第15話:人間
目の前を、鉄の塊がいくつも高速に通り過ぎていく。大きなもの、もっと大きなもの、小さなもの、人一人くらいの小さなもの。
それらが通り過ぎていく側で、俺は一人突っ立っていた。周りには何人もの人がいるが、名前も知らない他人ばかりだ。そんな他人を一切気にせず、俺は一人立ち尽くし、見定めるように鉄の塊達を眺めていた。
そして、ついに丁度いいものを見定める。周りの塊たちよりも大きく、俺なんかと比べたら遥かに巨大なそれを。
選択したそれが辿り着くとき、俺は歩みを進めた。
※※※
「……嫌な夢見たなぁ」
唐突に目覚めた俺は、上体を起こし息を荒らげていた。そんなに暑いわけでもないのに、寝汗をびっしょりとかいている
時刻はおそらく、夜中の一時や二時といったところだろう。部屋の中は真っ暗で、カーテンの隙間から月明かりが差している。
「なんで、今更あんな夢見たのかなぁ」
夢の内容には、覚えがあった。だが、当時は嫌な記憶はなく、むしろ希望に満ち溢れていたはずだ。
なのに、なぜだろう。今はあの状況に、大きな恐怖を感じる。
「……トイレでも行っておくか」
頭を振り、ベッドから立ち上がる。そして、小タンスの上に置いてある持ち運び用のろうそくに火を付けた。これまでマッチなど使ったことがなかったが、この世界に来てから毎日のように使っているため、もはや慣れたものである。
きっとミラルは寝ているであろう。起こさないように、静かにドアを開ける。廊下には窓がないため、部屋に比べたら真っ暗、ではなかった。
ミラルの寝室のドアから、光が漏れている。起きているのだろうか。
「ミラル、不健康だなぁ。今何時だと思ってるんだろ」
思わずそう口からこぼれ、ふと思った。ミラルは、一体いつ寝ているのだろうか。
ミラルはいつも、俺よりも遅くまで起きている。俺が寝る頃にはリビングで本を読んでいるし、野宿のときは、ずっと辺りを見張っている。
かと思えば、朝起きるのも早い。今は洗濯をする必要があるため、俺も太陽が昇り始める頃には起きるようになった。それでも、ミラルは先に起きているのだ。
「……今日はたまたま、眠れないとかなのかな」
気になり、忍び足でミラルの寝室のドアへと近づく。そして、そっとドアに耳を当てようとする。
「趣味悪いわよ、ショウタ」
ドアの向こうから声が聞こえてきた。さすがミラル、気づかれていたようだ。
「ごめん、気になってつい。入ってもいい?」
「いいわよ、いらっしゃい」
そっとドアを開くと、寝間着姿でベッドにうつ伏せになり、本を読んでいるミラルの姿が目に入った。
「あんた、こんな時間にどうしたのよ?」
「ちょっと、変な夢見ちゃってさ。ついでにトイレでもいこうかなって」
「ふーん、子供みたいな理由ねぇ。って、子供だったか」
ミラルは本に目を落としたまま、クスクスと笑った。
「そんな笑うこともないじゃんか。そういうミラルこそ、こんな時間まで起きてて大丈夫なの?」
思わず、言い返してしまった。
「私は大人だから、別に夜更ししてもいいの。ほら、さっさとトイレ行ったら寝なさいね」
ミラルはシッシと、追いやるような手振りをする。そんなミラルの様子に、ある疑念が湧いた。
「もしかして、眠れないの?」
ミラルの動きが、止まった。どうやら当たりのようだ。
「……だったら、何?」
突如、ミラルがこちらを向く。だが、表情と声色が、いつもと違う。いつもよりも元気がなく、悲しんでいるような声だ。
明らかな異常事態に、心臓が止まりそうになる。
「ご、ごめん!別に悪いとかって言うわけじゃないけど、気になっちゃって!」
慌てて弁明すると、ミラルもいつもの表情に少しだけ戻った。
「別にあんたに心配されなくても、私は大丈夫ですよっと。ほら、トイレ行ってさっさと寝なさい」
再び、シッシと追い払われた。
「う、うん。おやすみ、ごめんね」
「はいおやすみ。明日も家事よろしくね」
静かにドアを閉めると、トイレの方へと足を向ける。
「……不眠症なのかなぁ」
心配するなと言われても、してしまう。睡眠は人間には必要なものだ。
そして、ある考えを思いついた。余計なお世話かもしれないが、むしろいつもお世話になっているのだ。余計なことでもさせてほしい。
起きたあと、やることをすべて終えたあとのことを考えながら、トイレへと向かうのであった。
※※※
「睡眠薬がほしい?」
「はい、最近あまり眠れなくて……」
家事をやり終えた俺は、ミラルには内緒でギルドの治療室に来ていた。ミラルとダグラスさんが話を通してくれたおかげで、俺もギルドに気軽に出入りできるようになったのだ。ミリーさんには睨まれるが。
昨晩考えたのは、ミラルに睡眠薬を飲ませることだ。料理に混ぜておけば、気づかれずに済むだろう。薬を盛ったことを後で怒られるかもしれないが、ミラルの睡眠不足解消になるならそれでもいい。
「できれば、効果が強めなのがいいんですけど」
「ショウタくん、嘘はいけないわよ」
いきなりバレた。何故だ。
「え、リオさん、なんでわかったんです?」
「雰囲気でわかるわよ。何に使うかわからないけど、危ない薬を簡単に渡すわけにはいかないわ」
リオさんは強めに言った。たしかに睡眠薬は、いくらでも悪用できるものだからこう言うのも仕方ない。
「ごめんなさい、本当のこと言います。実は、ミラルの睡眠不足を解消してあげたかったんです」
「ミラルの?」
リオさんは、少し困ったような顔をした。
「ミラル、ずっと寝てないみたいなんですよ。それが心配で、薬でもあればちゃんと眠れるのかな、と思って」
「……やっぱりあなた、何も聞いていないのね」
リオさんは、ミラルの不眠症について何か知っているようだ。
「もしかして、すでにミラルに相談受けてたりします?」
「そういうわけではないんだけど、話していいものか……」
リオさんはとても困っている様子だ。何か、話せないような事情があるのだろうか。
「……ショウタくん、今から言うことを聞いても、ミラルのこと、嫌いにならないでね」
リオさんは決心したかのように、言った。
「はい?どういうことです?」
嫌いになるとは、どういうことだろう。不眠症となんの関係があるのだろうか。
「ミラルはね、眠らなくても生きていけるの。あの子、人間じゃないから」
「へえ、そうなん……え?」
人間じゃない?一体何を言っているんだ?
「ミラルはホムンクルスっていう、言ってしまえば人造生物なのよ」
「え?え?」
理解が追いつかない。
「それも、戦闘に特化するよう、身体能力を極限まで高めたもの。見ているでしょ?ミラルの常人離れした身体能力を」
それは確かにずっと見ている。小石で人の頭を吹き飛ばすなど、普通の人間には不可能だ。ただ、最初からそのような光景を見続けていたため、そういうものなのだと納得してしまっていた。
「そして、いじられてるのは単純な身体能力だけじゃないの。ずっと戦い続けるよう眠らなくても大丈夫なようにされていたり、他にも、ね」
まだ、頭が混乱している。だって、ミラルには。
「でもミラル、お兄さんがいるって言ってたよ?あと、弟もいたって」
「ミラルとお兄さんは、血の繋がりがないの。ミラルは赤ちゃんのときに保護されて、その家の子がミラルのお兄さんなのよ」
「じゃあ、弟は?」
「弟さんも、ホムンクルスよ」
そういえばミラルは、双子のようなもの、といった言い方をしていた気がする。
「だから、例え睡眠薬を飲ませたとしても、あの子は眠れないわ。そういうふうに造られているから」
混乱が、ようやく少しだが収まりつつある。つまり、ミラルは眠らなくても戦い続けられる戦闘用の人造人間、ということか。
そんな話、信じていいものだろうか。
「リオさん、俺のことからかってないよね?嘘ついたからって仕返ししているわけじゃないよね?」
「違うわ、これは本当のことなの。そして、これを聞いて、ミラルに対して嫌悪感を抱く人もいるのよ」
「そんな……だってミラル、どう見ても人間じゃないか!そんな……」
ふと、思い出す。時折、ミラルの笑顔が不気味に感じることがあった。あれは、もしや本能的に違和感を感じていたためなのだろうか。
「ミラルは何も罪を犯してないけど、ホムンクルスは過去に何度も事件を起こしてきたの。だから、忌避する人も多いのよ」
リオさんは、悲しい顔をしている。
そんな様子に、俺は何も言えなかった。
「もう一度言うわ。お願い、この話を聞いて、ミラルを嫌いにならないでね」
※※※
ギルドを後にして、俺は道の側に設置されているベンチに、ボーッと座っていた。
次にミラルに会ったときに、どんな顔をすればいいのか、わからなくなってしまった。
「……リオさんは、なんでこの話、俺にしたんだろう」
黙っていてくれれば、こんなに悩むことはなかったのに。なぜ、こういった真実を俺に教えてくれたのだろうか。
「あらショウタ、こんなところにいるなんて珍しいわね」
不意に話しかけられた。ビクッとして声の方に顔を向けると、ミラルが立っている。
「み、ミラル……」
「どうしたのよ、そんな神妙な顔しちゃって」
ミラルが笑いながら、隣に座ってきた。だが、ミラルの方に顔を向けることができない。
「なにか悩み?もしかして、昨晩のこと?あれなら気にしてないから大丈夫よ」
「ミラル、俺……」
なにか言わなければ。考えを巡らせ、言葉を絞り出す。
「俺……ミラルのこと、好きだから」
「……は?」
絞り出した言葉だが、少し冷静に考え、とんでもないことを言ったことに気づいた。これじゃあ、まるで。
「ち、違う!今のは違くて、その!」
「あははははは!何言ってんのよ、いきなりさぁ!」
突如、ミラルが大笑いし始める。
「ご、ごめん!別にそういう意味で言ったんじゃなくて、その、なんというか……」
「はいはい、ありがとうね。私もあんたのこと、気に入ってるわよ」
思い切ってミラルの顔を見ると、満面の笑顔を浮かべていた。
「当然、愛とか恋とか、そういう意味じゃないけどね」
その笑顔には、確かに本能的に、奇妙な違和感を感じる。
だが、それが何だというのだ。目の前にいるこの女性は、美しい一人の人間だ。
「ミラル、その、俺」
「はいはい、言わなくても大丈夫よ。それじゃ、帰りましょっか」
顔を真っ赤にしている俺をよそに、ミラルは立ち上がる。そして、俺に手を差し伸ばしてきた。
「ほら、行くわよ」
「……うん!」
その手を、しっかりと握る。
握った手の温もりは、確かに人間のものであった。




