第九話
「ちょっと捜査班ぶち殺してきますねえ?」
おっとりとした口調で物騒なことを口にしているのは、雰囲気が殺伐としているギルド受付嬢ことリリンだ。
完了報告の際、証拠品とベヒモス魔人化事件を伝えるとこうなってしまった。
正直ベヒモスよりも恐ろしい殺気だとヴァンは感じる。頭上に乗るクリムも小刻みに震えているから間違いないだろう。
「こうして無事だったし大丈夫だって……」
「ヴァン、気をつけろ。リリンはこう見えてランクSだ」
「マジかよおい」
おっとり受付嬢は逞しい高ランク保持者だった。
十分程度時間をかけ、暴走気味だったリリンを宥め、ランクアップ手続きに必要だから、と言われたのでギルドカードを渡す。一緒に報酬も持ってくると言っていた。
奥の扉から何かリリンではない女性の悲鳴が聞こえたのは気のせいだと思う。ギルドマスター室なんてプレートが貼っているのは、視力の低下から見えてないことに決めた瞬間だ。
ニッコリ笑顔で最初は持っていなかったケースを抱え、カウンターの上に置くリリン。何やらスッキリした笑顔が逆に恐怖を駆り立てるが、此処は突っ込まないのが身の為だと判断した。
「さて、お待たせしましたあ。今回の報酬と、ギルドカードの更新ですう。確認してくださいねえ?」
受け取ったケースに報酬が入っているらしいが、ヴァンにはこの世界での相場がよくわからない為クレアに丸投げする。
ギルドカードは縁の色が銀色になっている為、Bランクへの昇格となるのだろう。登録してから一日で、FからBまで昇格して良いのか些か不安が残る。
「おい、リリン。なんだこの報酬は」
「あらら、お気に召さないですかあ?」
「違う、多すぎやしないか? 依頼書にはベヒモス討伐完了で金貨二百枚だったはずだ」
「はい、間違いないですねえ」
ならば何故、とクレアが尋ねようとするも、先にリリンから手で遮られてしまう。いつも眠たげな瞳はスッと双眸を細め、真剣な雰囲気が伝わってくる。
「……ただし、今回はお話が全く違います。前回クレアさんが討伐した魔人ファルザーは『魔人の討伐依頼』として余裕を見てのAランクです」
「ああ、それでも金貨八十枚近い報酬だった」
「そうです。ただ、ベヒモスが魔人化したとなれば、個人へのクエストでなく、最初からギルド総出での討伐に挑まないと死者が出ちゃいます。これは間違いなく捜査班の不手際です。……ということも踏まえて迷惑料金、それとわたくしからの感謝を込めて、上乗せ進言してきた結果になります、どうぞご容赦をお願いしますー」
最後はいつもの眠たげな笑顔に戻り、ペコリと頭を下げるリリン。彼女はしっかりと冒険者の命を優先で考えて行動してくれているようだ。
「む、ならば何も言うまい……」
クレアも渋々納得し、ケースに入っている金貨を受け取った。
金貨はケースの中へ綺麗に並べられ、ぴったり五百枚入っていたそうだ。相場がわからなくてもわかってしまう程の大金だろう。
「ああ、それとヴァンさんはこれからマスターに面会して頂きたいんですがー、お時間宜しいですかー? クレアさんも同行お願いしますー」
「やっぱりそうなりますよねー」
思っていた通り不安が的中してしまい、ヴァンは肩を竦める。
先程リリンが突入した奥の部屋は、やはりギルドマスター室に違いなかった。視力はばっちりだ。
ノックなしに扉を開け、入ってから「失礼しますう」と言って除けたリリンに、ヴァンもクレアも面食らうが、称賛に値すると思う。
基本的に一介の冒険者とは無縁なマスター室ではあるが、蓋を開けてみると決して悠悠自適な生活ではないことが伺える。
ザッと見ても調度品は一級品だろうが、テーブルには書類の束しか見えていないので使っている暇はないだろう。書類整理をクエストにしたら、確実にSランクだと判断する。
「ああ、よく来てくれた。さあソファにでも座ってくれ」
「ルゥちゃん、姿が見えてないですよお?」
リリンがそう答える。声は聞こえる。書類の奥辺りから。
おそらく書類を掻き分けたその先にギルドマスターがいるのだろうが、生憎一切確認できないのだ。
とりあえずは言われた通り、ヴァンとクレアはソファに座る。何か魔物の皮を使っているのだろうか、高級感が漂っている。
因みに、何故かリリンもちょこんと座っていた。
「全く、ルゥちゃん言うなって言ってるのに……」
ぶつぶつと唇を尖らせて文句を呟いているのはリリンが怖いからだろうか。ルゥちゃんと呼ばれた人物は、ちらちらとリリンの様子を伺いながら書類山脈より姿を現した。
単刀直入に言おう。小さい。それはもう子供並に小さい。一メートル二十センチ位じゃないだろうか。先程の悲鳴と酷似した声だ。
燃えるような赤。所々金糸で装飾されているローブを身に纏い、しっとりとした金の長髪を後ろで一本に纏めている。
耳が長く、尖っていることから推測するにエルフ族か。
「おほん。改めて、王都フレーヴェルの冒険者ギルド、ギルドマスターを務めているルーナリア・フォン・グロッグスだ。以後よろしくな」
咳払いをし、自己紹介。屈託のない笑顔に、明るい性格なんだろうと印象を受ける。
「ルゥちゃんって呼んであげてくだいねえ?」
「それやめろっちゅうに! しかもなんでお前まで座ってんの!」
ちゃちゃを入れるリリンに、ルーナリアが地団駄を踏みながら反論する。子供のような反応をするから弄られていることに本人が気付いていないのだろう。微笑ましいので突っ込まない。
「で、ルゥちゃん。俺が呼ばれた理由は?」
「お前もルゥちゃん言うかっ」
「じゃあルーナリア様」
「ボクが悪かった!」
悪戯心から敬称付きで呼んでみたら凄まじい拒否反応を見せてくれた。クリムも面白いのだろうか、頭の上でぽよんぽよんしている。クレアはというと、頬がちょっと引き攣っていた。
「まあ、ルゥちゃんと呼んでくれ。それで呼び出した理由だが……まあ察しているとは思うが、一日でBランクまで昇格するのはギルド発足から初めてでな。どうしてくれようかと呼んでみた」
対面の一人掛けソファへ座り、ルーナリアが想定通りの内容で呼び出したことを説明し始める。




