務は、“赤点滅”の調査と制圧。詳細は不明。だが敵性反応、魔力波形、どれも通常とは異なっている」
堂嶋が車内に響く声で言いながら、全員を見渡す。
「正直に言えば──“何が出るか分からん”。だが、お前らなら対応できると判断した」
凪人は静かに手元の装備をチェックする。春日もまた、深呼吸しながら端末を確認していた。
『目的地、接近中。全員、出撃準備を開始してください』
無機質なシステム音が車内に響く。
車窓の先、黒く裂けたような地割れが見えてくる。
そこには赤い警告灯を放つドローンが周囲を囲んでいた。
「……本当に、呼吸してるみたいだな」
志村がぽつりとつぶやき、凪人も同意するように目を細める。
《Oris:外部魔力圧──断続的な波形上昇。未解析因子含有。警戒推奨》
凪人の視界に流れるOrisの内部通知が、その異常性を示していた。
「春日、ログの記録頼む」
「う、うん。今やってる!」
水野が補足するように声を上げた。
「魔力濃度、通常の1.4倍。波形が乱れてて……周期的に反転してる。構造変動の可能性もあり」
堂嶋がゆっくりとバスのドアに手をかけた。
「五分後に突入。……命を軽く考えるやつから、ここでは死ぬ。わかったな」
ドアが開いた瞬間、冷たい風が吹き込む。
空の色は鈍く、地面には赤いドローンの光が反射していた。
凪人たちは黙って立ち上がり、ひとつ、またひとつと歩を進める。
──その先にあるものが、何であれ。
彼らは、もう“戻れない場所”へと踏み出していた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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また25話でお会いしましょう!!




