いつになるかは分からない
鳶影が狐坂の見舞いを終え、美月達がいる自宅へと帰宅すると玄関で愛咲実に出迎えられた。
二人はこれが初対面ではない。正月休みに、まだ愛咲実が今の姿になる前に一度だけ会っている。
「おかえりなさい、とびっちさん」
「…何しに来た。ゲスビッチ」
「何しにって、ここは一応私達の家なんだけど。いちゃ悪いの?」
愛咲実は陽子の娘だが、鳶影は彼女を昔の美月の姿に重ねていた。
帰ってきて数秒、少し言葉を交わしただけなのに。
「んなこと言ってねぇだろーが。くそがっ」
靴を脱ぎながら愛咲実にそう言い放った後、鳶影はリビングへと向かった。その後を愛咲実が
追いかける。
「美月なら部屋だけど」
「喉が渇いたんだよ。ゲスに用はねぇ」
いちいち帰って来たことを報告しに行くなんて、幼稚園や小学生の子供じゃあるまいし。
鳶影は愛咲実に伝えると、冷蔵庫から飲み物を取り出してコップ一杯分に注いで一気に飲み
干した。
それを横で見ていた愛咲実が「とびっちさん」と声をかける。
「その呼び方やめろっ!」
鳶影はコップを流しに置いた後、愛咲実にそう叫んだ。
恐らく、雲虎が教えたんだろう。いや、絶対そうに違いないと鳶影は思った。
「じゃあ、私の呼び方もやめてよ。私には愛咲実っていうちゃんとした名前があるんだから」
最初言いだしたのは自分のくせにとも思うが、さすがに『ゲスビッチ』というあだ名を付けられ
たら誰だって嫌がるのは当然。それに彼女の場合、見た目はもう美月と鳶影と何ら変わりもないが
、精神年齢はまだまだ幼い。
そんな彼女だからこそ、鳶影は余計に美月と重ねてしまうのかもしれない。
その大きな瞳に強く見つめられ、気恥ずかしくなったのか「あぁーもう分かったよ、んな目で
俺を見んなっ!」と、鳶影は彼女と目を逸らす。
「あっ、帰ってきたんだ。おかえりなさい」
「…ただいま戻りました」
「狐坂君のお見舞い、どうだった?」
「元気そうでした。もう起き上がっても大丈夫みたいです」
「そう。良かったね」
「あの…あっ、あいつは」
「ん?雲虎君ならお兄さんとお仕事に出かけたよ。お昼にはまた戻って来るって言ってたけど、
雲虎君に何か用事かい?」
「違うわよ、一真。雲虎じゃなくて、美月のことよ」
「あぁ~そうだったのか。ごめんごめん」
絶対わざとだ。
「美月なら部屋にいるけど…呼びに行こうか?」
「いえ、俺が部屋まで行きます」
「そう…あまり長居はしないでね」
コンコン。
「おい、入るぞ?」
ノックをして、扉を開けると美月はベッドの隅っこで壁に持たれていた。
扉を閉めた後、鳶影は彼女の近くまで来ると「何してる?」と尋ねる。
すると美月は小さな声で「ゲーム」と一言で答えた。
イヤホンを付けているが、鳶影の声はしっかり届いているようだ。
しかし、美月の視線はしっかりとゲーム画面の方を向いている。
「妊婦がゲームやっていいのかよ」
嫌味な発言が飛ぶが、美月はムッと怒ることはなく、「大丈夫。もう終わるから」と
ゲームデータを保存、耳からイヤホンを外して、ゲーム機を横へ置くとようやく彼女は鳶影に
視線を向けて「何の用?」と尋ねる。
「燐火の見舞いに行ってきた。もうだいぶ良くなってきている」
「…そう」
少し間をあけて美月は短く返事を返した。
普通なら喜ぶべきだろうが、狐坂燐火はあくまで小学校時代の同級生で友達ではない。
そのせいか、反応はかなり薄かった。
だが、鳶影はこの様子をそうとは捉えなかった。
「お前、いつまでそうやってへこんでるつもりだよ。んなことしたってあいつは戻ってこねー
んだぞ?」
「…言われなくても、分かってるわよ」
事件解決後、小森は美月達の元に帰ってきていない。
気づいた時にはもう彼の姿はそこにはなく、犬熊や小林に居場所を尋ねるも二人は美月に何も
答えようとはしなかった。
鳶影もその場にいたが、彼も小森の居場所を知らされていない。
知っているのは、二人の存在が美月を苦しめるものであったこと。
そして、謎家から教えられた『彼らは美月なしでは生きられない』ということだけだ。
「私が落ち込んでいようと、あんたには関係ない。用が済んだなら…出てって」
美月は未だ彼のことに未練が残っていた。
ただそれは、彼を選んでいればということではない。
十分話し合っていたつもりだったけれど、彼の心の中では何かしらの葛藤があり、それがもう
一人の彼によって暴露されてしまった。以心伝心・テレパシーといったものとはまたべつもので、
唯一彼が小森夜月の気持ちを分かっていた。同一の存在なのだからそれは当然のことだと言える
が、それでも美月の心は救われなかった。
そんな今の彼女に鳶影は不機嫌な顔で「いい加減にしろよ」と、ベッドの隅にいる美月に近づ
き、右手で思い切り壁をバンッ!と叩いた。
最初突然自分に近づく彼に「えっ?」とあっけらかんとした様子だった美月。
逃げようにも逃げることが出来ず、しかも壁は彼の右手で思い切り大きな音を立てられてとき
めくどころか恐怖を感じた。
そもそもこれは好きな相手だったり、恋人だったり、イケメンがする方がときめく。
だが、今自分の目の前にいるのはイケメンではあるかもしれないが、好きな相手ではない。
そして、彼は明らかにそれ目的で行っていない。
「いつまでそんな暗い顔してやがるんだよ!そんなんじゃガキが出来てもろくな親になんねぇー
ぞ。済んだこと引きずってゲームしてる暇があんなら、育児の勉強でもしてろよ、このクソゲスっ
!」
彼はまたしても美月にきつい言葉をかけてしまった。
17歳となった今でも、彼は自分の気持ちを素直に彼女に伝えることはできないのだろうか?
それとも彼女にいつか伝えられる日が来るのだろうか?




