第3話
「……多いな」
転送された場所は名も知らぬ街の広場だ。ここにいるのは目算だが一万のプレイヤー。たぶん、何分割かしてしてイベントの説明をするんだろう。
数を絞ったと言っても数は十万、この広場にいっぺんに存在することは出来ない数だ。
「てか暑い」
とてつもない人口密度、その所為か暑さが尋常ではない。こんなところまでリアルに再現しなくてもいいだろうに。熱中症で倒れるぞ。
そんな心の愚痴をこぼしていると、広場の中央に巨大な何かが出現した。
「お、やっと始まりか」
現れたのは人型の何か。不気味な物体だが、この暑さから解放されたいと思う俺はあまり深くは気にしない。
『ようこそプレイヤーの諸君。私はこの世界の王、カルセドニー。以後お見知りおきを』
丁寧な口調で自己紹介をする物体。見た目の不気味さとは反対に礼儀正しい感じの設定か。
『さて、それでは君たちに今回のイベントについて説明しようと思うけどその前に…………人を殺した気分はどうかな?』
「……は?」
カルセドニーの発言に、広場がざわついた。
それもそのはず、いきなり人を殺した気分はどうかと聞かれても、訳が分からない。
俺はもちろん、この場にいる人間は誰一人として人を殺したことなどないはずだ。
『ピンと来てない感じかな? ならわかりやすく言おうか。ここにいる一万人は、さっき人を殺したんだよ』
ますますわけがわからない。
さっき人を殺した? そんなことを言われても、俺たちはついさっきまでチュートリアルというには雑すぎるバトルをしていただけ……そのことを言っているのか?
だとしたら悪趣味にもほどがある。
確かに対戦相手のあの苦しみよう、罪悪感を感じたことは認める。だが人を殺したなどという感覚と結びつくものではない。
この世界では何度もリアルなとこに驚き、喜びはしたものの、そこまでリアルと同じだとは思わない。ゲームだからこそ人にナイフを突き刺せた。ゲームだからこそ殺せた。
ゲーム内のバトルの結果を人殺しなどと言っていいものではない。
「ふざけんなよ! 王とか言ってるが、お前アースの関係者だろ!? 売れて調子に乗ったのか知らねえが、んなことまで言う権利はてめえらにはねえぞ!」
一人の男が、カルセドニーのあんまりな発言に怒号を飛ばす。
それに付随して、同じように文句を言う人間が続出する。
あれほど楽しみだったゲームなのに、こんな形でケチをつけられるとはな。
だが反省はするべきだ。文句を言っている奴らの言うように、人を殺したなどとは言われたくない。そんなことを言われては気分が最悪だ。
『そうは言ってもね、みなさん本当に、人を殺したんですよ?』
「……なに?」
カルセドニーの含みのある言い方に、文句を言っていたプレイヤーたちは黙りだした。何人かはいまだに文句を言い続けるが、カルセドニーの言葉が気になり、ざわつく。
そして、不安になる。
『では皆さんに明かしましょう。この世界で死ぬと、本当に死ぬんですよ』
……本当に、死ぬ?
何をバカなことを。ゲーム世界での死が、本当の死?
そんなことがあっていいはずがないし、できるはずもない。
ゲーム内で死ねば現実で死ぬなどありえない。何かの小説でハードそのものに細工をして殺人を可能にしたという話は聞いたことがある。
だけどブレインコネクターは一社で作ったものではない。アースが基盤となる技術を作りはしたが、複数の企業が絡み合って生まれたのがブレインコネクターなのだ。
もしも本当に殺人機能があれば、それは名のあるゲーム会社すべてが殺人に関与したことになる。そんなこと、ありえない。
あっていいはずがない。
「ふざけるのも大概にしろ! 一体、どうやって殺すって言うんだ!」
『みなさんは、ショック死というのを聞いたことがあるかな?』
激情を露わにするプレイヤーとは真逆の、冷静な態度で語る。
『平たく言えば、人は耐えきることのできないショックを与えられれば死ぬ、ということですね。とても簡単な説明ですが』
「それが、何だって言うんだよ?」
『つまり、あなた方はさきほどバトルした相手に、その耐えきれないショックを与えたということなんですよ』
……まさか。
まさかまさか!?
俺は気付いてしまった。あくまでも一つのゲームとして、プレイヤーを殺す方法を。
「まさかてめえ! ペインフィーラー設定を変えたのか!?」
疑問を確信に帰るために、俺は叫び、問いただした。
『知ってる人がいましたか。もしかしてあなた、ゲーム会社志望?』
茶化すようなカルセドニーの態度で、俺は確信した。
VRゲームには、ペインフィーラーという機能がある。平たく言えば、痛覚設定だ。
それを操作すれば人間に耐えきることのできないショックを与えることが可能ということ。それならば、複数の会社と共同設計した物であっても、気取られることなく殺人の機能を付け加えることが可能だ。
元々安全のため、ゲームの機能としてつけられていたのだ。その上限設定をいじるだけ、それだけで限界など簡単に超えられる。
俺の怒号でプレイヤーたちは途方もない不安に襲われる。
人を殺したかもしれないという不安に。
「ホントに……いや、そんなのデタラメだ! 実際にある機能を、都合のいい解釈をしているだけだ! 利用してるだけだ!」
認めようとしないプレイヤーたち。それもそのはず、物語の世界ではちゃんとした理屈で死ぬと明言されている。
だが今の俺たちは、ショック死という曖昧な物で殺したなどと言われている。
信じない。信じたくない。
死ぬ理論を述べた俺でさえ、いまだに信じたくない。
俺が人を殺したなど。
『こんな話を聞いたことはないかい?』
プレイヤーを無視し、カルセドニーは突然と語り始めた。
『ある患者は重い病気だと診断された。癌だとね。余命は数か月と宣告され、さぞ落ち込んだそうだよ。そしてその数カ月後、本当にその患者はなくなった』
「……普通の話じゃねえか」
『問題はその後だよ。死後、実はその医者の診断が間違っていたことが判明した。本当はその患者は健康そのもの、普通にあと四十年は生きられただろうって話さ。つまり、人は思い込みで死んじゃうってことさ』
「……その話、知ってる」
プレイヤーの一人が、カルセドニーの話を肯定した。事実として人は思い込みで死ぬことがあると。
『君らの意識は今この電脳空間に存在している。つまり、脳は痛みを知覚するってことだ。思い込みでも死ぬことはあり得る、なのに君たちは実際に痛みを味わう。それも死ぬほどの痛みだ。この中の何人かは、この世界の痛みが現実と何ら変わりないって分かってるんじゃないかな?』
そうだ、確かにこの世界の痛みは現実と同じだ。頬を切られただけの微小な傷、それでも俺は痛みを感じた。現実と同じだと結論するほどの痛みを感じたんだ。
そしてヘマの苦しみよう、あれが死ぬほどの痛みだと想像するのは簡単だ。
「でも……でも……!」
今だ納得したくないのか、プレイヤーの何人かは言い訳を探す。
殺せるはずがない理由を明確に言葉にしようと躍起になるが、それも無駄。冷静さを欠いたこの状況で素人がちゃんとした理論を並べられるはずがない。
結局はカルセドニーの言うことに納得するほかない。それでも、態度だけは変えない。あくまでもカルセドニーに反抗する姿勢を崩しはしない。
『はぁ……まだ納得できないみたいだね。ならいいよ、早くこのゲームをやめて』
「……え? やめられるのか?」
カルセドニーの言葉に、俺たちは呆気にとられる。
これほどの大きなことをしでかして、ゲーム自体はやめていい?
そんな話があるわけ無い。何か目的があってこんなことをしているはずなんだ。俺たちはその目的のために利用されるはずなんだ。
それなのに……
『嘘だと思うのなら、ウィンドウ画面の左下を見てみると言い。ログアウト表示があるだろう?』
瞬間、オープンという言葉がそこかしこで鳴り響いた。
この場にいる全員はウィンドウを開き、ログアウト表示を確認する。
『覚悟のない物に居座られても迷惑だからね。ログアウトしたかったらしてもいいよ』
こんな世界……人を殺したかもしれず、自分も死ぬかもしれない世界になどいたくないと考えるプレーヤーたちは、疑わしくも吸い込まれるようにログアウト表示に指を近づける。俺も例外ではなく、あと数センチのところまでその指は来ていた。
だが、思い出す。
チュートリアルで天の声は言っていた。
この世界での死→ログアウトだと。
ならば、ログアウト→この世界での死も成り立つ。
いや、そうでないとおかしい。
つまりログアウトボタンを押すことは……自殺に他ならない
「やめろお前ら! ログアウトはするな!」
押しかけていた指を引っ込めて、自分の出せる最大限の声で、端まで届かせようと叫ぶ。
その声で指を止めたプレイヤーたちはかなりの数がいる。元々半信半疑だったのだ。同じプレイヤーからの制止の言葉を聞けば、九割が指を止めるだろう。
だが残りは、そうはいかなかった。
何人かはわからない。だが確かに、ログアウトボタンを押した人間はいる。
カルセドニーに最後まで食い下がっていた男も含めて。
『ログアウト人数、およそ300か。結構少なかったね。まいいや。プレイヤーが多いに越したことはないし。それじゃあみんな、特にログアウトボタンを押した人、下を見て』
カルセドニーが指を下に向けたので、俺たちプレイヤーはみな一様に地面を見た。
何の変哲もない地面、首をかしげていると、突如地面から、剣が生えた。
急速に伸びる剣は俺のすぐ横にいる男の体を串刺しにした。
「ゴ……ヒュー……」
のどに刺さった剣のせいだろう。男はまともに息することすらできない。
目の前で行われた凄惨な処刑、俺は目を逸らすことさえできなかった。
「あ、あぁ……」
なぜだろう、涙が出てくる。
俺は無事なのに。何ともないのに。
この涙は、一体なんなんだ。
「た……け……」
男が俺に手を伸ばし、何かを言おうとしている。
……何かなどと言わなくても分かる。
この男は助けを求めているんだ。死にたくないと、必死に抗っているんだ。
他の人間はもう百人近くが霧散している。にもかかわらずこの男は、ただ死にたくない一心で、まだ残っている。
俺は目をそむけたくなる光景に、頭を動かすことなどできない。
冷静さなどとうに無くなり、あるのは掛け値なしの絶望だけ。
だから俺の行動は、無意識によるものだった。
「あ……」
伸ばされた手を、俺は握った。
何が出来るわけでもない。この男の死は変わりはしない。
なのに俺は、確かに握ったんだ。
その直後、再び無数の剣が男を襲い、その体は霧散してしまった。
『どうかなみんな? この世界で死ねば現実でも死ぬ。理解してもらえたかな?』
悪魔の言葉だけが、広場に響き渡った。




