第29話:アポロニア最後の一日
「そう、ここを離れちゃうのね」
「はい。リオさんには、何度もお世話になりました」
異世界へ戻る方法会議の後、俺はお世話になった人たちへあいさつ回りをすることにした。まずはギルドにいる人たち、その中でも最初にギルド内でお世話になった人である、リオさんの元へと来ていた。
「ご家族のこと、考えることも少しあったのよね。心配かけた分、めいいっぱい甘えてきなさいね」
リオさんはニッコリと笑っている。が、少しだけ表情が濁った。
「それと……ミラルの側にいてあげてくれて、ありがとうね」
ミラルが人間ではない話を最初にしてくれたのは、リオさんだった。最初は、どういった意図であの話をしたのかわからなかった。だが。
「いえいえ。ミラルは俺の英雄ですから」
今なら、あのときの意図が、少しだけだがわかる気がした。笑顔で返すと、リオさんはホッとしたような表情を浮かべた。
「そっか。ありがとうね、ショウタくん。お家に帰っても、元気でいてね」
※※※
「本当に、その決断でいいんだな?」
リオさんの次に、俺はダグラスさんの元を訪れていた。ダグラスさんの一言がなければ、俺は未だ決断できずにいたのかもしれない。
「はい、決めたんです。帰ったら、親や友達にちゃんと謝ろうと思います。心配かけてごめんなさいって」
「うむ!謝ることも、人として大事なことだ!しっかり元気でやれよ!」
「はい!お世話になりました!ありがとうございました!」
ダグラスさんは、昨日と同じくニッと笑った。
「それと、お前さんには感謝しないとな。ミラルのことだ」
「ミラルの?」
「ああ。お前さんが来てこの数ヶ月、あいつは少し変わったよ。雰囲気が柔らかくなったというか、なんというか」
ダグラスさんは葉巻を咥えると、大きな煙を吐き出す。
「きっと、お前さんという存在がいたからだと思うんだ。ありがとうな、ショウタよ」
ダグラスさんは葉巻を灰皿に置き、椅子から立ち上がる。そしてこちらに歩いてくると、力強く俺の両肩を叩いた。
「達者でな、少年よ!困ったことがあったら、いつでもうちの英雄を頼りに来てくれ!」
※※※
「あなたがいなくなることで、一つ不安材料が消えます。賢い選択ですね」
「はは……いろいろとご迷惑をおかけしました」
ギルドでの挨拶回りの最後に、受付のミリーさんのところに来ていた。ミリーさんは真面目な顔で書類を処理しながら対応してくれている。
「それでは、道中気を付けて。ミラル、何かあればすぐに連絡を寄越すのよ」
ミリーさんは眼帯をクイッと、眼鏡を直すように持ち上げる。
「了解です。それじゃ行くわよ、ショウタ」
「ミリーさん、お世話になりました」
最後に、通いなれたギルドのロビーを見回す。壁には依頼書や手配書が貼られてあり、そこらに重装備の剣士や、魔法使いらしき人物、弓を背負った戦士などが立っている。
元の世界に帰ったら、二度と見ることのできない光景だろう。しっかりと目に焼き付ける。
「ああ、ショウタ。最後に」
カウンターから、ミリーさんが話しかけてきた。
「え、何でしょう?」
「体に気をつけて。それと、ミラルやアヤメの側を離れないように。以上」
「……はい!ありがとうございます」
苦手に感じたミリーさんだったが、きっとこの人も、本当は心優しい人なのだろう。
そんなことを考えつつ、ギルドの扉を開いた。
※※※
「ショウタ、待ってくれ」
「あ、ラン。これから花屋に向かうの?」
ギルドから出て少し歩いたところで、後ろからランに呼び止められた。
「花屋にはもう少ししたら向かうよ。考えたら、私はショウタに会えるタイミングが今しかないと思ってな」
「そっか、俺たち明日の朝にはもう出ちゃうもんね」
「色々と驚かせてしまいすまなかったな、ショウタ。特に、初対面のときは」
ランは恥ずかしそうに、ポリポリと頬を掻いた。初対面のときといえば、ランの頭が落ちた事件か。
「気にしないでよ、ラン。ある意味、ランのおかげで慣れたってのもあるし。でもこれからは、ミラルとの回避練習を忘れないで戦ってね」
「はは、言われなくたってそうするさ」
ランは笑うと、手を差し伸ばしてきた。
「さようなら、ショウタ。私が言うのも何だが、どうか身体に気をつけて」
ランの手を取り、強く握り返す。
「さようなら、ラン。いろいろとありがとうね」
「それと、最後にもう一度だけ」
ランは、ニッコリと笑った。
「決して、私のようにはなるなよ、ショウタ」
※※※
ミラルと共に市場に向かうため、足を進める。ギルドに向かうとき、何度も通った道だ。だが、それもこれで最後だ。
「やっぱり寂しい?ショウタ」
先導しているミラルが、振り返って話しかけてくる。
「そりゃ寂しいさ。だってたぶん、もう二度と来れないところだもん」
そうなのだ。おそらく、元の世界に帰ることができたとしても、再びこの世界に訪れることは不可能だろう。
「でも、それ以上に、俺がいなくなったことを悲しんでる人たちがいるんだもん。ちゃんと帰らなきゃ」
「それもそっか。見つかるといいわね、帰る方法」
ミラルが前に振り返る。俺は、あたりの景色を見渡した。
これまで、ファンタジー系のアニメや漫画、ゲームといった創作物でしか見たことのないようなこの風景。きっと、二度と実物を見ることはできないだろう。
そんなことを考えつつ、歩みを進めるのであった。
唐突に、ミラルが足を止める。
「……でももし、帰る方法が見つからなかったら」
「ミラル?」
「その時は、またうちで面倒見てあげるよ」
ミラルが振り返る。その顔は、いつもの眩しいような笑顔であった。
「うん!その時は、よろしくね」
そんなミラルに、俺も精一杯の笑顔で返してあげた。
※※※
「……よし!行ってくるよ、ミラル!」
「決心ついた?ドンと行ってこい!」
市場の花屋前に着き、決心を固めた俺は、思い切って花屋の扉を開けた。
「こ、こんにちは、エアちゃん!」
「あら、ショウタさん!こんにちは!」
商品の手入れをしていたエアちゃんは、ハサミをカウンターの上に置いた。
「昨日はごめんなさい!突然変なこと言ったりして……」
「いいのよ、気にしないで!私こそ、突然泣き出しちゃったりしてごめんなさいね!」
お互いにペコペコと頭を下げ合う。そして、二人して笑い合う。
「今日は、エアちゃんに伝えることがあってきたんだ。実は俺、明日アポロニアから引っ越しちゃうんだよ」
「え!?そうなの!?」
エアちゃんは、とても驚いた顔をした。
「事情があって、急に決まったんだ。それで、お別れを言いに来たんだよ」
「そんな……せっかく仲良くなれたのに、突然すぎるわ……」
昨日のように、エアちゃんの目から涙が溢れ出しそうになっている。
「ごめんね、でも仕方ないんだ。それで、最後に伝えなきゃいけないことがあって……」
「伝えたい、事?」
「えっとね、その……」
心臓が、バクバクと鼓動を打っている。背中に、焦っているときのような、奇妙な感覚が湧いてくる。
だが、言わなければならない。これが最後なのだから。
目を閉じ、一つ大きな深呼吸をする。気持ちを押さえつけ、決心を、想いを、口から表に出す。
「……俺、エアちゃんのことが、好きです」
「……え?」
「初めて会った時から、ずっと」
時が止まったような感覚に陥る。エアちゃんが、目を見開いて、驚いたような顔のまま固まっている。
「こ、これだけは言わなきゃと思って!それじゃあ、元気でね!」
「あ、待って!」
エアちゃんの返事も聞かず、俺は花屋から飛び出した。そして、ミラルの元へと駆けていく。
「おかえり。うまく言えた?」
「……うぅ」
「ちょっと、何泣いてるのよ」
きっとこの気持ちは、恋愛をしたことのないというミラルにはわからないだろう。
俺の初めての愛の告白は、成功でもあり、失敗に終わったのであった。
※※※
「この天井も、見納めなんだなぁ」
夕飯とシャワーを終え、早めにベッドに入った俺は、仰向けに天井を眺めていた。
「……もう、悔いはないさ」
言いたいことは言ったのだ。もう思い残すことはない。後は、無事に元の世界に帰ることを考えるのみだ。
「……寝よう。明日も早いんだ」
名残惜しむように瞼をゆっくりと閉じる。アポロニアでの最後の睡眠だ。
元の世界では、今何が起きているのだろうか。両親は、今どうしているのだろうか。エアちゃんは俺の告白を聞いて、どんなことを思ったのか。
様々な考えを思い浮かべながら、深い睡魔が襲ってくる。
こうして、アポロニアでの最後の一日は、幕を閉じるのであった。




