第22話 日常、それでも進んでいく
─朝の校舎、Fクラス教室。
始業のチャイムが鳴り、ホログラム黒板が起動音を立てて浮かび上がる。
今日の時限表が、天井から投影されるようにクラス全体へと映し出された。
《1時限:理論現代文》
《2時限:異能実践・初級編》
《3時限:対術フィードバック演習》
《4時限:通常数学(応用型)》
「おーい、今日また演習あるってよ……!」
後方の席で、ゆうまが背もたれに寄りかかって呻く。
「てか《フィードバック演習》って昨日もやんなかったっけ?」
「昨日は《単独型》、今日は《ペア戦術》らしいぞ」
真壁カズキが端末をスクロールしながらボヤいた。
「まじか〜。先生ら、やたらFクラス強化しようとしてない?」
凪人は、窓際の席に座りながら、何気ないその会話を聞いていた。
視界の端では、玲奈が自分のデバイスにノートを転送している。無言だけど、気遣うように何度かこちらを見てきた。
(……授業、こうしてちゃんと受けるの、いつ以来だ?)
ぼんやりと天井の光を見上げながら思う。
かつて──このクラスには、もっとたくさんの声があった。
でも今は、玲奈、カズキ、ゆうま、そして俺。たった4人になった。
(……あの頃から、ずっとバタバタしてたからな)
「は〜い、じゃあ出席とりまーす……」
気だるげな声が教室に響く。
担任は背筋を伸ばさず、ホログラム名簿を見ながら淡々と名前を読み上げていく。
途中でふと、凪人のほうを見て首をかしげた。
「……ん、お前……凪人? 来てんの、ひっさびさじゃん。生きてた?」
「……まあ、一応」
凪人が静かに返すと、教室のあちこちでくすくすと笑いが漏れた。
担任は小さくあくびしながら、ぼそっと続ける。
「ま、来るだけエライよ。ギルド活動してんでしょ?
あんまり無理すんなよ。出席、しとくから」
凪人は軽く頷く。
「……ありがとうございます」
その様子を、玲奈がちらっと見ていた。
──休み時間。
教室の一角では、AR投影型のホログラムカードゲームが展開され、
ゆうまがやたらと派手な演出を起動していた。
「へへっ、見てろよ! 伝説の炎帝召喚──ッ!
この瞬間、俺のフィールド効果が2倍になる!」
「うわ、またそれ!? 昨日も使ってたろ!」
カズキがツッコミを入れながら、カードの位置をずらして反撃準備に入る。
その後ろでは、玲奈がそっと観戦しながら笑っていた。
「凪人くんも……あとで一戦、やってみない?」
玲奈が少し照れたように声をかける。
凪人は、彼女の笑みにほんの少しだけ遅れて笑い返す。
「……見てるだけで十分、楽しいよ」
「そっか……ふふっ」
玲奈の頬が、ほんのり赤くなった。
誰かが笑って、誰かが悔しがって、
誰かが横にいて、当たり前に話しかけてくれる。
“戦いのない世界”は、こうも静かで、暖かいのか──
凪人は、ふとそんなことを思っていた。
─昼休み。校舎裏のホログラムシェード下。
日差しを柔らかく遮る投影フィルターの下で、4人は揃って昼食を広げていた。
「……あー、この冷やし焼きそば、やっぱうまいな」
ゆうまが豪快に箸を進める。
「どこが“やっぱ”なんだよ。初めて食ってんだろ」
カズキが即ツッコミを入れ、ゆうまが口を尖らせる。
「舌が覚えてるってやつなんだよ!ほら、インスピレーション?」
「昨日は“温玉タコライスが至高”って言ってたくせによく言うぜ……」
「記憶を上書きする勇気、大事」
玲奈が思わず笑いをこぼす。
凪人はその様子を眺めながら、手に持った箸を止めた。
「……なんか、こうしてみんなと昼一緒に食べるの……久しぶりっていうか、初めてな気がする」
その言葉に、三人の手が一瞬止まる。
カズキが、はっとしたように笑った。
「そういや凪人って、マジで教室でメシ食ってるとこ見たことなかったかも」
「たしかに。ずっと忙しそうだったもんなー」
ゆうまも笑いながら頷く。
「ギルドとか任務とか、動きっぱなしって感じだったし」
玲奈はお弁当を見つめたまま、小さく呟いた。
「……だから、こうして一緒にいられるの、うれしい」
その声が妙に真っ直ぐで、凪人は少しだけ驚いたように顔を上げる。
「……俺も、悪くないって思ってる」
玲奈の目が一瞬だけ見開かれ、すぐに視線を逸らした。
──午後の授業《異能フィードバック演習》。
戦術連携・分析型の実践科目。
仮想空間に転送された4人は、訓練用スーツに身を包み、演習デバイスを装着していた。
「はいはーい、今日は2対2のペア連携訓練な!
スキル制限あり、連携重視で得点加算されるぞー!適当やるとポイント落ちるからな!」
教官のマイク越しの声が、空間全体に響く。
「チーム分けは──玲奈&カズキ、凪人&ゆうまで!」
「おー!俺、凪人とタッグ!やったー!」
「……頼む」
ゆうまのテンションにやや押され気味の凪人だが、表情はほんのり和らいでいた。
AIドローンの複数体が出現し、戦闘演習が開始される。
玲奈の《ヒール・リンク》がカズキを常にサポートし、
カズキの《リフレクション・シフト》が敵の攻撃を斜め方向に逸らす。
一方、ゆうまの《ライトスレッド》が凪人の立ち位置を後方から制御し、
凪人が一瞬で敵の死角へと回り込む。
「今だ、右!」
「了解──」
その声に呼応するように、凪人が一閃。演習用の打撃がAIのコア部を正確に打ち抜いた。
仮想空間に“Perfect Link”のエフェクトが走る。
──数分後。
訓練が終了し、四人は元の教室へと戻る。
「っは〜〜!マジ疲れた〜〜!!」
ゆうまが背もたれに倒れ込む。
「でも得点、わりと高かったよ?」
玲奈が端末を覗きながらにこっと微笑んだ。
「だよなー!俺たち、戦術的にはAランクだってよ、見たか凪人!」
「……ああ、連携は悪くなかった」
凪人は少し息を整えながらも、どこか満足げな表情を浮かべていた。
そんな彼を見て、カズキがポンと背中を叩く。
「いい感じじゃねぇか、俺ら」
「ああ。……このまま、誰も欠けなけりゃな」
その言葉に、ふと一瞬だけ、空気が止まりかけた。
──けれど次の瞬間には、玲奈が小さく言った。
「……うん。みんなで、ちゃんと前に進もう」
その声に、他の3人が頷く。
Fクラス──たった4人になったこの小さなチームが、
確かに“絆”という言葉の輪郭を、少しずつ形にしようとしていた。
──放課後。昇降口前の広場。
Fクラスの4人は、それぞれバッグを肩にかけながら、ゆっくりと校門の方へ向かっていた。
「なあなあ、せっかくだしさ、どっか寄ってかね?」
先頭を歩いていたゆうまが、振り返りながら提案する。
「いいな、それ。オレ昨日のガチャで爆死したから、今日は運気変えたいんだよね」
カズキもすぐに乗ってくる。
「ゲーセンとか? それとも、あのフードユニットストリート行く?」
「おお、あそこ!ホログラフ系のスイーツ屋、昨日テレビ出てたやつじゃん!」
「私……ちょっとなら、寄り道しても平気だと思う」
玲奈がほんの少し微笑んだ。
凪人は小さく息をつきながら言う。
「まあ……別に、いいけど」
「よっしゃー!珍しく凪人がノッてきた!」
「“珍しく”ってなんだよ」
「“いつも乗らないくせに”って意味だよぉ~!」
そんなふうにわちゃわちゃと盛り上がる4人。
──そのとき。
「──あれ、凪人くん?」
廊下の奥から、すらりと歩いてくる少女の姿。
制服の着こなしは完璧、落ち着いた金髪に、柔らかくも芯のある声。
神谷明璃。その現れに、空気が一瞬で変わった。
「あ……神谷さん」
凪人が立ち止まると、明璃はにっこりと笑った。
「学校、ちゃんと来てたんだ。なんだかんだ、心配してたんだよ?」
「……まあ、たまたま。今日はな」
「ふふっ、そっか……じゃあ──一緒に帰らない?」
ごく自然に、さらりと告げられたその言葉。
「……っ!」
玲奈の肩がぴくりと揺れる。
凪人が返事をしようとした、そのとき──
「……あのっ! 今日は、わたしたちと予定があるんです!」
玲奈が一歩前に出て、思わず強い口調になっていた。
その瞳には、焦りと……ほんの少し、嫉妬の色がにじんでいる。
「玲奈……」
凪人が目を丸くし、明璃も少しだけ驚いたように目を見開いた。
けれどすぐに──その顔が、ふっとやわらぐ。
「そっかそっか、ごめんね〜邪魔しちゃったみたいで。……楽しんでね!」
明るく言って、明璃は小さく手を振る。
「じゃ、またギルドでね、凪人くん」
その言葉を残して、彼女は踵を返し、背を向けた。
玲奈はその背中を見つめたまま、そっと胸に手を当てる。
(……やっぱり、特別なんだ)
その気持ちを打ち消すように、凪人がぼそりと口を開いた。
「悪かったな。……別に、お前が嫌だったわけじゃない」
玲奈はすぐに首を振った。
「ううん、そうじゃなくて……なんていうか、自然に言えちゃった。私が一緒にいたかっただけ、だから」
「……そっか」
ほんのわずかな沈黙が流れ──
でもそれは、不思議と居心地の悪いものじゃなかった。
「……はいはい、恋の匂いってやつ〜?青春してんじゃ〜ん!」
「ぶっ飛ばすぞゆうま」
「ぐふぅっ!?何その即ツッコミ、反射かよ!」
わちゃわちゃとした空気の中で、凪人と玲奈はふと、視線を交わして笑い合った。
今日という一日が、少しだけ──色を持って記憶に刻まれていく。




