それぞれの成長
美月が部屋に戻ると、愛咲実が「おかえり」と玄関まで早歩きで寄って来た。
「見送り終わったの?」
「終わったよ。あんたも来れば良かったのに」
「いいよ。私は美月達みたいに仲良くなかったし」
「んなの気にしなくても良いと思うけど…まぁ、もう終わったからいっか」
お見送りは自由参加。来る人は来るし、来ない人は来ないだろう。美月達は霜月達と親しくしていた
のでお見送りに来ていたが、愛咲実は途中から美月達と一緒にご飯を食べて過ごすようになっただけ
でそれほど親しいとは言えないのだ。
「あんた…また背、伸びたんじゃない?」
「えっ、そう?」
世界の危機が去った後、突然の成長期により愛咲実は外見9歳の少女ではなくなった。今では美月
の背を超えて、身体も実母似のナイスバディに進化を遂げてしまう。そのため、以前まで着ていた
洋服が着れなくなったため、彼女のスタイルが近い浦瀬や小山実凛に頼んでお古を貰ったり、デパート
で下着を購入したりと小中校の入学式の準備より慌ただしかった。
『同じ遺伝子を受け継いでるはずなのに…どうしてこんなに差があるんだ?』
急成長した愛咲実の身体に嫉妬する美月。だが、決してそんな愚痴を娘の前では溢さない。
「それより美月。今日は隼士何時ぐらいに帰ってくるの?」
「えっ、知らないよ。そこまで把握してないし」
「聞いてみてよ」
「あぁ~はいはい」
美月は仕方なく、宮木のチャットに『今日は何時に帰ってこれそうですか?』と送る。すると数秒
後に返信が返ってきた。
『いつもどおりじゃない?』←宮木
『あと、なんで敬語?』←宮木
『ごめん。仕事だと思ったらつい…』←美月
『大丈夫』←宮木
『見送りは終わった?』←宮木
『終わったよ。ついさっき部屋に戻ったとこ』←美月
『そっか』←宮木
『愛咲実が来てほしいみたいだから、仕事が終わったら部屋に来て』←美月
『了解。じゃあ、またね』←宮木
チャットはここで終了。
「いつもどおりに終わるって」
「来るって言ってた?」
「うん。言ってた」
「やったぁー!」
愛咲実は満面の笑みで喜んだ。身体は大人でも中身はまだまだ子供のままだ。
「ホットケーキの素まだある?」
「この間買ったからあるよ。卵も牛乳も揃ってる」
「よしっ!」
「…」
ホットケーキをきれいに焼けば、褒めてもらえる。
そしてそれをあーんして食べさせて「美味しい」と言ってもらえれば…それだけで幸せな気持ちに
なる。愛咲実はそれを楽しみに生きているようなもの。
…そして、夕方。宮木が仕事を終えて美月の部屋へやって来た。
「今日は愛咲実がホットケーキ作るから、食べてっ!」
「あぁ…うん。ありがとう」
気合十分な愛咲実に少しついていけない宮木。美月はただ黙って見守っていた。
「美月は作らないの?」
「あの子が作る気満々なのに、私が作るなんて言い出したら拗ねるでしょ」
変な空気になんてなりたくないというのが本音。
「まぁ、そうだけど…「出来たっ!」
喋っている間に愛咲実がお皿に乗せたホットケーキを持ってやって来る。
「食べさせてあげる」
「あっ…うん」
「はい。あーん」
パクッ。
「どう?美味しい?」
「……美味しいよ」
「良かった。まだまだたくさん焼くからいっぱい食べてね」
「…うん。ありがとう」
愛咲実はものすごく幸せそうな一方で、美月は二人の邪魔をしないようにと一人でテレビを見ていた。
宮木はこのまずい状況をなんとかしなければと思うものの、愛咲実が作って食べさせてくれるホット
ケーキをパクパクと食べるしかなかったのだった。
…数時間後。愛咲実が自分の部屋へと戻ったところで、ようやく美月と宮木は二人きりとなった。
「お疲れ様でした」
「うん」
「今日は泊まる?それとも帰る?」
「泊まる。って、聞かなくても分かるでしょ」
「いや、分からん」
部屋に来る度に毎日泊まるわけじゃないので、一応聞く必要がある。泊まるとなればいろいろと
準備しなければならないから面倒だ。
「美月、お風呂一緒に入らない?」
「…パス」
「えぇ~入ろうよ」
「私はもう寝たいのでパスです」
「こらっ、また敬語に戻ってる!」
「…バスタオル用意する」
めんどくさくなったのか、美月は諦めて宮木と一緒にお風呂へ入ることにした。先に宮木を風呂へ
行かせ、美月は後からバスタオルを持って風呂場へと向かった。
…30分後。二人は風呂から上がって身体をバスタオルで拭き終えるとすぐ寝間着に着替える。
「さて、髪乾かしてとっとと寝よう」
「寝るの?」
「明日授業あるし、朝早いし」
「僕はもう少しだけ起きてたいんだけど…「ご自由にどうぞ」
「冷たっ!?」
「…もう少しってどのぐらい?」
めんどくさいと思いつつも尋ねる美月に宮木は「1時間ぐらいかな」と答える。それを聞いて美月
は「やっぱ寝る」と答え、一人ドライヤーを取りに向かった。さすがに1時間はきついとの判断した
のだろう。髪をドライヤーで乾かした後、一人ベッドに潜り込んで就寝した。しかし宮木は諦めず、
美月のベッドに入って睡眠を妨害しようとするが、美月はそれに怒って宮木を押し倒して妨害の反撃
を行った。いや、仕返しとも言えるが…。
「大人しく…寝ろ」
「はっ…はい」
反撃(または仕返し)は、1時間きっちりで終わった。その後、美月は今度こそ本当に就寝する。
ちなみにその反撃がなんだったのかはご想像に任せよう。




