第9話:バケモノ女と死神の娘
「んー……」
閉じた目に、薄っすらと光が透き通る。重いまぶたを開くと、見覚えのない天井が見える。
「ふぁあ……そうだ、砦で寝たんだっけ」
目をこすり、上体を起こす。辺りを見回すと、壁に寄りかかって寝ているランの姿が目に入った。
「……ミラル?」
ミラルの姿が見えない。昨晩、ミラルとランはしばらく見張りをすると言ったため、俺は先に砦の中にある部屋で休ませてもらったのだ。
「まだ見張りしてるのかなぁ」
立ち上がり、ランを起こさないよう静かに外へと出る。砦の内部は埃っぽく、少し歩くだけでも砂埃が舞って目や鼻に突き刺さる。
昨晩戦いがあった広場までたどり着く。ミラルが開けた大穴から差し込む光が舞い散る砂埃を照らし、幻想的な光景が広がっていた。が、同時に夜には目立たなかったドス黒い血の跡が、朝日によってくっきりと見えるようになっている。
「うへぇ……こう見ると、昨晩は凄惨だったんだなぁ」
最初の頃に比べたら慣れてきたが、やはり直視するのはきつい。死体は昨晩のうちにミラルとランが砦の外に放り投げたため、ここには一つも残っていない。それが救いだった。
血痕から目を背けるように、ミラルが開けた大穴の方へと目をやると、穴の淵に寄りかかって座っているミラルがいた。穴の外側を見張っているようだ。
「おはよう、ミラル」
「あら、おはようショウタ。早起きね」
ミラルはこちらを振り向いて笑うと、立ち上がり伸びをした。
「うん、なんか目覚めちゃった。ランはまだ寝てるよ」
「そっか。あの娘はよく眠るから、出発は少し遅れるかな」
ミラルはそう言うと、近くに立てかけてあったつるはしを拾い上げ、肩に担ぐ。
「無理やり起こすのも悪いし、私達は先にご飯済ませちゃおっか」
「うん。ミラルは、寝なくていいの?」
「……私は平気よ、ランと交代で少し寝たしね」
笑顔を見せると、ミラルは俺の肩を叩きつつ、ランが寝ている部屋の方へと歩いていった。
「ミラルは元気だなぁ。そういえば、最初に会ったときも夜通し見張っててくれたんだっけ」
ミラルの体力に感心しつつ、俺もその後を追うのであった。
※※※
「はい、こいつが今回のリーダー格のやつよ」
砦からギルドに戻った俺達は、早速ミリーさんに成果を報告していた。
ミラルが一つの袋を、カウンターの上に置く。その中には、昨晩ランが斬り落とした、賊のリーダー格の首が入っている。
「……確認したわ。ここ最近、周辺の村を襲ってた奴ね」
袋の中を確認したミリーさんは、一枚の書類を取り出すと、何やら書き始める。
「報告は以上でいいわ、ご苦労さま。報酬はそれぞれ、口座の方に振り込んでおくわね」
「ありがとう、ミリーさん。追加の仕事はある?」
「いえ、今のところはないわ。今日のところは帰っていいわよ、血も洗い流したいでしょうし」
ミリーさんは書類から目を離さずに言った。これが、賞金稼ぎの仕事の一連の流れなのだろう。
「ありがとう。では、私はこれで失礼する。ミラル、ショウタ、またな」
ランはそう言うと、ギルドの出口へと向かっていった。昨晩あれほど攻撃を受けていたというのにピンピンしているあたり、やはり只者ではない。
「私達も帰ろうか。それじゃミリーさん、また明日来るわね」
「ああ、申し訳ない。ミラルは帰ってもいいが、ショウタは残りなさい」
「え、俺?」
一体なんだろうか。居残りさせられるようなことはしていないはずだが。まさか、むしろ砦で何もできなかったことに対するお叱りがあるのだろうか。
「そう不安がらなくても良い。ギルド長が、個人的に話があると言っていたのだ」
「ダグラスさんが?」
「ええ。速やかに、ギルド長室に向かうように」
ミリーさんは、相変わらず書類から目を離さずに言った。
「あんたに用事って何かしらね。私、ここで待ってるからさっさと行ってきなさい」
ミラルはそう言うと、カウンターの側にある椅子の方へと足を向けた。
「うん、わかったよ。しかし、なんだろうなぁ……」
俺は不安を胸に、ギルド長室がある上階へと向かうのであった。
※※※
「だっはっは!!そうか、何もできなかったか!!」
ダグラスさんの用件は、単に俺の口から報告を聞きたいだけであった。
俺から砦での出来事を聞き、ダグラスさんはギルド中に響くような大きな笑い声を上げた。
「そ、そんな笑わないでくださいよ。少し落ち込んだんですからね」
少しは活躍できるかも、と思っていたが、全くそんなことはなく、ただミラルとランの戦う姿を見守るだけになってしまった。それが僅かばかりの悔しさを残したのだ。
「おっと、すまんすまん!で、どうだった?あいつらの戦う姿を見て」
「どうって、そうですね、率直に言うと……」
正直に思ったことを言うべきか迷ったが、ここは素直に言うことにする。
「……戦いというよりも、虐殺に見えました」
賊側は抵抗していたものの、全くと言っていいほど効果なく、次々と殺されていった。あれはもはや、戦いとは呼べるものではなかった。ミラル自身、賞金首を『狩る』と表現していた辺り、そういうことなのだろう。
「なるほど、確かにそうだ。あいつらには敵に対する慈悲の心というものがない」
ダグラスさんは立ち上がると、後方にある窓の外を眺め始めた。
「だからこその強さでもあるのだがな。ミラルと、それにランは、うちの稼ぎ頭だ」
ダグラスさんの背中には、何か哀愁のようなものを感じる。
「だがなショウタ、もしお前が戦場に身を置くことになりたいなら、これだけは言っておく」
ダグラスさんが振り返る。その表情は、険しいものであった。
「あいつらのようにはなるな」
鋭い視線が突き刺さる。
「……はい……」
重圧に押しつぶされ、思わず返事をしてしまった。
「よし、俺からの話は以上だ。帰ってもいいぞ」
ダグラスさんは椅子に座り直すと、タバコを咥え火を着けた。
「はい……あ、ダグラスさん、一つ聞いてもいいですか?」
気になっていることがある。俺を今回の仕事に同行させた理由になった、俺の力についてだ。
「なんだ?」
「俺にある秘められたもの、ってなんですか?」
ダグラスさんは大きな煙を吐き出すと、ニカッと笑顔を浮かべる。
「わからん」
「え、えぇ……?」
思わずずっこけそうになった。俺の特殊能力を見抜いたから、同行させたわけではなかったのか。
「お前さんが何かしらの力を秘めているのは、なんとなくだがかわかる。だが、詳しくその力を理解しているわけではない」
「そ、そうだったんですか。てっきり、わかっていたから同行させたのかなって」
「すまんすまん、ああ言ったら、お前さんはノッて来やすいと思ってな」
すごい、そこは見抜かれている。確かに話を聞いたとき、俺のテンションはマックスだった。
「そうですか……なんなんだろうな、俺の能力って」
ガックリと、うなだれてしまう。残された希望は、セリナに会って魔法について知ることくらいしか無い。
「そう落ち込むもんでもない。なぁに、来たるべき時が来たら、ちゃんとわかるもんさ。焦るもんではない」
「来たるべき時?」
ダグラスさんは再び大きな煙を吐き出す。
「ああ。それがいつかは知らんが、どんな能力もそういうもんさ」
ダグラスさんの表情は、青空のように清々しいものであった。
***
「あら、おかえり。思ったよりも遅かったわね」
ロビーに降りると、ミラルは椅子に座ったまま、何やら書類の束のようなものを読んでいた。
「ただいま。なんか、俺の口から状況を聞きたかったみたい」
「なにそれ?ダグラスさん、たまにわけのわからないことするのよねぇ」
ミラルはやれやれといった顔をすると、書類の束を側にあった棚に置き、椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、帰りましょっか。食材減り始めてきてるだろうし、ついでに市場も寄っていこう」
立ち上がったミラルを、なんとなしに見てしまう。ダグラスさんの言葉が、頭の中で再生される。
(『あいつらのようにはなるな』、か……)
「……何よ、ジロジロこっち見て」
「え?い、いや、何でも無いよ!それじゃ、行こっか!」
見ていたことをミラルに速攻でバレ、慌てて出口の方へと顔を向けてしまった。
「ふぅん、そう?」
ミラルの怪しむ視線が、背中からでもわかるほど突き刺さる。そんな視線から逃げるように、ギルドの外へと飛び出した。
「キャッ!」
「うわっ!ご、ごめんなさい!」
飛び出した勢いで、外にいた人にぶつかってしまった。ぶつかった人は、俺の勢いに押され倒れてしまった。
「いったぁ……ちょっとあなた!気をつけなさいよね!」
「ごめんなさい!俺、慌てちゃってて……」
「大丈夫?セリナ。だめじゃないの、建物入る時は落ち着かないと」
倒れた人の後方から、別の人が覗き込んできた。
「え?セリナ?」
「ちょっとショウタ!そんなに慌てたら危ないでしょって、アヤメじゃないの。それにセリナも」
追いかけてギルドから出てきたミラルが、驚いたように言った。まさか、俺が突き飛ばしてしまったこの人が。
「あら、ミラルじゃないの。久しぶりね」
「ちょっとミラル!こいつミラルの知り合いなの!?落ち着いて行動するよう言ってやってよ!」
「あちゃー、事故り済みだったか……ごめんね、セリナ」
体当たりしてしまった人が、俺が今会いたい人ナンバーワン、セリナだった。