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紫光の魔導書  作者: しぇりー
――第二章―― 奴隷の刻印と女神の隠し事
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第三十四話


 滑らかな銀髪が光沢を放ち、緋色の瞳は凛としている。いつものような旅装でも曇りなく磨かれた白銀の鎧でもなく、血に塗れたと表現するのが正しく、禍々しい気配を漂わせる鎧を纏っていた。

 いつも腰に差し込み、愛用している黄金の剣は手元に無く、代わりに鎧と同様、生き血を啜ったかのような剣を腰に差し込んでいる。


 ――クレアは真一文字に口を噤み、ヴァンを見詰めていた。その双眸に敵意は一切無い感じられない。


 ヴァンの隣に立つレティは瞳を瞑り、腕を組んでいる。横目でチラリと見ると、納得したかのような表情をしていた。対照的にヴァンは何が何だかさっぱり状況が理解出来ていない様子。


 それもそのはずだ。


 宴会をしたのが昨日。ぐでんぐでんになったレティやクレアを必死に宥めて寝かし付け、精神的に疲れてしまったヴァンはピクリとも動かなくなったクリムを頭に乗せて、一足先に宿へと戻ったのだ。


 慣れない旅から帰還するや否や休む間もなくレティと模擬戦。お互いに本気ではないにしろ数時間も戦い続け、そこから宴会でどんちゃん騒ぎをして、と自覚していた以上に疲労が激しかったようだ。何よりも心から楽しめたので不満は一切ないのだが。


 今にも寝転んでしまいたいと言う欲求を死ぬ気で抑え付け、宿に到着した瞬間記憶を手放した。起きた頃にはとっくに昼を過ぎており、昼食を摂る為部屋を出ていこうとした所、クレアとレティに出くわした。


 突如現れたクレアは既に真っ赤な鎧と剣を身に付け、隣を歩いていたレティは相変わらず豪奢な金髪を煌めかせており、最初のような武闘装衣(キュラッサ)を着ていた。心無しか両者ともに覚悟を決めたような表情で、二日酔いの影響なのだろうかと困惑した程だ。


「ヴァン。クレアがね、大事な話、あるみたいよ?」

「お、おう、どうしたよ?」


 無言が続く宿の一室。耐え兼ねたのだろうか、レティがおもむろに口を開いた。話を振られたヴァンは肩をビクッと震わせるも、クレアへと目線を移動した。クレアの体はよく見ると小刻みにふるふると震えており、腰に差している剣がカタカタと音を立てていた。


「この前、ヴァンから聞いた話。お姉さんが亡くなった話だな。私はそんな悲しい過去を話してくれて嬉しく思っている。だから……だから私も過去を隠したくないんだ。聞いてくれるか?」

「――当たり前だろ? 俺はクレアがどんな過去を持っていても相棒(パートナー)を辞めない。辞めてなんかやらない」


 真剣なクレアの声色に、ヴァンは姿勢を正し腹を括る。本人から今までに聞いた話は圧倒的な強さ。莫大な魔力を持ち、教えたことは湯水のように吸収し、魔力の操作、精度、練度も桁外れ。

 もちろんヴァンや身の回りに居る魔王たちと比較してしまえば劣るだろうが『普通の人間』としては恐るべき力を保有している。


 何かしら『隠している』ことはあると薄ら感じては居たが、そこまで突っ込む必要もないと感じていた。いつか本人の口から、話したい時に話してくれるはずだと信じ、いつまでも待っているつもりであった。


 それが予想よりも早くなっただけだ。何も問題はない。例えどんなに悲惨な内容であっても、悲しい過去であっても、話すことによってクレアが傷ついてしまったとしても。ヴァンは自分に出来ることを出来る限り行い、必要であればその身を削ることすら全く躊躇しない。

 これが、この感情がどんなモノなのか皆目見当もつかなかったが、今はそれでも良い。そんな『答え』よりも、必要としてくれている『誰か』が居るのなら、ヴァンは喜んで命すら差し出すだろう。


 元を辿れば『もう死んだはずの身』だ。再度失ったとしても構わない。そんなことはクレアも、恐らくは隣に座っているレティも望むはずはないだろうが、いざとなればそうするつもりだ。心残りはこんなに生きることが楽しいと自覚してしまったことだろうか。


 そんなことに思考を巡らせていたヴァンだったが、ふとクレアを見ると口元に笑みが浮かんでいた。自身の眉間に違和感を感じ、撫でてみると、ずっと皺を寄せていたのか跡になってしまっていた。少し気恥ずかしくなってしまい、俯く。


「ふふ。やはり君は優しいな。そんなことを言われると、うん。嬉しいぞ。でも正直嫌われるのが怖い。出来れば話したくはなかった。だが――」


 そこで一端区切ると、クレアはヴァンに合わせていた目線をレティに移し、小さく頷く。それに合わせ、レティも小さく頷き返していた。


「私は過去を君に話し、これからもずっと相棒(パートナー)で居続けたい。くだらない話になるだろうが聞いてくれるだろうか?」

「ああ。俺はどんなことでも受け止めてみせるよ」


 再び視線が交差する。改めて見詰められると照れてしまうが、今度は逸らしたりしない。レティも事情は知っているのだろうが、一切口を挟まずに見届けてくれている。


「ありがとう。どこから話したものか迷ってしまうが……。生い立ちから話そうと思う。要約出来ていなくて申し訳ないが、聞いてくれると助かる」









 話はおよそ二十年前に遡る。舞台は王都フレーヴェルから遥か南に存在する、一説によると即時にでも他の国家と戦争できるレベルの戦力が常駐していると言われる程のクロウディス帝国。各地に存在する王国や帝国、共和国等、数多存在する中でも『魔導兵器』を作成することに特化した国家だ。もちろん各部隊の強さも然ることながら、巨大なゴーレムサイズの魔導機は持ち運ぶことに難色を示すも、破壊力は折り紙付きだ。


 そんなクロウディス帝国の首都、クロウディアに生を授かった銀髪緋眼の見目麗しい赤子。それがクレア・セラフ・ローデウス。彼女は帝国の中でも有数の官僚であり、伯爵家でもあるローデウス家の長女として生まれたのだ。


 両親は涙を流しながら非常に喜んだ。医師からは子を授かるのは難しいだろう、と診断されており、諦めかけていたのだ。子供が産めない体。それは一般的な家庭ならばまだしも、高官でありながら伯爵家としての地位を築くローデウス家にとっては一大事だったのだ。

 そんな状況の中で授かった子供。喜ばないはずがない。もちろん、父親は出来ることであれば後継として男児を望んでいたのだが、生まれてきた我が子を見るとそんな思惑はどうでも良くなった。


 過剰とも言える愛情を注がれ育つクレア。すくすくと育ち、歳が三つになる頃、帝国では常識となっている『魔力適正』の検査が行われる。水晶で作られた球体に手を置けば、体内に存在する魔力から属性と量を計測出来ると言う優れものだ。

 帝国軍武力部門高官の父親と、帝国軍魔法部門の頂点に君臨する母親。そんな二人の子供ともなれば周りの期待も際限なく高まり、クレアは知らず知らずの内に期待されていた。



 ――そして測定日が訪れる。それが悪夢の始まりだった。



 クレアは属性、魔力共に『普通』だったのだ。今までの歴史上、水晶が現す結果はそれこそ奇跡でも起きない限り覆ることがないと言われる正確さ。両親や伯爵家に仕える者たちは「それがどうした」と気にする素振りなど無かったのだが、この不甲斐ない結果に納得しない者たちが居た。


 伯爵家に恨みを持つ貴族達だ。伯爵家ともあろうものが平々凡々の力しか持たぬ子供を育てるとは何事か、と。


 様々な貴族たちが手を組み、伯爵家を陥れる算段を企てていた。結局は己の野望の為だけに協力し合い、ローデウス伯爵家に濡れ衣を着せたのだ。言い訳すら出来ない程、綿密に練り上げられた濡れ衣は罷り通ってしまい、伯爵家は『没落』した。


 父親、母親は処刑され、まだ幼かった彼女は『感情』を無くしてしまう。

 それすらも利用してしまおうと画策した貴族――まさかのローデウス家と親戚関係を持つ貴族だったのだが、クレアを引き取ると、帝国へと『献上』した。クレアの親権を持っていることを盾に『殺戮兵器』として『改造人間』にしても構わない、と帝国軍『魔導機』研究部門へと差し出したのだ。


 帝国軍には『警備隊』や戦争を生業とする『師団』に魔法使いが所属する『魔法団』、さらには諜報を得意とする『隠密部隊』等、様々な部署が存在する。その中でも有名なのが『騎士団』だ。

 高位な者が多く所属するエリート部門。そこには親の七光りだとか、見かけや過去の経歴だけと言うお飾りはただの一人として存在しない。


 さらに『騎士団』の中でも選りすぐりのみを選出して作られた『帝国守護騎士団(ダイアル・ナンバーズ)』彼らは『生身のまま』魔導機を体に埋め込まれ、まさに『生ける兵器』を化した存在。


 紛れもなく、あらゆる意味で帝国軍最狂の騎士団だ。


 才能の有る無しに関わらず、あくまでも『魔導機』との相性次第で『殺戮兵器』と化す危険な研究の賜物だった。

 騎士達によっては記憶を操作され、過去を消され、中には人格までも破壊され尽くした兵器を秘密裏に作り上げていた恐怖の国家。


 そんな『帝国守護騎士団(ダイアル・ナンバーズ)』に現れた年若き少女。当時頭角を現したのは僅か五歳の時だ。あどけない顔立ちにも関わらず、表情は皆無。大きな瞳に光は無く、焦点すら合っていなかった。


 魔物だろうが人間だろうが、種族問わず命令されるがままに殺戮を繰り返す少女に与えられた席は――『第零時席(ゼロ)』だ。本来の『帝国守護騎士団(ダイアル・ナンバーズ)』は第一時席から第十二時席までの十二人構成から成り立っていた。しかし、突如現れた少女の実力は凄まじく、瞬く間に頂点へと上り詰めた。


 それが、本人の意思では無かったにしても、だ。


 『帝国守護騎士団(ダイアル・ナンバーズ)』として暗躍することおよそ十三年。クレアが当時十八歳の時である。膨れ上がった戦力を持て余した皇帝は、遂に愚かな選択をすることとなる。


 『魔王』を討つ、と。


 クロウディス帝国から南に広がる広大な樹海の主。それが序列第三位。終焉の艶姫エンド・オブ・クイーンと呼ばれるレティ・ルーンヒルドだった。


 その愚かな考えが、彼等を破滅に導いたのだ。

 不可侵条約を交わしたはずの帝国。レティの統治する樹海は、国ではないものの、追放された人間や獣人、魔物や魔人が共存する共和国のようなものだった。そこへ侵攻を開始する帝国。

 如何にレティであっても、反撃しないわけにはいかなかった。


 先頭切って攻め込んできた『帝国守護騎士団(ダイアル・ナンバーズ)』が傀儡とされ、手足のように使われていることに気付いたレティはさらにブチ切れ、まさに魔王の怒りが爆発した帝国は『帝国守護騎士団(ダイアル・ナンバーズ)』はもちろん、当時の皇帝や重鎮、貴族を徹底的に潰されることとなり、再度不可侵条約を結びつけたという訳だった。


「――レティのおかげで記憶を取り戻したのがつい二年前なんだ。そこからは知っての通り、旅を続けている。傀儡とされてはいたが、私はこの手でいろんな者たちを殺めている。汚れ切ったこの剣や鎧は自分自身への戒めなんだ。それでも……それでも君の隣に居て良いだろうか……?」


 悲痛な声色で聞いてくるクレア。気付けばヴァンは目を閉じていた。帝国に対する怒り、レティへの感謝、クレアへの思い。いろんな感情が渦巻き、今にも爆発してしまいそうだった。血が煮え滾り、過去の皇帝や関与していた貴族が存在しないことは頭で理解していても、クロウディス帝国を跡形もなく焦土に変えてやりたかった。


 そしてさらに気付いた。出会った日。彼女が魔人と倒した直後、垣間見えた表情に。その思いに。


「クレア」

「む、なんだろうか……?」

「これからは俺が守ってやる。守ってやるから……ごめんな?」

「な、何が――」


 素直に『守る』と言い切ったヴァンに同様を隠せないクレア。それと同時に、ヴァンの全身から膨れ上がる魔力を感じ、身を強ばらせた。


「――『神判(マアト)』」


 クレアの周りに幾つもの純白なる翼が現れ、覆う。『神の審判』と創造し、具現化させたものだ。一枚一枚の翼がすっと消え、クレアが再び姿を現す。


「な、何が……ぇ?」


 小さく驚愕を口にするクレア。彼女が身体に変化が無いことを確認すると、装着していた血塗れのような鎧に剣は形はそのままで純白に染まり、神々しいモノへと昇華していた。


「ほら。なんつーか、さ。やっぱクレアはそういう綺麗な色合いの方が似合うじゃん? さっきの魔導書(グリモア)は本人の深層心理を読み込んで、具現化させるように作ってみた。それを剣と鎧に適用したんだけど……嫌だった?」

「そんなわけあるか! ……嬉しい」


 赤らめるクレア。対照的に頬をポリポリと掻き、照れ隠しとばかりに後ろを向いた――が、レティがニヤニヤしてこっちを見詰めていた。








 

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