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第1話

 俺の名前は青木海人、どこにでもいる高校二年生だ。別に引きこもってたりしてないし、真面目に学校に行って普通の成績を取り、友人ともそれなりに良好な関係を築いている、本当に何の変哲もない高校生だ。


 しかし、一つだけ違う点がある。それは、超が付くほどのゲーマーだということだ。

 学校から帰ればまずゲーム、飯を食べればすぐゲーム、風呂に入って即ゲーム、一秒も無駄にせずゲームを行うほどのゲーマーだ。

 学生の身でありながら、ゲームの総プレイ時間は一日に10時間を記録している。

 休みの日ならより一層プレイ時間は増え、人生の大半はゲームに費やしていると言える。

 ゲームは俺にとって人生、ゲームのない生活などありえない。


 そして、実力もプレイ時間に比例して高いと自負している。

 そう確信できるにはもちろん理由がある。俺は自宅でプレイするだけでなく、大会などに出て数多の強者と対戦をしている。

 数えれば10万は超えるだろう対戦記録、オフライン対戦を含めれば100万は超えている自信はある。その膨大すぎる対戦の勝率は九割を超えている。

 それに敗戦記録の一割はゲーム始めたての頃に溜めこんだ物、今ならば勝率は限りなく十割に近い。

 その実力のおかげだろう。俺はフルダイブ型VR格闘ゲーム、『剛拳』の世界大会で、見事優勝を果たした。

 剛拳は格闘ゲーム界において最もメジャーなソフトの一つ、それの世界大会で優勝した俺は、この世で一番強いゲーマーと言っても過言ではないだろう。

 そして、剛拳世界大会で優勝した俺は、なんとあのアースが制作し、4月に発売予定のデスティニー・オンラインの優先購入権を手に入れているのだ。


 まさに勝ち組!

 みんなから嫉妬の視線をビンビンに感じたぜ!


 まあ、学校の不良にカツアゲされそうになるという不幸な目にはあったが……。

 フルダイブの格闘ゲームで培った回避能力のおかげで何とか逃げ切れはしたが、あの時は本当に怖かった。マジで購入権を差し出そうと思ったほどだ。

 俺にもう少し筋肉があれば、格闘ゲームのように華麗に戦うことが出来たんだけどな。

 でも、そんな無いものの話をしてもしょうがないし、ぶっちゃけリアルの戦いには極力参加したくない。


 フルダイブゲームのおかげで妙に反射神経やらなにやらが鍛えられ、体育の授業なんかだと活躍出来たりもしたが、そんなことはどうでもいい。俺はただ、ゲームの実力さえあれば…………違うな。

 ゲームが楽しければそれでいいんだ。

 勝っても負けても、ただ楽しめればいい。それだけで俺の人生はバラ色だ。

 他には何もいらない。ゲームとともに生きられさえすれば、何の文句もない。


 ……本当に、それだけでよかったんだ。


 俺の楽しめればそれでいいという考え、それは世界中で注目を集めているゲームによって、ぶち壊されることになった。


 時がたち、ついにゲーム発売の日になった。

 ゲームの街、秋葉原では複数の店に長蛇の列が出来上がっている。

 すべての列をつなぎ合わせれば五キロぐらいあるんじゃないかと思うほどの、凄まじい人の量だ。秋葉原以外でも、似たような行列が別の場所で存在するだろう。

 四月初め、まだ肌寒い気温だというのに、圧倒的な人口密度によりみな一様に額に汗を流している。

 そんな様を、俺はテレビのニュースで見ていた。


「さーて、誰が手に入れられるんだろうなぁ」


 高みの見物とはまさにこのことを言うのだろう。

 エアコンで室内の温度を最適に保ちながら、ジュースを飲んで優雅なひと時を過ごす。

 つらい目にあっている人を見ながらだとなお快適だ。

 ……性格悪いな。

 自分の行動に多少の自己嫌悪に陥りながら、俺はテレビを見続ける。

 真面目な話、もしも何かしらの事件でも起きたりしたら、最悪販売中止になりかねない。

 人間性の少しアレな人間がゲームを手に入れられなくて騒ぎを起こすことは無きにしも非ず……というか、過去にそういった事件は何度か起きている。

 だからこそこうして、自分で何が出来るわけでもないがテレビの前で待機しているというわけだ。

 が、家のインターホンが鳴り、俺は反射的に立ち上がってあれほど凝視していたテレビから即座に離れる。


「来た来た来た!」


 手にハンコを持ち、ドタドタと乱雑な音を響かせながら玄関へと向かう。

 そして崩れた髪、血走った眼で扉を開け、目の前の人間にとびっきりの笑顔を向ける。


 ……正確には、その人間の持っている箱の中身に対する笑顔だが。


「お、お届け物です。こちらにハンコかサインを……」


「はいこれでいっすね!? そんじゃありがとうございます!」


 配達員が言い終わる前にハンコを押し、強奪するように段ボールを受け取る。

 これだ、この中にデスティニー・オンラインが入ってるんだ。

 何十万という人間が喉から手が出るほど欲しいゲームが、俺の手の中に……。

 感極まった俺は、うっすらと涙を流してしまう。

 その様子を近くから家族が見ていた。


「うわー、お兄ちゃん、ゲーム持って泣いてるよ」


「我が息子ながら、ちょっと引くわね」


「まあそう言うな。テレビのニュースでも取り上げられるほどの人気ゲームを世界で一番初めに手に入れたんだ。泣きもするだろ。紫苑(しおん)はあのゲーム、やりたくないのか?」


「そりゃあ気になりはするけど、列に並んでまでは欲しくないかな。正直たかがゲームのためにあそこまでする人たちの気持ちは分かんないわ」


「シャラップ我が妹よ! なにに人生捧げるかは人の自由なのだよ!」


 俺の生きざまに否定的な言葉を発する妹は捨て置き、ダンボールの中身を取り出す。

 美麗なイラストが描かれているパッケージを見て、背面のゲーム風景に目を落とす。

 ヤバイ、ニヤニヤが止まらない。


「お兄ちゃんキモイ」


「黙っとけ! というか最近お兄ちゃんに対する当たりが強くない?」


 妹の紫苑は俺が世界大会で優勝したあたりから、妙に攻撃的だ。

 キモイウザいは当たり前、時にパンチキックと暴力的にもなるほどだ。


「お兄ちゃんがなんか大会で優勝したから、クラスの男子にいろいろ聞かれてウザいのよ」


 ああそうか、俺発信で妹に実害が出ていたのか。それは申し訳ない。


「……それに、女の子たちにも話を聞かれるし……」


「ん? 最後なんだって?」


「なんでもない! さっさとプレイして来ればいいでしょ!」


「はいはい、言われなくてもすぐにやるよ。ふんふんふーん♪」


 鼻歌を歌いながら不機嫌な妹を放って自室に戻る。

 さて、さっさとプレイしたいのは山々だが、今はまだプレイできない。

 サービス開始は十五時から、それまではオンラインプレイは出来ない。

 それでも出来ることは少しだけある。

 まずはキャラメイク。現代のゲーマーの中で俺は少し有名人ゆえに、オンラインで素顔プレイすることはない。まあ大会では顔を隠してのプレイであり、正体を知っているのは俺や妹の友人だけだが。

 なんにせよキャラメイクが今の俺にできることの一つ目。

 俺はVRゲームをプレイするためのヘッドギア型ハード、ブレインコネクターを装着する。これが登場した時はそれはもう世界が沸いたものだ。

 ブレインコネクターを装着した俺は、起動のための合言葉を口に出す。


「コネクト・オン!」


 言葉と同時に、俺の意識は電脳空間へと移行する。

 脳内がクリアになるこの感覚、いつやっても気持ちがいい。

 始めたての頃はこの感覚が好きすぎて何度も起動をし直したほどだ。


 電脳空間で俺の意識が形のある体に形成される。

 足が、胴が、頭が順に形作られ、俺は現実とは隔離された世界に足をつける。

 そうしてこの世界に来た俺の最初に移った光景は、目の前ででかでかと飾られ、燦々と輝くタイトルロゴだった。


『デスティニー・オンライン』


 そう書かれたロゴを見て、俺はこの世界に来たことを実感する。

 体の中を駆け巡る感動、拳を握って喜びをかみしめる。

 俺は今、世界で一番最初にこの地に舞い降りた存在、実際にプレイしたわけではないが、その事実がどうしようもないほどに嬉しい。

 っと、感動もいいが、さっそくキャラメイクだ。


「えーっと、普通なら誘導画面が出るはずなんけど……」


 俺は辺りを見回し、どう行動すればいいか、それを誘導してくれる類の物を探す。

 すると空から、女性っぽい声が鳴り響いてきた。


『ようこそ、デスティニー・オンラインの世界へ』


 聴覚へと伝達する情報、しかし電脳世界ゆえに頭にも直接情報が流れ込んでくる不思議な感覚がある。なんというか、超能力、みたいな?

 しかしこれはこのゲームに限った話ではない。ほぼすべてのVRゲームに共通していること、今さら驚きもしない。

 と余裕を持って天からの言葉を聞く。


『これからあなたにはこの地で生きるための肉体を授けます。しかしこの世界において肉体はあまり意味のない物。重要なのはどんな姿で生きるのかではなく、どんな生き様を見せるかですので、深く考えず、直感に従い肉体の形成をしてください。それではあなたの前に肉体を顕現させます』


 天の声がそう言うと、突然と俺の目の前が輝きだした。そしてその輝きの中央に、目も鼻も耳も口もなく、髪の毛すらないマネキンが現れた。

 これを使ってキャラメイクしろってことか。


「そんで、どうやってこれをメイキングするのかね……」


 どうすればいいのか調べようと、俺はマネキンの体に触れる。

 すると目の前にウィンドウが現れた。画面には多種多様な顔のパーツや髪の毛、体のパラメータを操作するための数値など、あらゆる情報が詰め込まれている。

 直感に従えと言いつつも、なんと頭を使わせる仕様か。

 多いに越したことはないけど。


 それから俺は、一時間ほどかけてキャラメイクを終わらせた。

 髪の毛や目の色は青、目はキリッとした感じで鼻は高く、身長は180センチほどのまあまあ高い設定。

 体形もスリムではあるがガリガリではない、細マッチョ的な感じに仕上がった。

 うーむ、我ながらイケメンだ。


『それでは最後に、あなたのお名前を教えてください』


 名前か。今まで使っていた名前はアナザーだけど、それは世界大会でも使った名前だからな。騒がられるのは嫌いじゃないけど、最初は静かにプレイしたいもんだ。

 だから、初めて使う名前にしてみよう。

 そうだな、俺の名前が海人、海だから……アクアでいっか。

 ちょっと女っぽい気もするが、まあいい。好きな色が青だし、世の中にはネカマとかそういう変な人もいるから、名前でどうこう言われることもないだろう。


「俺の名前はアクアだ。どっかに入力すればいいのか?」


『アクア様ですね?』


 言えばいいだけだったのか。技術の進歩ってすごいね。


『それではオンラインサービスが始まるまで、この世界をお楽しみください』


 その言葉を最後に、天からの声が聞こえてこなくなった。

 一体これから何が起きるのだろうと身構えていると、急に意識が遠のく感覚が俺を襲った。立ちくらみにも近い感覚、地面に視線を落とすと俺の足が霧散している。

 徐々に消えていく足、それは胴に昇り、やがて俺の顔をすべて消し去った。

 これから先の光景を俺は見ていなかったが、どうやら霧散した俺の体は今ここで作ったキャラの中へと入ったらしい。

 意識の移行を表現したかったみたいだが、ここだけはちょっと減点。


 さて、俺はイケメン男性の体の中に意識を落としたわけだが、今度は目の前が急に輝きだした。というよりは、暗闇の中に光が差し込んできた、と表現するべきか。

 明暗の差ゆえに目を閉じて、光から目を守る。

 目を閉じて十数秒、瞼の中がちょうどいい光になったと感じた俺は、ゆっくりと目を開く。そして飛び込んできた景色に、思わず息をのむ。


「お……おぉ……!」


 広がる光景は、ただの草原だ。

 まったくもって何の変哲もない、どこにでもある草原。祖父母の家の近所で、こんな光景を見た覚えがある。その時は何の感動もなかったが、今は感無量だ。

 だってそうだろ? ここは電脳空間、ゲームの中の世界だ。

 なのに、現実にある実際の草原を思い起こさせるほどの圧倒的なリアルがここにある。

 土や草の香り、目いっぱい広がる青空、燦々と輝く太陽。

 そのどれもが、現実の物と大差ない……それどころか、全く同じ物だった。


「ここまで忠実に再現って、アースは日々進化を続けてるってことか?」


 過去のゲームでも、ここまでのリアルはなかった。どこかデジタルっぽい雰囲気はあり、やっぱりここはゲームの世界なんだなと思わせるところが随所にあった。

 しかし俺はまだ草原を見ただけだが確信する。

 ついに現実世界=電脳空間と呼べる時が来たかと。

 この世界は本物だ。俺が生きてきた世界と、本当に同じなのだ。


「すっげー! ヒャッハー!」


 広大な草原を俺は一人で駆けまわる。こんなに心が躍るのはいつぶりだろうか。

 草原を走りたいなどと、子供のような感性に戻ったのは初めてではないだろうか。

 まだ本格的なプレイはしてないけど、俺はきっとこのゲームを、人生の中のベストゲームと認定する。このゲームを超えるゲームなど現れないと、自信を持って言える。

 幸いにしてオンラインゲーム、明確な終わりはない。

 運営が知恵を絞り出しさえすれば、このゲームに終わりなどないのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 それから何時間走り回っただろうか。

 走っては休み、走っては休みを繰り返し、ついにサービス開始の時間に突入した。

 さきほどの暗い空間で聞こえた天の声が、再び俺の脳内に聞こえてきた。


『アクア様、オンラインサービス開始の時間ですので、ネットワークに接続します。準備はよろしいですか?』


「もちろんだ! 早く俺を、そっちの世界に送ってくれ!」


 俺はこの時の選択を、一時間後に後悔することになる。

 朝食から何も食べていなかったから、昼食をとるなりすればよかったと。

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