21歳・結婚
「…どこだここ…」
フィラが起きて思った感想だった。
どこか客室のようだがフィラの大事にしていたぬいぐるみがベッドの上に転がっている。それに、開けっ放しのクローゼットには服が掛けられている。もちろんフィラの私物だ。
それに、ベッドがふかふかだ。絶対に高いという確信が持てる。
そして、隣にはまだ夢の中にいるであろう夫となる人。なった人が正しいが、フィラにはあまり実感がない。
フィラは自分がどこにいるのかを思い出すべく記憶を辿る。
昨日はテイルにブーブー言われながら荷造りを手伝ってもらった。フィラの荷物は大して多くないがパズルのように敷き詰めていくのはテイルの方ができるからだ。ねーちゃんが家出るとか聞いてねぇし…あの男絶対に会ったら睨んでやる……とブツブツいいながら手伝ってくれた。なんだかんだ優しいのだ。
そして、やってきたのは貴族の本邸が建ち並ぶ貴族街……では無く、その別邸が建ち並ぶ場所だ。
一応昨日から男爵夫人、そして筆頭の妻という訳だ。
「……出世したなぁ」
フィラはほわわんとした感想を抱きクローゼットの前に立つ。入っているのは自分がいつも着ているワンピース達だ。貴族の屋敷に行くのだから、となるべく綺麗めなものを選んできたがこの部屋には似合わない質素さだ。ちなみに、今はお客さん用に置かれていたのかナイトガウンを着ている。昨晩、初めて着たので手間取ったがこれももふもふだ。
フィラは持ち合わせている服と家の差に困りつつも、服は着ないと出てはダメな気がするので適当に選ぶ。正直どれを選んでも変らないだらう。
いつものように選ぶが、鏡が目に入った。鏡は高価だ。フィラも学園以外では初めて見たのだ。姿見と言われる種類だ。何となくフィラは服を持ち鏡の前で合わせてみる。
(……贅沢な事してるなぁ)
フィラは鏡の中の自分をまじまじと見てみる。寝起きなので跳ねに跳ねまくっている寝癖。これはどうにかしなくてはならない。
ナイトガウンを解いてしまったので自身のシュミーズ姿が写っている。なんの面白みの無い身体だ。これのどこが良いのかよく分からない。
持っている服は白色とベージュのワンピース。多分、持っているの中で一番良いものだ。だが、やっぱりこの屋敷では貧相に見える。
最近猫に引っかかれた痕。お庭に遊びに来ていたので眺めてたら引っかかれたのだ。多分、反抗期だったのだろう。
身体のあらゆる場所に咲き乱れている赤い華。これには何も言うことは出来ない。
自分自身で変なダメージを負ってしまったフィラは服に腕を通す。
「…別邸でも広いな…」
扉を開けると目の前には似たような部屋。その隣にもその隣にもだ。奥の方を見ればどこもかしこも客室だ。
「…か、階段…階段探さないと」
フィラは扉を閉めてちょこちょこと歩き出す。一本道なのでまだ良いがこれが枝分かれされるとフィラは迷子になる自信しかない。
「にしても…同じような扉ばっかり」
同じ客室だからかどれも茶色の重そうな扉だ。彫刻で紋様が彫られているがフィラにはイマイチ分からない。
そのまま進んでいくと階段があった。
ぱぁぁと顔を明るくして階段を降りる。階段を降りれば大きな玄関に窓、それと部屋がある。窓の外からは貴族街と小さなお庭が見える。
「……起きたはいいものの……何すればいいんだろ」
貴族の夫人なら寝てそうだが生憎フィラは自分で料理や掃除をする平民だ。遅くまで寝てる方が難しい。
フィラは悩んだ末キッチンに立ち入り事にした。
キッチンには立派な棚に謎の機械がある。好奇心で開けてみると冷たい冷気がフィラに吹き込んでくる。
「…?なんだろこれ」
中にはほとんど何も入っていない。ここの家主の性格を表していそうだ。
困り果ててしまったフィラはかろうじてすみっこに追いやられていたキャベツを救出する。キャベツさえあれば料理の半分は作れると思っているのだ。
棚には籠に入ったバケットもある。お昼ご飯なのかもしれないが勝手に拝借する事にする。怒られたらごめんなさいしようと決め、包丁を取り出した。
♧♧♧
フィラはあっという間に三品ほど作り上げてしまった。食材は無いくせに調味料は何故かあるのだ。どれも違うものが一つの籠の中に追いやられていた。コンソメも見つけてしまったので使った。古い物は捨てている事を信じて使ったのだ。これで怒られてもフィラは知らないフリをする。
「あとは…フォークとかか」
フィラは棚を漁る。雑なところもあるが几帳面な人だ。きっとどこかにあると確信を持ってフィラは棚を開けては閉め、開けては閉めを繰り返している。
「むむっ…ない。ないぞっ」
「何がですか」
「きゃわっ」
突然の声にフィラは変な声を出して跳ね上がる。声の主は分かっているがびっくりしすぎて心臓の鼓動は早くなったままだ。
「こんな朝から何をしているのですか?」
「朝食っ、作ってました…」
「お体は大丈夫なのですか?」
「げ、元気!すっごい元気!」
へぇ、となんとも言い難い反応をされてしまった。
少し視線を上げてみればいつの間にかフィラの方を見ていたマリノと視線が合う。いつもとは違いだいぶラフだ。ワイシャツこそ着ているもののネクタイはせずボタンも二つほど開いたままだ。世の女の子たちが見たら倒れてしまいそうだ。こういうものを色気というのだと昨晩散々知ってしまった。サクリの話は本当だった、と思いながらも悔しいので睨んでおく。
「人誑し…」
「勝手に溺れてるだけでしょう」
恨みの念を込めて睨むとあっけらと興味無さそうに返される。一体この人の友好関係はどうなっているのか知りたくなってしまう。実際はとても狭い事をフィラは知っているがそれはそれだ。
朝と夜はコンタクトでは無く眼鏡を掛けているようだ。それも相まってフィラにとっては大人過ぎる雰囲気を感じている。
「そんなに見られても困りますよ」
「はへ!?」
「マジマジ見られても何もありません。それともこういう方がお好きですか?」
襟の方に指を入れて少し引いている。
フィラにはそんな耐性は無い。色恋にも耐性は無いのだ。そんな物を真正面から浴びてしまうと頬が染め上がってしまう。
フィラは初めの目的フォークやスプーン探しを諦めた食器を持って逃げ出した。
どうせ、同じ家のいるのだから顔はまた合わせると分かっていても一人の時間は大事だ。体制を立て直さなければ絶対に不味い。
「頑張れ頑張れ…うぅ、そんなチョロくない…チョロくない…」
フィラは頬を抑えて少しでもほてりをどうにかしようとする。茶化されるのは今もあまり好きではないのだ。だが、少しだけ慣れてしまっているのは内緒だ。
フィラが頑張って火照りを抑えていると後ろから体重がかけられた。フィラでも耐えられる程のだが、逃がす気は無さそうな掛け方だ。
「……そ、そうゆうのっ、お断りしてます!」
「私はセールスか何かですか」
くすくす笑っているのが分かってしまう。とても楽しそうだ。
「な、なんか変だよ……今日というか前からというか…」
「婚約してから私は上機嫌なんですよ」
「そんなに前から!?」
「好きな方と添い遂げられるのですよ。嬉しいに決まってます」
フィラが照れてしまい何も言えずにいるとそのまま頬に口付けられる。恋愛において反応しては負けだと思っているフィラはされるがままだ。
そのまま、ゆっくりと唇が触れる位置は下がっていく。
(……こ、こんな人だったっけ……。なんか…うん、良くない!)
どうにかしてここから逃げ出そうとするが、男と女の差だ。逃げられるはずがない。まず体格が違う時点でフィラに勝率は無いのだ。身長の差があり、力の差もある。
それに、マリノは絶対にフィラを逃がしてはくれない。
考えに考えた末、フィラはマリノの方を向いた。どこか愛おしそうに慈愛とも言えそうな表情をしていた。
「…、ちょ、朝食作ったのっ、冷める!」
フィラの精一杯の抵抗が効いたのか抱きしめられていた手は離された。
「……ほ、ほんとにやっていけるかなぁ…」




