第31話:ディオゲネス帝国
「おー、なかなか良い乗り心地だなぁ」
「そうでしょう?馬車に比べたら、段違いに乗りやすいものよ」
ダウィンという町で一泊した俺たちは、明朝から列車に乗っていた。
向かい合わせの四人がけの席のうち、窓際に座っている俺は、車窓から外の景色を眺めている。高速で通り過ぎる景色の遠くに、いくつか町のようなものが見えた。
「……ねえミラル、武器を置いていって、本当に大丈夫なの?」
「安心しなって。ディオゲネス領内は、世界中のどんな場所よりも治安がいいから」
ダウィンで国境を越える前に、ミラルたちは手持ちの武装を全てを宿に預けていた。つまり、今は全員丸腰状態である。ミラルは素手でも強そうだが。
「世界一国民が好きで、世界一過保護な皇帝が治める国よ。武器なんて持ち込もうものなら、すぐさま牢屋行きよ」
「その上魔法も制御されてるから、魔法使いによる犯罪もないのよね」
正面に座るセリナが、左手首につけられた黒い腕輪を見せてきた。これが魔法を制御するもののようだ。
「とりあえず、帝都についたら食事を済ませて、その後目的の場所に向かうわ。列車でも結構かかるから、眠かったら寝てもいいからね」
「わかったよ。ところで、ディオゲネス帝都ってどんなところなの?」
俺はこの世界に来て、アポロニア王都の以外の場所にはあまり行くことはなかった。帝都というからには、アポロニアみたいな大きなところなのだろうか。
「ディオゲネス帝国は機械の国よ。きっとあんた、都についた途端驚くと思うわ」
ミラルがニカッと笑った。
※※※
立ち並ぶビル群。コンクリート製の舗装された道。そして、行き交う沢山の人々の服装は、どれもが馴染みのあるようなものであった。
「……」
「ね?驚いたでしょ?」
たしかに驚いた。何故ならこの光景は、まさしく俺が元いた世界のようなものだからだ。
「……ねぇ、ここってアポロニアと同じ世界だよね?」
「そうだけど、この国はエルトリア地方の中でもかなり特殊でね、独自の技術と文化を持っているのよ」
「かつて、古代文明の遺跡から発見した技術を元に発展してきた国なの。まあ、その時の情報の大半は、破棄されたはずだけどね」
アヤメさんが何やら手帳を読みながら言った。その古代文明とはまさか、とも思ったが、予測でしかないので口に出すのはやめておく。
「ついでに言うと、ディオゲネス帝国はミラルの生まれ故郷でもあるわよ。帝都ではないけどね」
「え、そうなの?」
「……うん、そうなのよ。私はこの国で生まれたの」
ミラルは複雑な表情をした。ミラルの生まれ故郷ということは、ミラルはこの国で造られた、ということだろうか。
「さ、まずはご飯にしましょ。お腹空いちゃったわ」
そう言うと、ミラルは街中に向かって歩き出した。
「ミラル……」
「あんまり心配はしないことね、ショウタ。あれでもあの子、受け入れている方だから」
アヤメさんは俺の肩を叩くと、そのままミラルのあとに着いて歩いていった。
「私達も行こうよ、ショウタ!私もお腹すいた!」
「……うん、そうだね」
二人に続き、俺とセリナも足を進める。
「ところで、今日の目的地ってどこなの?」
「帝都の中心へ向かうわ。皇帝に会うの」
「へー、こうてい……え?」
今、なんと言った?
「こうていって、もしかして国の一番偉い人の皇帝?」
「そうよ?」
「えぇ!?皇帝って、国のトップなんじゃないの!?そんな気軽に会えるの!?」
「ミラル、いきなり言っても驚くに決まってるわよ。ミラルはね、現ディオゲネス帝にコネがあるのよ」
アヤメさんが呆れたように言った。
「詳しくは言えないけど、昔ちょっとね。そのおかげで、アポ無しで会える程度の知り合いになったのよ」
「アポ無しで皇帝に会えるって、よほどのことなんじゃ……」
一体何があったのか詳しく聞いてみたいところではあるが、話せない事情があるのなら仕方ない。
「それで、その皇帝に会ってどうするの?」
「ディオゲネス帝国内で保持してる技術に、異世界関係のものがないか聞くのよ。きっと何かしら知っているはずだわ」
「アポ無しで行って、いきなり機密情報かもしれないこと聞くだなんて、ミラルってば大胆ねぇ」
セリナがクスクスと笑った。大胆どころの話ではない。
「ミラル、すごい人だったんだなぁ」
思わず感心してしまう。
「あら、今更気づいた?私ってばすごいのよ?」
そんな俺に対し、ミラルは満面の笑みで応えてきた。
※※※
「ようこそ、我が帝都へ!突然来るだなんて、急ぎの用かな?ミラル・ウェイバー」
ホワイトハウスのような大層な建物へとついた俺達は、SPのような黒服姿の男たちに連れられて、会議室のような場所に通されていた。そこには、短い金髪に白いスーツ姿の、若々しい男性が座っていた。
「急に来て悪かったわね、アルカス。今日は聞きたいことがあって来たのよ」
ミラルが馴れ馴れしく、白スーツの男性に話しかける。まさか、この男性が皇帝だというのだろうか。
「ねえアヤメさん、この人が皇帝?」
そっと、アヤメさんに耳打ちする。
「そうよ。この若作りしてる男が、現皇帝のアルカス・ディオゲネスよ」
皇帝だった。ミラル、どれだけ親しいのだろうか。
「皆もよく来てくれたな。セリナ・ハインドにアヤメ、そして……」
「は、はじめまして、ショウタ・ミナヅキです」
皇帝がこちらを見たため、自己紹介をしてみる。
「ショウタ・ミナヅキか、いい名前だ!ようこそ、我が愛しのディオゲネス帝都へ!」
皇帝はニッコリと笑うと、立ち上がり手を差し伸ばしてきた。その手を握ると、力強く握り返してきた。
「して、ミラル・ウェイバーよ。聞きたいこととは何かな?」
皇帝が椅子に座り直した。次いで、俺たちも椅子へと座る。
「率直に言うわ。アルカス、異世界に行く方法を知らない?」
「ほう、異世界とな?」
「ここにいるショウタは、異世界からの訪問者なの。それで、ショウタを元の世界に帰してあげたいのよ」
「なんと!異世界からの訪問者とな!?初めて会ったぞ!」
皇帝は立ち上がり、キラキラとした目でこちらを見つめてきた。この光景、既視感がある。
「アルカス、お願いよ。この子を一刻も早く、家に帰してあげたいの」
ミラルが懇願するように言った。皇帝は座り直すと、目をつむり考え込んでいるような素振りを見せる。
「うーむ、異世界に行く方法、か……知っているかと聞かれたら、正確に言えば知らないな」
「そっか……」
ミラルががっくりと項垂れる。
「だが、可能性は我が帝国で保持している」
「本当!?」
今度は、ミラルが前のめりに立ち上がった。同時にセリナも立ち上がったが、そちらはいいだろう。
「悪名高きアルフォード帝がかつて残した、古代文明の記録たち。その中に、異世界について言及しているものがあるかもしれない」
アルフォードという名は覚えがある。前に読んだ『アポロン戦記』に出てくる、敵の皇帝の名前だ。
「その記録、見せてもらえない!?」
「私とミラル・ウェイバーの仲だ、すぐにでも見せてもいいのだが……」
皇帝は、何やら困っているような素振りを見せた。
「解読が、されていないのだ」
「え、解読?」
「ああ。アルフォード帝の時代に大半の解読が済んでいたはずなのだが、その息子、アルフォンス帝が情報を破棄してしまったのだ。我々に残されているのは、未解読の古代文明文字の記録たちのみだ」
「そんなぁ……」
再びミラルが項垂れる。仮に異世界転移の情報が載っていたとしても、読めないのでは意味がない。
「……その問題、解決できるかもしれないわよ」
静かに座っていたアヤメさんが、口を開いた。
「ほう、どのようにするというのだね?アヤメ」
「このショウタが、古代文明の文字を読めるかもしれないわよ。ね、ショウタ?」
皆の視線が、俺の方に集まる。
「古代文明の文字を、読めるだと?」
「え?ねえねえ、どういうこと?」
事情を知らない皇帝とセリナが、怪訝な顔をしている。
「そうか!確かにそうかもしれないわね!」
ミラルが何かを思い出したかのように手を叩いた。
そうか、そうだった。俺に与えられた、唯一の特殊能力。それが適用されるなら、おそらく。
「……皇帝さん、その古代文明の情報、見せてください」




