第三話
正直な感想を言うとすれば『活気に溢れている』だ。もはや時刻は夜中になるはずであるが、ギルドは人で溢れている。
四人体制で依頼の発注、完了報告、ギルドカード発行受付、報酬の手渡し。休む暇が無さそうで、見ているこっちが疲れてしまいそうである。
さらに、食事処でもあるのだろう、見るからに筋骨隆々な戦士、ローブを着込んでいる為おそらくは魔法使い、果てには猫耳、犬耳等の獣人から耳が尖っているエルフまで。
様々な種族が食事をしたり酒を嗜んでいる様子が伺える。雰囲気は剣呑では無い為、一安心だ。
ヴァンは子供のようにあちらこちらへと視線を動かしていた。
深い森の中を凄まじい速度で踏破し、休みなく冒険者ギルドへ駆け込んだ。同行者曰く「あれは徒歩じゃない、もの凄い魔力が足を覆っていた」とお言葉を頂いた程に興奮していたのだろう。
さて、最初の目的地である冒険者ギルドに到着するも、ギルド登録受付が大変混み合っていた為、まずはクレアの受注依頼を報告することにする。
「クレアさん、もう完遂したんですかあ?」
間延びした女性の声が聞こえる。やはり最初に思った通り疲労が溜まっているのだろうか、眠そうな顔に見える。しかし、眠そうだがニコニコしている。実に器用だ。
「ああ、リリン。これが証拠部位だ」
コト、と。カウンターの上に手の平サイズ程はある巻き角を二本置く。討伐した魔物の特定部位を持ち込むことによって完了とするのだろう。
「はあい、確かに。『魔人ファルザー』の頭角ですねえ。お疲れ様でしたあ」
棚から革袋を取り出し、クレアへ差し出す。おそらく討伐報酬だろう。相場がわからないので何とも言えないが、擦れる金属音からして相当な枚数が袋の中に入っているのは間違いない。
「思ってたより弱かったからな。魔人にしてはそこまで手応えがなかった」
「えっ、もしかして俺が見た時のデカい奴が魔人?」
ヴァンは驚愕する。まさか森で戦闘していた相手が魔人だとは思っていなかった。
そもそも魔人とは、魔物がある種の条件を満たすことによって『進化』する、と言われている。戦闘能力は魔物の頃とは比較にならない程上昇し、知能も発達するのだ。ヴァンが居た世界でも魔人の強さはもちろん、凶暴性、知能等からして並の魔法使い一人で立ち向かうのは厳しいとされていたはずだ。
「ファルザーは魔人へ進化したばかりみたいだからな。あの程度なら私一人でも十分討伐対象さ」
「クレアさんは強いですからあ! ……あれれ、どちら様ですかあ?」
自分のことのように自慢する。今更ながら隣に居たヴァンに気付いた様子だ。不思議そうな表情で首を傾げている。
「ヴァンと言います。今日は冒険者ギルドに登録しようかと思いまして……」
「先程この近くで会ってな。リリン、あっちは混んでるから今登録もして良いか?」
「ヴァンさん、ですね。よろしくお願いしますー。もちろん、わたくしで良ければ登録しちゃいましょう!」
わざわざ立ち上がってお辞儀するリリン。おっとりとした性格は、きっとこのギルドで重要な役目を果たしているだろう。主に男連中から。
カウンターに常備されている登録用紙を差し出される。
「それでは此方に、お名前と年齢、魔法使いさんなら得意魔法、戦闘職さんであれば得意な武器を記載してくださいねえ」
「どっちも使う場合は?」
「その場合はどっちも書いちゃってくださいー」
ニコニコしながら「あ、忘れてましたあ」とペンを差し出される。
ササッと書いてしまい、提出する。言葉が通じるのだ、文字も問題なく通用するだろう。念の為、チラリとクレアを見たが、頷くだけであった。何故か腕を組んでいるのは気にしない。
「はあい、それではギルドカードを発行して来ますので各種注意事項を読みながら少しだけお待ちくださいねえ」
そういうと真後ろに設置されていた扉を開け、中へ入っていった。
「クレア」
「む、どうした?」
「いやあ、よく考えたらギルドについて詳しく聞いてないなあ、と……」
注意事項が記載されている用紙に目を通しながら聞いてみる。主に気を付けるべき所は大まかに四点程だろうか。
一、ギルドカードは身分証明ともなる為、破損や紛失には注意すること。また、カード発行後、持ち主の魔力を通す為、偽造は不可。再度発行の場合には金貨一枚とする。
二、ギルド内にて、不要な争いは厳罰対象となる。ただし命の危機や、やむを得ない状況の場合は不問とする。
三、パーティーを組む場合、最上級ランク保持者の依頼に同行可能とするが、その際に起きた怪我や死亡について一切責任を負わないものとする。
四、上記と同様、依頼受注時における死亡等も本人の責任とする。
「まあ、基本的には注意事項と同じだな。何でも自己責任、当たり前ではあるが……」
「そりゃそうだな。……あれ、もしかして俺って最低ランクから始まるの?」
注意事項に目を凝らすと、カード初回発行時、ランクはFより開始。と記載を見つけ、少し落ち込む。クレアも苦笑いを浮かべていた。
その時、奥の扉からリリンが戻ってきた。手には四角の白いカード。
「はあい、お待たせしましたあ。これがヴァンさんのギルドカードになります!」
「ありがとうございます! カードに魔力を通せば良いんでしょうか?」
「そうだ。そうすることによってカードへの認証が完了となる」
クレアが告げる。受け取ったカードへ言われた通りに魔力を少しだけ通してみた。
「……えっ」
――パキッと。発行したばかりのカードが粉々になっていた。
「すみません……。壊れちゃいました」
クレアとリリンは目を見開いたまま固まっている。壊したヴァンは冷や汗をかきながら注意事項、其の一が頭の中に反芻している。
「ど、どうしましょうか……」
リリンが戸惑っていることだけは把握出来た。