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距離感

 怪我人の治療が終わったならだだっ広い草原の真ん中にわざわざいる理由も無く、騎士団の撤収作業はすぐに始まった。

 仲間の癒えた姿に動く騎士たちの足取りは軽くなり意識を取り戻した者も次第に作業に加わっていきそそくさと作業が進んで行く。

 治療の手伝いしか頼まれていなかった自分だが、目まぐるしく動く人々を見ると私もなにかしなくてはと言う気分になってミュエルミーゼ様に「出来ることはないですか?」と問うと、「神官の本懐が人助けにあるのはわかりますが、主を含め助けてもらった人物に雑用までさせてしまっては、主の名に泥を塗ることになります、何より騎士の意地があるのでここは私たちに任せてもらえないでしょうか?」と要約するとこんな感じのことを優しい微笑みに確かな意思を乗せて言われては譲る以外なく。

 その上、追い打ちと言わんばかりに数少ないであろう疲労回復のポーション瓶を渡されたら素直に休むしか無くなり大人しくフレイアの馬車に向かう最中、反対側が透けるほど綺麗な緑の液体が入った瓶を頭の高さに上げて観察する。


 飲みやすいように蓋周りが細く、倒した時割れないようにと底の角が丸くされた六角瓶。ポーションを入れる瓶は時代が変わっても変化がない。

 好奇心以外で飲んだことはない液体だが、教えた神官たちは祝詞を使うと疲れが出るようで飲んでいる姿をよく見たものだが。


「どうしましょうかね。これ」


 渡された理由はそこからだろうなと当たりをつけたが、神官たちと違って祝詞を使っても疲れない私には無用の長物な訳で。気遣って貰ったものなのに返すと言う失礼な選択肢が浮かび始めたので退路を断つために開封してしまった。

 考えればとりあえず懐に入れておけばよかったのだが、開封してしまった以上は飲まねばならない。蓋を開いたポーションは長持ちせず、一日で成分が飛んでしまい水に戻ってしまうので、汗水たらし働く騎士たちの真横で飲むのを忍びなく思いながら口をつけた。

 スッキリした味わいの中に自然の香りが喉を通る。薬草などを特殊な製法で液体にしたものらしいから苦みがあると思われがちだが果実水にも劣らぬ甘みがあってそれが後味にも強く出るのだ。疲れた人なら一気に飲み染み渡るであろうが、逆に元気な人が飲むと濃縮された成分と甘みが気になってちびちびと飲むことになる。

 結果、味に満足して瓶を見れば透明な緑は半分ほど残っていた。


「……どうしましょうかねこれ」


 思わず先ほどと同じ言葉が口から出た。飲み干そうと思えば飲み干せるのだがあまりやりたくないのが本音だ。疲労回復の役割を持つだけあって様々に効くので余分に摂取したら色々と持て余してしまいそうだ。

 ただ捨てるのも勿体ないなぁと貧乏性を発生させ六角瓶を回して半分になった液体を揺らしていると三匹の精霊が瓶の周りに集まってきた。


「ん? どうしたの?」


 精霊が人工物に興味を示すなんて珍しいと思ったがすぐに合点がいった。ポーションの香りに惹かれてきたのだ。

 瓶口周りを興味深そうに飛んで仲間と当たってはお互い慣性の赴くままに流され速度が落ち着くとまた瓶口周りに戻ってくるを繰り返している。

 ポヨポヨと綿毛のような体を揺らしゆるく飛ぶ精霊に癒されると悪い考えが浮かんだ。


「……飲んでみる?」


 なんとなく悪魔のような誘いをしている気分になりながら聞いてみると三つの淡い光球は残像の光を残すほど勢いよく上下に飛んだ。

 そんなに? とその姿がおかしくて、何時もより口角が上がるのを感じながら微笑を浮かべ人差し指の先に緑の液体を垂らす。


「はいどうぞ」


 指を差し出すと半球上になった液体の周りに精霊が集まった。指に当たる産毛のようなくすぐったさを我慢していると、液体はみるみるうちに減っていき、そして無くなった。


「お味はどうでしたか? お客様方?」


 芝居がかった風に尋ねてみると時間が止まったように固まっていた精霊たちだったが、次第にその身を震わせ始め、やがてボンッ! と放出するように膨らんだ。淡い白光の見た目を、ポーションと同じ色。緑に変えて。


『ーー?――??』

「ーーくふっ、ふふふっ……あははははっ!」


 訳も分からず発散するように飛び回り始めた精霊たちが想像通りすぎて思いっきり笑ってしまう。

 浮かんだ考え通り、ポーションの効果は精霊にもあるようで、元気を持て余した精霊たちが直角に素早く右に左に上に下に……そしてこりゃたまらんと焦った感じで消えていった。


「あー、楽しかった」


 ちょっと意地の悪いことをしてしまったかなと思いながら笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭う。

 右目と左目。涙を拭う為に一瞬閉じただけだったが紙芝居を捲った次の場面のように当然と精霊たちが視界に満ちていた。


『ーー!――!』

「……あれ?」


 ぱちくりと瞬きしてみるが見えるものは変わらない。先ほどの三匹より明らかに多いその数は仮設テントで癒しの祝詞を使った時に集まってくれた数程いる。

 ……と、言うか多分その時に集まってくれた子たちだ。笑い声に釣られて再び出てきたのだろう。ぴょこぴょこと混ぜてもらいたそうに上下に飛んでいる。

 そのうちの何匹かが緑色の液体の入った瓶の周りを興味深そうに飛んでこちらを窺ってくるので、ほんの先程だと言うのにまた悪い考えが浮かんだ。


「……飲んでみる?」


 意地悪通り越して悪い顔している自信があったが、無邪気な精霊たちは上下に光の軌跡を残すのだった。 


「じゃあ、行くよ~」


 さっくり準備して精霊たちに合図を出す。数が数なので先程のように手に乗せてでは他の子が逃げてしまうかもしれず面白くな……時間が掛かってしまうので瓶の中身を空に向かって撒き散らすことにした。

 それを空中で飲んで貰うと伝えると、精霊たちは楽しそうにきゃっきゃっとはしゃいでいた……まあ、真に楽しいのはその後なんだけどね。うふふふふ……。


『?』


 この後を考えて自然と浮かぶ悪い笑みを何とか矯正すると瓶底を持って下手投げの姿勢を取る。行儀よく待つ精霊の姿を見ると、今度は悪い笑みではなく、かわいいなぁと純粋な笑みが浮かんだ。まあ、だからと言ってやめるわけではないのだけど……。

 その感情の方が純粋に悪なのでは? と言う思考が駆け抜けていった気がするが気がするだけと言うことにしておいた。


(みんなに届くように……っと)


 腕を振り上げると瓶から勢いよく撒き散らされたポーションは空に届くと雨のように粒となって降り注ぐ。精霊たちはまるで最初から位置でも決めていたかのように被ることなくそれらの下に潜り込むとその身で緑の雨を受け止めた。


(……家で飼ってた番犬の……取ってこーい。っていう感じだ)


 凄い連携力だと思うし感心もするが、地面を濡らさず出来たことを喜び上下に揺れる姿がそれにしか見えず完全に印象が上書きされた。

 まあ、彼らが楽しいならそれでいいだろうと見守っていると身を揺らしていた精霊たちは突如ピタッと全員一斉に固まった。


『――!?――!?』


 そして前の子たちと同じように緑色に変色して膨らむと、湧き上がる元気を発散するように縦横無尽に飛び回り始めた。

 ただ、数が数なので先程の悪戯が成功したような微笑ましい感じとは打って変わって、まるで炒めた豆が鍋の中で爆ぜているかのような迫力のある光景となっていた。


「ふふ……ふふふっ……」


 凄いことになってしまった……。

 風切り音まで聞こえてくる中、想像以上の成果に思わず乾いた笑みが漏れる。

 渦中の中央に居ながら不敵に微笑む法衣を来た少女……うん、絵面的に危ない。

 表情筋に効果は無かったが一周回って冷静になる。こりゃたまらんと散り散りに消えていく精霊を見送りながら、他人に見られてたらヤバい奴おるな。と思われるところだったと反省する。


(精霊と遊ぶ時は場所を考えないと、超常現象が急に起きてると誤解されかねないな。気を付けよう)


 ただ、時と場所を考えればやめる気はないので、笑みの残滓が顔に張り付いたまま馬車に向かおうと体ごと振り向いたら水晶のように丸い瞳と目があった。


「……やあ」

「見てまし……どうしたんですかその恰好?」


 冷静になって驚いて冷静になった。

 にやけが張り付いた顔をしているフレイアがこれから大工仕事をしますよ? と言う風に黒青いツナギ姿で鉄梃を持ってる姿はそれほど衝撃的だった。


「これ? 横転した馬車は王族専用やろ? 素材の都合直せんならバラして持って帰るっつう話になってなぁ~て、この話は置いといて」


 手の間の空間を横に置くような身振りで区切るとにやりと笑みを浮かべる。

 聞かれたことは答えたから自分の番やで? と視線で投げかけてくるフレイアにいきなりで感情がぐるぐる回っているままの私は笑みを浮かべた。恐らく微妙な笑みになってる。


「……どうでした?」


 なので口から出る言葉も微妙なものになった。そんな私を見てフレイアは言葉を選ぶように目を伏せると、キッと目を見開いた。


「ヤバい奴おるなって思った」

「マジですか~」


 見られたらそう思われるだろうなと言う通りの感想を真面目な表情で答えるフレイア。想像通り過ぎて他人事見たいな感想が漏れて思わず「ですよね~」と井戸端で話す婦人のような相槌が漏れる。


「ちなみに、どこから見てました?」

「どうしましょうかね……どうしましょうかね? ってところやな」

「導入からじゃないですかっ」


 最初からだった。

 首を二回傾げて声真似までする器用なフレイアに思わず大きな声が出るがフレイアは何を当たり前のことをと言いたげな表情を浮かべる。

 

「いや、距離無いし遮るもん無いんやからそうなるやろ。ちなみに途中からやけど何やってんやろ? って一緒に様子窺ってた人らもおるで?」

「えっ!?」


 確かにっ! と納得すると同時に新たな事実が出て来て体を傾けるフレイアの視線の先を見るとガーネットレッドの髪を左右の高い位置で結んだ小柄な女性騎士と藍色の髪を男性がするような短髪にしている大柄で筋肉質な女性騎士が驚いたように身を震わせたのちペコペコと頭を下げた。


「ちょ、怖い。怖いわノルン。なんて顔してんねん」

「え? どうかしました?」


 ジトッと嗜めるような視線を送るフレイアに微笑を返す。別に顔や体格、特徴を覚えておいて後でどうにかしようなんて思ってはいないですよ? ないですよ?。

 私の貼り付いた微笑を攻略するのは不可能と悟ったのか「まあええけど」と空気を変えるフレイア。視界の隅でそろそろと静かに移動する凸凹な女性騎士を見送ると空気を変えるついでに「そういえば!」とフレイアが手をたたく。


「……まだ何かあるんですか?」


 先ほどの経験から身構えるような反応をするとフレイアは苦笑しながら安全を伝えるように手振りした。


「いやいや、そんな警戒せんでも……ただ、さっき、精霊があの数集まってるのにも驚いたんやがな? ウチもう一つノルンの意外な一面に気付いたんよ」

「ほーなんです?」


 ころころと表情を変えながらまるで世紀の大発見でもしたかのように自信に満ちた表情のフレイアが何を言うか掴めないので生返事を返すと「それはなぁ……」とわざわざ溜めを作ってもったいぶるとビシッと人差し指を天に立てて言い放った。


「ノルンは精霊相手だと“ですます”付けないっちゅうことや!」

「あ~~」


 確かに、私は人々には敬語と言うか、フレイアの言うところの“ですます”をつけて喋っている気がする。

 逆に霊廟で出会った鳥や精霊には自分で言うのもなんだが柔らかいと言うか、砕けた喋りをしていたなと振り返って思うが、この違いはなんなのだろうか? 人々だけに敬語を使うのは何だか壁を作ってるように感じなくもないが、気づいたらやっていたことなので今更変えられないし。

 逆に、精霊とかの扱いは距離が近すぎてぞんざいというか、一歩引いてみればペットと接するような扱いとも思わなくもないが、これも何時からなのかわからないほど染みついているからなぁ。


「う~ん」


 普段意識してやってることではない事をそうだと気づかされると思考が巡る。

 人差し指を顎に当て考えるポーズを取るとフレイアが腕を組んで不敵に笑った。


「ふっふっふ……どうやらノルン様も無意識にやってたみたいやなぁ。観察眼もよく目利きもできる、そして可愛い。これはフレイアちゃん、商人に続いて探偵の才能も開花してしまったかなぁ~~」

「いや、それは関係ないと思いますけど……」


 尻尾をゆらゆら揺らしながら調子のいいことを言い始めたので少ない日数での経験からこれ以上フレイアの調子を上げてはいかんと反射的にツッコむ。

 おかげで考えていたことは完全に吹っ飛んでしまったが、その甲斐あってかフレイアは「まあ、今はええか」と頷いて「そんじゃ、そろそろ」と喋り始める際に足元に降ろしていた鉄梃の曲がった側面を踏んで手元に引き寄せて見せた。


「今は商人見習いで~馬車をバラしに行くかいな~」

(今地味に凄いことしたなぁ)


 半亜人らしい身体能力の高さに感心すると共にフレイアの上機嫌な音程に、商人見習いが馬車を解体することは=で繋がるのだろうか? と疑問に思いながら歩き始めたフレイアの隣に並ぶ。


「そういえば……鉄梃で解体するんですね。馬車って」

「まあ、本来なら綺麗にバラせるように他の道具も使うんやがな~今はこれしかないから力技やな」

「へぇ~」

「て、言うか今どき鉄梃って。古臭い言い方するなぁノルンは。バールって言う方が一般的やで」

「バール」


 色々と思考することも、答えを出す必要があることもあった気がするが、今フレイアと話して思うことはもう少し現代風の単語は知っておいた方がいいかも。と、言うことだった。

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