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バケモノ女子s  作者: 一乗寺らびり
15/34

第15話:人間

 目の前を、鉄の塊がいくつも高速に通り過ぎていく。大きなもの、もっと大きなもの、小さなもの、人一人くらいの小さなもの。

 それらが通り過ぎていく側で、俺は一人突っ立っていた。周りには何人もの人がいるが、名前も知らない他人ばかりだ。そんな他人を一切気にせず、俺は一人立ち尽くし、見定めるように鉄の塊達を眺めていた。

 そして、ついに丁度いいものを見定める。周りの塊たちよりも大きく、俺なんかと比べたら遥かに巨大なそれを。

 選択したそれが辿り着くとき、俺は歩みを進めた。


※※※


「……嫌な夢見たなぁ」

 唐突に目覚めた俺は、上体を起こし息を荒らげていた。そんなに暑いわけでもないのに、寝汗をびっしょりとかいている

 時刻はおそらく、夜中の一時や二時といったところだろう。部屋の中は真っ暗で、カーテンの隙間から月明かりが差している。

「なんで、今更あんな夢見たのかなぁ」

 夢の内容には、覚えがあった。だが、当時は嫌な記憶はなく、むしろ希望に満ち溢れていたはずだ。

 なのに、なぜだろう。今はあの状況に、大きな恐怖を感じる。

「……トイレでも行っておくか」

 頭を振り、ベッドから立ち上がる。そして、小タンスの上に置いてある持ち運び用のろうそくに火を付けた。これまでマッチなど使ったことがなかったが、この世界に来てから毎日のように使っているため、もはや慣れたものである。

 きっとミラルは寝ているであろう。起こさないように、静かにドアを開ける。廊下には窓がないため、部屋に比べたら真っ暗、ではなかった。

 ミラルの寝室のドアから、光が漏れている。起きているのだろうか。

「ミラル、不健康だなぁ。今何時だと思ってるんだろ」

 思わずそう口からこぼれ、ふと思った。ミラルは、一体いつ寝ているのだろうか。

 ミラルはいつも、俺よりも遅くまで起きている。俺が寝る頃にはリビングで本を読んでいるし、野宿のときは、ずっと辺りを見張っている。

 かと思えば、朝起きるのも早い。今は洗濯をする必要があるため、俺も太陽が昇り始める頃には起きるようになった。それでも、ミラルは先に起きているのだ。

「……今日はたまたま、眠れないとかなのかな」

 気になり、忍び足でミラルの寝室のドアへと近づく。そして、そっとドアに耳を当てようとする。

「趣味悪いわよ、ショウタ」

 ドアの向こうから声が聞こえてきた。さすがミラル、気づかれていたようだ。

「ごめん、気になってつい。入ってもいい?」

「いいわよ、いらっしゃい」

 そっとドアを開くと、寝間着姿でベッドにうつ伏せになり、本を読んでいるミラルの姿が目に入った。

「あんた、こんな時間にどうしたのよ?」

「ちょっと、変な夢見ちゃってさ。ついでにトイレでもいこうかなって」

「ふーん、子供みたいな理由ねぇ。って、子供だったか」

 ミラルは本に目を落としたまま、クスクスと笑った。

「そんな笑うこともないじゃんか。そういうミラルこそ、こんな時間まで起きてて大丈夫なの?」

 思わず、言い返してしまった。

「私は大人だから、別に夜更ししてもいいの。ほら、さっさとトイレ行ったら寝なさいね」

 ミラルはシッシと、追いやるような手振りをする。そんなミラルの様子に、ある疑念が湧いた。

「もしかして、眠れないの?」

 ミラルの動きが、止まった。どうやら当たりのようだ。

「……だったら、何?」

 突如、ミラルがこちらを向く。だが、表情と声色が、いつもと違う。いつもよりも元気がなく、悲しんでいるような声だ。

 明らかな異常事態に、心臓が止まりそうになる。

「ご、ごめん!別に悪いとかって言うわけじゃないけど、気になっちゃって!」

 慌てて弁明すると、ミラルもいつもの表情に少しだけ戻った。

「別にあんたに心配されなくても、私は大丈夫ですよっと。ほら、トイレ行ってさっさと寝なさい」

 再び、シッシと追い払われた。

「う、うん。おやすみ、ごめんね」

「はいおやすみ。明日も家事よろしくね」

 静かにドアを閉めると、トイレの方へと足を向ける。

「……不眠症なのかなぁ」

 心配するなと言われても、してしまう。睡眠は人間には必要なものだ。

 そして、ある考えを思いついた。余計なお世話かもしれないが、むしろいつもお世話になっているのだ。余計なことでもさせてほしい。

 起きたあと、やることをすべて終えたあとのことを考えながら、トイレへと向かうのであった。


※※※


「睡眠薬がほしい?」

「はい、最近あまり眠れなくて……」

 家事をやり終えた俺は、ミラルには内緒でギルドの治療室に来ていた。ミラルとダグラスさんが話を通してくれたおかげで、俺もギルドに気軽に出入りできるようになったのだ。ミリーさんには睨まれるが。

 昨晩考えたのは、ミラルに睡眠薬を飲ませることだ。料理に混ぜておけば、気づかれずに済むだろう。薬を盛ったことを後で怒られるかもしれないが、ミラルの睡眠不足解消になるならそれでもいい。

「できれば、効果が強めなのがいいんですけど」

「ショウタくん、嘘はいけないわよ」

 いきなりバレた。何故だ。

「え、リオさん、なんでわかったんです?」

「雰囲気でわかるわよ。何に使うかわからないけど、危ない薬を簡単に渡すわけにはいかないわ」

 リオさんは強めに言った。たしかに睡眠薬は、いくらでも悪用できるものだからこう言うのも仕方ない。

「ごめんなさい、本当のこと言います。実は、ミラルの睡眠不足を解消してあげたかったんです」

「ミラルの?」

 リオさんは、少し困ったような顔をした。

「ミラル、ずっと寝てないみたいなんですよ。それが心配で、薬でもあればちゃんと眠れるのかな、と思って」

「……やっぱりあなた、何も聞いていないのね」

 リオさんは、ミラルの不眠症について何か知っているようだ。

「もしかして、すでにミラルに相談受けてたりします?」

「そういうわけではないんだけど、話していいものか……」

 リオさんはとても困っている様子だ。何か、話せないような事情があるのだろうか。

「……ショウタくん、今から言うことを聞いても、ミラルのこと、嫌いにならないでね」

 リオさんは決心したかのように、言った。

「はい?どういうことです?」

 嫌いになるとは、どういうことだろう。不眠症となんの関係があるのだろうか。

「ミラルはね、眠らなくても生きていけるの。あの子、人間じゃないから」

「へえ、そうなん……え?」

 人間じゃない?一体何を言っているんだ?

「ミラルはホムンクルスっていう、言ってしまえば人造生物なのよ」

「え?え?」

 理解が追いつかない。

「それも、戦闘に特化するよう、身体能力を極限まで高めたもの。見ているでしょ?ミラルの常人離れした身体能力を」

 それは確かにずっと見ている。小石で人の頭を吹き飛ばすなど、普通の人間には不可能だ。ただ、最初からそのような光景を見続けていたため、そういうものなのだと納得してしまっていた。

「そして、いじられてるのは単純な身体能力だけじゃないの。ずっと戦い続けるよう眠らなくても大丈夫なようにされていたり、他にも、ね」

 まだ、頭が混乱している。だって、ミラルには。

「でもミラル、お兄さんがいるって言ってたよ?あと、弟もいたって」

「ミラルとお兄さんは、血の繋がりがないの。ミラルは赤ちゃんのときに保護されて、その家の子がミラルのお兄さんなのよ」

「じゃあ、弟は?」

「弟さんも、ホムンクルスよ」

 そういえばミラルは、双子のようなもの、といった言い方をしていた気がする。

「だから、例え睡眠薬を飲ませたとしても、あの子は眠れないわ。そういうふうに造られているから」

 混乱が、ようやく少しだが収まりつつある。つまり、ミラルは眠らなくても戦い続けられる戦闘用の人造人間、ということか。

 そんな話、信じていいものだろうか。

「リオさん、俺のことからかってないよね?嘘ついたからって仕返ししているわけじゃないよね?」

「違うわ、これは本当のことなの。そして、これを聞いて、ミラルに対して嫌悪感を抱く人もいるのよ」

「そんな……だってミラル、どう見ても人間じゃないか!そんな……」

 ふと、思い出す。時折、ミラルの笑顔が不気味に感じることがあった。あれは、もしや本能的に違和感を感じていたためなのだろうか。

「ミラルは何も罪を犯してないけど、ホムンクルスは過去に何度も事件を起こしてきたの。だから、忌避する人も多いのよ」

 リオさんは、悲しい顔をしている。

 そんな様子に、俺は何も言えなかった。

「もう一度言うわ。お願い、この話を聞いて、ミラルを嫌いにならないでね」


※※※


 ギルドを後にして、俺は道の側に設置されているベンチに、ボーッと座っていた。

 次にミラルに会ったときに、どんな顔をすればいいのか、わからなくなってしまった。

「……リオさんは、なんでこの話、俺にしたんだろう」

 黙っていてくれれば、こんなに悩むことはなかったのに。なぜ、こういった真実を俺に教えてくれたのだろうか。

「あらショウタ、こんなところにいるなんて珍しいわね」

 不意に話しかけられた。ビクッとして声の方に顔を向けると、ミラルが立っている。

「み、ミラル……」

「どうしたのよ、そんな神妙な顔しちゃって」

 ミラルが笑いながら、隣に座ってきた。だが、ミラルの方に顔を向けることができない。

「なにか悩み?もしかして、昨晩のこと?あれなら気にしてないから大丈夫よ」

「ミラル、俺……」

 なにか言わなければ。考えを巡らせ、言葉を絞り出す。

「俺……ミラルのこと、好きだから」

「……は?」

 絞り出した言葉だが、少し冷静に考え、とんでもないことを言ったことに気づいた。これじゃあ、まるで。

「ち、違う!今のは違くて、その!」

「あははははは!何言ってんのよ、いきなりさぁ!」

 突如、ミラルが大笑いし始める。

「ご、ごめん!別にそういう意味で言ったんじゃなくて、その、なんというか……」

「はいはい、ありがとうね。私もあんたのこと、気に入ってるわよ」

 思い切ってミラルの顔を見ると、満面の笑顔を浮かべていた。

「当然、愛とか恋とか、そういう意味じゃないけどね」

 その笑顔には、確かに本能的に、奇妙な違和感を感じる。

 だが、それが何だというのだ。目の前にいるこの女性は、美しい一人の人間だ。

「ミラル、その、俺」

「はいはい、言わなくても大丈夫よ。それじゃ、帰りましょっか」

 顔を真っ赤にしている俺をよそに、ミラルは立ち上がる。そして、俺に手を差し伸ばしてきた。

「ほら、行くわよ」

「……うん!」

 その手を、しっかりと握る。

 握った手の温もりは、確かに人間のものであった。

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