最終話:憧れた異世界ライフ
「だから、距離的に火力出すのはまずいと思ったから、少し火力絞ったんだってば!」
「はいはい。反論は爆破魔法以外もちゃんと扱えるようになってから聞いてあげるから」
セリナの言い訳を聞きつつ、俺たちは山を登っていた。
当初、シェードの町で休憩を挟む予定であったが、あの惨状である。目的地へ向かうことを優先し、足を進めるのであった。
「ショウタ、大丈夫?」
「うん、平気だよ」
毎日の家事と最後の特訓に鍛えられたのか、この世界に来た当初よりも体力がついていた。これなら、休憩は一度だけで目的の場所まで行けるだろう。
「あんなドラゴンを倒せるミラルに鍛えられたんだもん、なんともないよ」
「あら、あんたも言うようになったじゃないの」
ミラルは嬉しそうに笑うと、先頭を歩き出す。
「さあ、もうちょっと行ったら小さな川があるわ」
「俺とミラルが、出会った次の日に休んだところだね」
「そこで野宿をしたら、ショウタを拾った場所まで一気に行きましょう」
ミラルに続いて、俺たちは歩いていく。
ああ、ついに終わってしまうのだな。そう考えると、少しだけ足が重くなるのであった。
※※※
俺たちは川のそばで火をおこし、そこで野宿をしていた。辺りはすっかり暗くなり、ふくろうのような鳥の鳴き声と川のせせらぎ、そして焚き火の音が聞こえている。
「ん……」
明日も朝は早い、寝なければいけない。だが、様々な感情が渦巻いて眠れない。
上体を起こし辺りを見ると、少し離れた場所でセリナがスヤスヤと眠っている。アヤメさんの姿は見えない、どこかに行っているのだろうか。
「ショウタ、眠れないの?」
直ぐ側に座っているミラルが話しかけてきた。ミラルはいつもの通り、眠らずに見張りをしている。
「うん、なんかいろいろと考えちゃって」
「そっか。まあ、仕方ないわよね」
ミラルが枝を焚き火へと放り投げた。
「あんたが来てから、色々あったわよね」
「そうだね。いきなり熊に襲われて、それを助けてくれて……」
「賊にも襲われたわよね。まあ、あれはただの雑魚だったけど」
「こっち来て最初の頃は、気絶してばっかりだったなぁ。色々と慣れてなくて」
この世界に来てからの記憶が、一斉に蘇ってくる。たった数ヶ月の期間だったが、とても濃く、長くも感じる時間であった。
「ねえミラル、俺……」
「待った。さよならの挨拶は、本当の別れの時まで取っておきなさい」
ミラルはしいっと、人差し指を口の前で立てた。
「明日も早いんだし、無理にでも寝ておきなさいね」
「う、うん。おやすみ」
再び横になり、目をつむる。そうだ、本当の別れのときが来るのだ。ちゃんと決心したはずなのに、揺らぎ始めている。
閉じるまぶたの力が、ぎゅっと強くなった。
※※※
「あれ?この場所……」
歩き続けてきた足が、つい止まる。辺りの景色に、なんとなく見覚えがあったからだ。
「ああ、確かこの辺りよ、熊を仕留めてあんたを拾ったの」
「おお!ついにたどり着いたのね!」
セリナが興奮しながら辺りを見回している。
「古代文明の記録にあったシェイドの穴があるとしたら、おそらくこの辺りね」
「よーし、見つけだして捕まえてやるわよ!」
「その必要はありません」
突如、知らない声に話しかけられた。振り返ると、全身黒尽くめで、深くフードを被った人物が立っていた。
「誰!?」
「何者?私に気付かれずに近づくだなんて、相当な人間だと思うんだけど」
俺以外の全員が、警戒態勢に入る。しかし、フードの人物は動じていない。
「私は、あなた達が探しているシェイドという存在です」
「シェイド?シェイドっていうのは七色に光っているんでしょ?あんたは全然……」
「あなた達と話しやすいよう、姿をこの世界の生物のように変えています」
フードの人物の表情が見えず、どことなく不気味さを感じる。
「……シェイドのことを今知っているのは、私達以外にはいない。その単語を使って話しかけてくるということは、少なくともそれ関係の者であるわね」
アヤメさんが静かに、だが武器は納めずに言った。たしかにその通りだ。俺たち以外には、シェイドの話を知っているのはディオゲネス皇帝くらいだ。
「その通りです。そちらの皆月翔太の動きは、ずっとこちらで確認していました。だから、迎えに来ました」
「え、迎え?」
「ええ。私達の扉の詳しい場所を、この世界の住人に知られるわけにはいきませんから」
扉とは、おそらく俺たちが探しているシェイドの穴のことであろう。
「なるほど、悪用されるのを避けたいってわけね」
「そういうことです。さあ、皆月翔太。こちらへ来てください」
フードの人物が、手を差し伸ばしてくる。
「……どうやら、お別れの時みたいね」
ミラルとアヤメさんが武器を下ろした。どうやら、信用したようだ。だが、セリナは短剣を向けたまま動かない。
「ええ!?せっかくシェイドも穴も研究しようと思ったのに!」
「武器を下ろしなさい、セリナ。ショウタが帰れなくなっちゃうでしょ?」
「でも……わかったよ、ミラル」
セリナがようやく武器を下ろした。
「さあ、ショウタ。本当のお別れよ」
ミラルが寂しそうな顔をした。
「そうだね……みんな……」
「全く、あなたには少し振り回されたわ。初めから正体を話してくれていたら、ああなっていなかっただろうに」
「はは……色々とご迷惑をおかけしました、アヤメさん」
思えば、ミラルが発端とはいえ、アヤメさんに嘘をついたのは失敗だったのかもしれない。
「まあいいわ、あなたという珍しいものを見れたもの。せいぜい元気に過ごすことね、皆月翔太」
「はい!アヤメさんも、お元気で!」
アヤメさんの態度はかなり素っ気ないが、それがアヤメさんだ。変に気を遣ってくれなくて、むしろありがたい。
「くっそぉ……私の研究計画が……」
「えっと、さようなら、セリナ」
セリナは悔しそうに俯いている。
「さよならは少しだけよ、ショウタ!すぐにでも異世界転移の研究進めて、あんたの世界に会いに行ってやるんだから!」
「はは、待ってるよ、セリナ」
セリナも相変わらずだ。
そして、最後にミラルの方へと顔を向ける。
「……ミラル、今までありがとう。家に置いてくれたり、熊や賊から守ってくれたり……」
「良いってことよ!それが私の役目だからね!」
ミラルは胸を張った。だが、表情は相変わらず寂しそうなものだった。
「忘れないでよ?ミラル・ウェイバーっていう、バケモノ女と一緒にいたってこと!」
「うん!絶対に忘れないよ!」
ニッと、ミラルに笑いかけてあげた。すると、ミラルもニッコリと、満面の笑みで返してくれた。
「それと……これ、昨晩書いたの。帰ったら、読んでみてね」
そう言うと、ミラルは一枚の折りたたまれた紙を渡してきた。手紙だろうか。
「うん。それじゃあ、もう行くね。さよなら、ミラル」
「さよなら、ショウタ。会えるなら、またね」
ミラルと強く握手を交わし、フードの人物の元へと向かう。
「別れは済みましたか?では、私の手を握り、目を瞑ってください」
「はい……」
差し出された手を握り、最後にミラルたちの方へと振り返る。皆の顔を見渡し、しっかりと頭に焼き付けると、強くまぶたを瞑った。
「では、行きます。3、2、1」
「ショウタ!」
ミラルの呼びかける声を最後に、意識が途切れた。
※※※
目の前を、鉄の塊がいくつも高速に通り過ぎていく。大きなもの、もっと大きなもの、小さなもの、人一人くらいの小さなもの。
それらが通り過ぎていく側で、俺は一人突っ立っていた。周りには何人もの人がいるが、名前も知らない他人ばかりだ。そんな他人を一切気にせず、俺は一人立ち尽くし、見定めるように鉄の塊達を眺めていた。
「……危なっ」
思わず、後ずさった。これは、俺が自ら身を投げ出す直前の状況だ。
「……夢?」
いや、違う。夢にしては長すぎる。それに、ミラルと交わした握手の感触が、まだ残っている。
「感触……」
右手に、何かを握っている感触があった。見てみると、赤い花のブローチと、一枚の折りたたまれた紙を持っている。これは、エアちゃんと、そしてミラルからもらったものだ。
「そうだ、手紙……」
慌てて紙を開き、中身を読もうと試みる。だが、できなかった。
紙の中は、見たことのない、読むことのできない図形で埋め尽くされていた。
※※※
※※※
眩しい日差しの下、焼けそうなほど熱いアスファルトの上を、俺は歩いている。周りには俺と同じような、学生服を着た人ばかりだ。
楽しくじゃれ合う男子たち、談笑している女子たち。皆行く先は同じ方向で、揃って別々の速度で歩いている。時折流れに反するように、異なる服装の大人や子供が歩いたり、走ったり。その流れの中を、俺も歩いている。
周りの風景は住宅街。色とりどりの屋根や壁に左右を囲まれており、窓に反射する太陽光がとても目に刺さる。もう、夏だ。
ごく普通の、平和で日常的な光景。これは現実だ。
俺は、この退屈で当たり前だが、大切な世界で生きていこう。そう、胸に付けたブローチに誓うのであった。
※※※
※※※
あいつがいなくなって、早くも十日が経っていた。
いなかったときのほうが長かったのに、何故だろう、未だに部屋がとても寂しく感じる。
「ミラル、迎えに来たぞ」
玄関の方から、ランの声が聞こえる。そうだ、今日から二人で遠征に行くのだ。
「はーい!今行くわよ!」
そう返事をし、私はまとめた荷物と、愛用の武器であるつるはしを担ぐ。
「さーて、異世界までにもバケモノ女の名が知れ渡るよう、今日も頑張らなくっちゃ!」
そして、玄関の方へと足を進めるのであった。




