菊馬親子の会話
語り手:菊馬美月
『やぁ、美月。今日も一日お疲れ様』
『…何か用?お父さん』
私は夢の中で父に会った。いや、これは会ったというより…向こうが私の夢の中に入って来たと
いうべきか…。まぁ、それはともかく、今の私は夢の中で父と会話している。
『なんだよ。用事がないと、お父さん出てきちゃいけないのかい?』
『いや、そういうわけじゃないけど』
『だったらいいじゃないか。お父さんがこうして美月とゆっくりお喋り出来るのはこの時間帯だけ
なんだから』
『そうだね。お父さん、魂だけで身体ないもんね』
父は謎家と取引をして、密かに生きていた。身体はなく魂のみとなった父は今、私の背後霊のよ
うなポジションに納まっている。
『元に戻りたいって思わないの?』
『う~ん~…それだと、魂を入れる身体が必要になるからなぁ~』
『分かった。犬熊さんに頼んでお父さん好みの身体の人探してもらおう』
『美月。誰も人を殺してまでとは言ってないよ』
『…じゃあ、お父さんはずっとこのままでいるつもりなの?』
こうして父と会話しているが、それは自分の世界のみ。現実世界に戻ると父との会話は不可能
になる。
『お父さんは別にそれでも構わないよ。もう長いことやってるし、慣れちゃったから』
『慣れで済まされる問題か…それ』
こんなのに慣れなんてあるのだろうか?
『でも、最近このままじゃいけないなって思うようになってきたんだよね。美月がお嫁に行っちゃ
うし…』
『それって、マリッジブルーって言うんだっけ?』
『美月。マリッジブルーっていうのは結婚を控えた人がなるものだよ。もうすぐ愛する人との結婚
が近いってなると、結婚後の生活とか家族を守るために自分が頑張らないとって考えちゃって精神的
に不安定になるんだよ』
『精神的不安定…ねぇ~』
『美月。今からでも間に合うよ。結婚なんてしなくても、お父さんずっと一緒にいるよ。だから
…だからお嫁に行かないでくれっ!』
私よりも父の方が不安定だった。こんな父を私は生まれて初めて見たかもしれない。
『まだ16歳なのに……まだ16歳なのに…』
『お父さん、泣かないでよ』
『みづきがぁ……みづきがおよめに……うわぁああああああーーーーーん!!!!!!!』
夢の中で父は号泣した。それはまるでサイレンのように…。
『お父さん、私がお嫁に行くのがそんなに嫌なの?』
『嫌じゃないっ!嫌じゃないけど…まだ16歳なんだぞ?16歳で結婚なんてまだ早すぎるっ!
お願いだから考え直してくれ、美月。お願いだから…』
『お父さん、顔が近い。ちょっとでいいから離れてくんない?』
そう父に頼むと、数秒間シーンと静まり返る。そして…。
『あぁーーーー!!!!!…美月が…美月が反抗期になっちゃったぁーー!!!!!!!!』
私は顔が近いから離れてくれと言っただけなのに、父は大げさに『反抗期』と言ってまた泣き出した。
顔から出るもの全て出ていて、私はもうどうしたらいいのか分からない。だが、このままではいけない
ので、私は声を掛ける。
『お父さん。気持ちは分かるけど、私はお嫁に行ってもお父さんとずっと一緒にいるよ?』
魂のみだし。
『…』
『あれ?おとうさん?』
返事が返ってこないので、なんだか心配になる私。すると…。
『美月。お父さん…お前にお願いがあるんだ』
『お願い?』
『少しの間だけ…お前の身体を貸してほしい』
『…えっ?』
身体を貸してほしいと言われて、私の思考は一時停止。だが私は父の願いを聞き入れ、しばらく
現実世界から離れて父親の動向を見守ることになったのであった。




