第13話 牙と弾丸
リングの中心に立つ黒瀬豪司。その長身がわずかに揺れるたび、床が軋む。
巨大な腕を振るうたびに、空気が震えた。
(くそ……まるで山だ)
凪人は肩で息をしながら、ゼログリムを構え直す。
そのとき──黒瀬の唇が歪んだ。
「なあ、“綾瀬”くんよ。いつまで耐えてるつもりだ?」
わざとらしいため息と共に、地を踏みしめる。
「夢見させてやったんだから、そろそろ寝ろや」
(舐めやがって……)
凪人は地を蹴った。
距離を詰めながら、銃口を構える。
「ライン・ブレイク!」
発射。
圧縮エネルギーが一直線に放たれ、光の奔流が黒瀬の胸元を狙う。
──が。
「おっせぇ」
黒瀬が一歩、横へ滑るように動く。
《ライン・ブレイク》は空を裂いただけで、背後の壁へと突き刺さった。
「ははっ、マジかよ。今の“渾身の一発”ってやつ?」
次の瞬間、黒瀬が地を蹴る。
その巨体からは想像できないほどの速さで、凪人との距離を一瞬で詰めてくる。
「──っ!」
凪人は銃を盾代わりに構えたが、黒瀬の拳がそれを打ち砕く勢いでぶつかる。
「ッが……!」
凪人の身体が弾かれ、背中からリングの床に叩きつけられる。
観戦席の上段──結城瞬と神谷明璃がその様子を静かに見つめていた。
「……今のところ、彼の戦いは防戦一方ね」
明璃の声が、ほんのわずかに揺れる。
結城は腕を組み、険しい表情のまま答えた。
「あの黒瀬は……過去にも、試験相手を“半殺し”にしたことがある。問題児だが、実力は折り紙付きだ」
リングでは、黒瀬がふたたび凪人に迫っていた。
「そろそろトドメ、いっとくか。なぁ、綾瀬?」
凪人は、地を這うように起き上がる。
(反撃しなきゃ──このままじゃ、やられる)
ゼログリムを握りしめ、目を細めた。
「……次は……外さない」
そのつぶやきは、小さくても確かな意志だった。
「へぇ……まだやんのかよ、“綾瀬”くん」
黒瀬の口元がニタリと歪む。
その声には、余裕と――狩る者の嗜虐が混じっていた。
(くそ……まだ、動ける)
凪人は肩で息をしながら、ゼログリムを構えた。
《ライン・ブレイク》の残弾エネルギーはまだある。けれど、あの速さに、正面から撃ち抜くのは無謀だ。
「どうした? さっきの“気合い”はもう尽きたのかよ」
黒瀬が踏み込む。
その一歩で、リングの床にヒビが走る。
凪人は反射的に跳ぶように横へ転がった。
直後、黒瀬の拳が振り抜かれ、空気が砕けるような音が響く。
「ぐっ……!」
回避した凪人の頬に、一筋の血が流れた。
掠っただけでこの威力――一撃もらえば、終わる。
(まずい……パターンが読めない)
《ゼログリム》を構え直すも、黒瀬の動きはすでに次の攻撃に移っていた。
「よォ、“綾瀬”くん。プロになる前に、病院送りになったら……シャレにならねぇよなァ!!」
黒瀬の拳が、今度は真上から振り下ろされる。
凪人はギリギリで腕をクロスさせてガードした。
──ドガッ!!!
そのまま地面に叩きつけられ、凪人の背中に激痛が走る。
「がっ……ああっ!」
視界がブレる。
呼吸ができない。痛覚が体中で悲鳴を上げる。
(──もう……立てない……)
膝が震える。
ゼログリムを持つ右手が、重たく感じる。
(……俺は……)
意識が、闇に沈みかける。
(──そのとき、脳裏に浮かんだのは、血に染まったダンジョンの床。)
崩れ落ちたF組のみんな。
届かなかった叫び。
恐怖に凍りついた視線。
──そして……写真の中で微笑む、莉子の姿。
(……俺は……守れなかった)
(守れたはずだったのに……!)
拳が震える。
「……俺は……もう……あんな思いは、したくないんだ……!」
震えながらも、凪人は立ち上がった。
朦朧とする視界の中、歯を食いしばりながら叫ぶ。
「──俺は、お前に勝って……プロの冒険者になって……!」
「この世界の英雄に、なるんだ……!!」
──その言葉が、闘技場全体に響いた。
一瞬、空気が止まる。
だが次の瞬間。
「──ははっ……はははははっ!!」
黒瀬が、腹を抱えて笑い出した。
「はははっ! おいおいおい、“英雄”だぁ? お前、マジで言ってんのか!? ギャハハッ!!」
狂ったように爆笑しながら、黒瀬が顔を歪める。
「面白すぎるだろ、お前! ──本気で、殺してやるよ。“夢見がちなガキ”ごと、なァ!!」
黒瀬の身体が再び動き出す。
殺意を纏ったその拳が、凪人に向かって振りかぶられる──!
「──砕いてやるよ」
黒瀬が腕を振り上げた瞬間、凪人の全身がざわめいた。
その拳に、赤黒い衝撃波が纏う。
(あれは──!)
オリスの声が脳内に響く。
『敵異能:発動兆候確認。《砕神の腕》、対象物理構造に破壊因子を注入──直撃すれば、防具ごと骨を砕かれます』
拳が、唸る。
「終わりだ、“綾瀬”ェェェ!!」
「ッ──《ゼロパス》!!」
凪人の姿が、視界から掻き消える。
──直後。
ゴッ!という轟音とともに、黒瀬の拳がリングを砕いた。
床材が波打つように弾け飛び、砕け散った破片が観客席にまで飛ぶ。
「あいつ、今……」
「あれ、瞬間移動か!?」
観客席にざわめきが走る。
黒瀬の視線が左右を走る──
「上だ」
その声と同時に、凪人が黒瀬の背後から急降下。
《ライン・ブレイク》を正確に撃ち込む。
──ドンッ!
肩を撃ち抜かれ、黒瀬の身体がわずかに揺らいだ。
「……クソがッ!!」
再び振り向いて拳を振る黒瀬。
だが、凪人の姿はまた消えていた。
──ゼロパス。
再出現した凪人が、横合いから撃ち込む。
一発、二発。腹部、脇腹──黒瀬が呻くような声を漏らした。
(……効いてる!)
観客席で、あかりがわずかに目を見開いた。
「……この間に、ゼロパスの精度が……上がってる……!」
結城瞬は、腕を組んだまま小さく頷く。
「面白い。さっきまで防戦一方だったのに……ようやく、自分の間合いを掴んできたか」
一方、黒瀬はわずかに息を荒げながら、拳を握りしめる。
「……あァ、そうかよ。“逃げ回ってチクチク刺す”って戦法か。
──だったらそれを超える速さで、叩き潰すだけだッ!」
唇を吊り上げ、黒瀬が走る。
それを迎え撃つように、凪人がゼログリムを構える。
(──こっからが勝負だ)




