「タケルのバイト先」訪問
出てきたのは商業ギルドの真ん前。
以前とは少し違って明るい感じになっていた。
元々怖い感じのところではなかったのかもしれないが、売り上げが下がるだけ下がり、打つ手もなくなり商業ギルト自体が暗い雰囲気になっていたのかもしれない。
1階は酒場になっていたが、ギルド長タザーが、自分がいつでも酒が飲める店が欲しいと作った店らしかった。
最近では忙しくて昼間から酒を飲んでいる時間はないので、ちゃんとした受付が1人いるくらいらしい。
店で飲んでいた他の客も結局市場の店の店主だったのかもしれない。
今は昼間から飲んでいられるほど暇な店は1店もないので、昼間の酒場は閑古鳥だ。
「え?あれ?外?ここどこ?」
さっきまでタケルのぼろ屋にいたはずが、いつの間にか見慣れない街中にいたのだ。
パニくるのも当たり前だ。
おろおろしているユウナギ。
タケルは少し冷静に「ほら、外だから靴履かないと」と声をかける。
「あ、そっか」と言いながら慌てて靴を履くユウナギ。
靴を履いたのを確認したら、タケルはユウナギに声をかけた。
「じゃあ、行こう!僕の職場に!」
呆気にとられるユウナギ。
タケルのその笑顔がいつものタケルとは少し違っていたのだ。
ユウナギはまだ自体が呑み込めずにいたが、なんだか市場に連れてこられたことだけは理解していた。
時間は午後4時を過ぎていた。
昼間の忙しい時間は過ぎて、少し手が空く「アイドルタイム」だった。
そんなこともあって、市場に着くと同時に何人かの子供が駆け寄ってきた。
「タケルー!これ食べてみてー!」
「タケルー!新しく改良してみた!」
バインミー屋の孤児院の子供たちだ。
「お!どう変わったんだい?」そんなことを言いながら、タケルは子供たちからバインミーを受け取る。
ユウナギにも一切れ渡そうとしたところで、ユウナギが固まっている。
「言葉・・・分かるの!?」
そうだったと、タケルは思い出した。
タケルはこの世界にきて、祖父から受け継いだ(と思われる)超理解力で言葉を驚異的な速さで学んだのだった。
ユウナギにもできると思っていたのだけれど、どうも誰でもできるわけではなかったようだった。
タケルの頭の中で久々にあの声が聞こえてきた。
「ユウナギにマティアス共通語の情報をインストールしますか?(YES/NO)」
「(当然、YES)」これまた頭の中で同意した。
一瞬、ユウナギが軽いめまいの様にのけぞったが、助ける必要もなく持ち直した。
「ユウナギ、言葉分かる?」
タケルがマティアス共通語で話しかけた。
「分かる!分かるわ!どういうこと!?日本語じゃないって分かってるのに、言っていることが分かる!!なにこれ!?」
タケルは自分が覚えたマティアス共通語の知識をユウナギにコピーした。
これもタケルの「創作魔法」だった。
本来、手分けして行う作業などの時に、休憩時間を終えて戻ってきた相方にもう一方がどこまで作業が進んだか、情報を共有する魔法なのだが、タケルは即興で言語に関する部分だけを切り取ってユウナギに共有したのだ。
「僕のバイト先の小さな仲間たちがこれ食べてみてってさ」
タケルはもらったバインミーをユウナギに渡した。
「あれ?これって前朝ごはんに食べた牛丼パンじゃ・・・」
受け取ったユウナギがバインミーを分析していると、シロも近寄ってきた。
「こんにちは!タケルさん、今日はどうされたんですか?」
今日は制服を着ている。
いつもと違う服装に何かあったのかと思ったらしい。
ちなみに、右足にはリア、左足にはジュウがしっかりと掴まっていて一歩も動けないようになっている。
「あ、いえ・・・、最近市場を見れてなかったのと、新しいジュース屋も気になっちゃって」
「先日の『あれ』はすごく効果があったみたいですよ!」
「あれ?」
「ええ、『あれ』」
『あれ』と言うのは、間違いなく侯爵家の馬車が乗り付けてジュースを飲んで大絶賛して行ったことだろう。
「あれから『侯爵家御用達ジュース店』みたいになって、1日中列が出来てますよ?」
「ほんとですか!?」
「はいー、お陰でこちらも売り上げが伸びて、助かってます。」
「それは良かった。でも、あんまり目立つとまた中央広場の方の売り上げが下がって問題なんだけど・・・」
「それも問題ですけど、よかったんですか?侯爵家様の馬車をあんな風に使ってしまって・・・まさか本物・・・な訳ありませんよね?」
「ははははは」
タケルは笑ってごまかした。
馬車が本物どころか、中身も本物なのだから。
侯爵令嬢がクレームを入れてくる可能性はゼロだ。
何しろ本人なのだから。
領主のアルフレットかれクレームが入ったら・・・その時考えようとタケルは考えるのをやめた。
「あれ?今日はクレアさんとご一緒ではないんですね?」
シロが隣のユウナギに視線を送る。
「ああ、彼女は僕の幼馴染のユウナギです」
「あ、ユウナギです」
半ば反射的にユウナギが挨拶をした。
「よろしくお願いします。タケルさんにはうちの子たちを助けていただいて・・・」
「あ、いえ、そんな・・・」
訳が分からないので、訳が分からないリアクションをするユウナギ。
そのあと、タケルの方をキッとにらんで「誰よ!?この美人は!?」と言う視線を送る。
幼馴染テレパシーなのか、ほぼ正確に視線のみで伝わるタケル。
「僕の仕事を手伝ってくれている人たちだよ」
変な返しになるタケル。
「よーし、リア、ジュウ、そろそろ足を離してくれ、僕は他にもいかないといけないんだ」
「いーよー、また来てね!」
「いーよー、また来てね!」
2人ともとてもいい子だった。
タケルがユウナギに「行こう」と一声かけて、市場の方に入っていくと、色々な店から声がかかった。
「タケルー、このソースだけど、前のやつの方が安いし、おいしかった!次から戻してくれよ」
「あ、ダメでしたか。分かりました」
「タケルさんー!この新しい魔道具良いねー!火がないのに焼けるのってすごいよ!うちにも小さいのが欲しいくらいだよ!」
「考えときます!」
「タケルさん、やっぱりあんたが考えてくれたメニューの方しか売れないよ。これまでやってきたシバシバの実は全然売れなくなったよ」
「今度調味料を持ってきてみますよ。シバシバはちょっと苦いからお酒のつまみになるかもしれない。僕はお酒が飲めないからタザーさんにも相談してみます」
「たのんだよ!」
広い市場を半分も回らないうちに夕方になっていた。
タケルも色々な受け答えと各店の気になったところを修正したりしているうちに結構疲れていた。
その間も色々な食べ物を試食としてもらったり、味付けのアドバイスを求められたりしたので、半分こできるようなものはユウナギにも渡していた。
気付けば、ユウナギは両手に抱えきれないくらいの食べ物を持っていた。
夜店ではしゃぎすぎた子供みたいになっている。
それに気づいたタケルは「ちょっと休もうか」と、テーブルと椅子があるエリアに移動する。
そこは、例のジュース屋の近くに設置したテーブルとイスだった。
基本的に忙しくしている市場では座ってゆっくり食べる文化がない。
しかし、女性や子供は座って食べたいのではないかと思って設置したものだったが、これがまた大当たり。
食べ物を買っても、ジュースをジュース屋で買ってテーブルを利用するのだ。
そのためジュース店は常に行列ができる程の人気になっていた。
夕方のこの時間でもジュース屋はお客さんがひっきりなしに来ていた。
アイドルタイムなのに、全然手が空いてない。
忙しそうなので、手伝いたい気持ちもあったが、それでは成長席ないとぐっと我慢した。
店は孤児院の人たちだけで運営できてもらわないと困るのだ。
テーブルにつき、もらった食べ物を広げていると、ジュース店から子供がジュースを2つ持ってきてくれた。
店の方を見ると、孤児院長がウインクしていた。
「ゆっくりして行ってね」の合図みたいだった。
タケルは目の前の子供に「ありがとう」を言ってジュースを受け取った。
もらったジュースのひとつをユウナギに渡すとユウナギは少し不満そうな顔をしていた。
「あれ?グレープの方が良かった?」慌ててオレンジとグレープを入れ替えようとするタケル。
「オレンジの方が好き!そうじゃない!どういうこと!?これっっ!」
「どういうことって、ジュース屋さんがゆっくりしていきなさいっていう・・・」
「そうじゃなくて!ここどこ!?何でタケルはこんなに人気者なのっっ!?」
「ああ、人気者とかじゃなくて、店のメニューを考えたりしたから・・・」
「そもそも、どこなのここ!?」
「ここは、僕のバイト先・・・マティアスって街で僕たちからしたら『異世界』だよ」
タケルが取り繕っても説明できないと思い、全てを話してもユウナギはきょろきょろしながら落ち着かない様子だった。
「みんな良い人だから安心してよ。さ、折角だから食べようよ」
タケルが目の前の料理を食べていると、つられてユウナギも食べ始めた。
そこにタザーが来てタケルの肩をガツッと掴んでこそこそ話を始めた。
「お前!横のこの女は誰だよ!?良いのか!?侯爵令嬢様のことは!!?く・れ・ぐ・れ・も・市場にトラブルを持ち込むんじゃないぞ!?」
タザーがドスを利かせて話しかけてきた。
強面のタザーが突然タケルに肩を組んできて何かドスの利いた声で話しているのを見てユウナギがドン引き。
「彼女は僕の幼馴染ですよ!家族みたいなもんですから!」
「そうなのか?お前が処刑になったらうちのエリアはおしまいだからな?危ない橋は渡らないでくれよ?」
「そんなんじゃないですよ。彼女は人気者だし、僕なんかとてもとても」
「侯爵令嬢の婚約者様が『とてもとても』なんていう人ってことは、なんだ、あの子は神か!?神なのか!?」
「ははは、神様じゃないけど、僕と彼女の差で言うならそれくらいありますよ」
「どっから連れてきた、どんな子なんだよ!?」
タザーはばっとタケルから離れてユウナギの方を向いた。
「ゆっくりお食事されていってください」と出来るだけ良い笑顔で言ったかと思うと、今度はタケルの方を向いて指さして言った。
「くれぐれも危ない橋は渡るんじゃないぞ!」
そういうと、タザーは忙しそうに市場の方に消えていった。
「あー、驚いた。今の人知り合い?」
肩の力が抜けたようにユウナギが言った。
「ああ、僕の助けをしてくれている人だよ」
「また助けられてるじゃない」
「そうなんだよ。僕一人ではどうにもできなくて」
「情けないわねっっ!」
ユウナギはなぜかプリプリ怒りながら料理をたいらげていく。
「なんか、ここの料理おかしいわね」
「え?なんか変かな?」
「完全に日本とは全く違う感じなのに、味はなじみがあるものが多いっていうか、それでいてちょっと違う味もするっているか」
さすがユウナギだとタケルは思った。
タザー・エリアの料理は出来るだけ地元の食材を使うようにしているのだ。
タケルが食材を持ち込むことで元々いた生産者や販売者の仕事を取ってしまわないためだ。
野菜類はやっぱり日本とは味も形も違うので、その部分が「ちょっと違う味」なのだろうとタケルは理解した。
「あと、デザートがないわね、甘い物」
「ああ!」
タケルにとっては盲点だった。
市場の客には女性も子供もいるのだ。
甘いものがもっとあってもいいはずだ。
アイスクリームが導入予定だが、まだ実現できていない。
冷凍庫、ショーケース、ディッシャー、カップ、コーンなど元々ないものばかりで、販売者側も慣れないし、このままでは買う方も分からないものは買わないのだ。
この市場に合った形にアレンジする部分が滞っていた。
今度何か持ってきてタザーに提案しようと思うタケルだった。
タケルがふと周囲に視線を送ると、こそこそを移動する人影を見つけた。
見慣れたその人影の方に移動すると声をかけた。
「クレアさん、どうしたんですか?」
後ろから声をかけられて驚きびくーんと跳ねたように背筋を伸ばすクレア。
そして、ゆっくりと後ろを向く。
「タケルサン、ゴキゲンヨウ」
あからさまにぎこちない。
「どうしたんですか?こんなところで」
そう言いながら、手を引いてテーブルの方に連れて行く。
「よろしいんですの!?」
「よろしいって何がですか?」
「わたくし男性の・・・そう言った・・・甲斐性的な部分にはあまり馴染みがなく・・・」
クレアは訳が分からないことを言いながら手を引かれて行った。
ユウナギが座っているテーブルのところまで来たら、クレアとユウナギの目が合った。
クレアはどこに座っていいのか分からなくなった。
タケルの周辺の席は空いているが、タケルの横、タケルとユウナギの間、ユウナギの横、それとも、少し離れた別の席・・・
タケルは何のためらいもなく自分の横の椅子を引いてクレアを促した。
そうなると、その席に座らないわけにはいかない。
タケルの横に行き、クレアは挨拶をした。
「ごきげんよう。クレアと申します」
小さなカーテシーでちゃんとした挨拶ながらも、小さな警戒を見せた。
普段ならばもっと『最適解』があったかもしれないが、クレアも切羽詰まっていた。
今の彼女にできる精一杯の挨拶だった。
「ユウナギと言います」
ユウナギも少しだけ椅子から腰を上げて挨拶をした。
急に席を外したと思ったら、人込みから連れてきた小学生程の身長の女の子。
ただ、一目で育ちがよさそうだと言うことと、ユウナギに対して最大級の警戒をしていることをユウナギはすぐに感じ取った。
タケルがそれぞれの紹介を始めた。
「こちらは、お世話になっている屋敷のご令嬢でクレアさん」
「よろしくお願いいたします」
クレアが少し首をかしげて笑みを浮かべた。
こちらの一般的な女性の挨拶だ。
「こちらは、僕の幼馴染のユウナギです」
「ユウナギです」
ユウナギが改めて頭を下げた。
日本の一般的な挨拶だ。
その後、会話が進まなくて止まってしまった3人。
どうしていいか分からない空気が読めないタケル。
明日も更新は朝6時です。
よろしくお願いします。




