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第9話

「あー……その部屋って何人用かな?」


「一人用ですね」


「別のところを探します!」


 さすがに一人用の部屋で一緒に過ごすわけにはいかない。

 いくら電脳空間上の存在であり、姿かたちが実際の俺たちだとしても、それはいけない。年頃の男女2人が寝食を共にするなど、あってはいけない。というか俺が耐えられない。

 部屋が広ければまだ許容できたんだが。


「待ってくださいお客様、部屋は一人用ですが、お布団は二つ出せますよ?」


「だから何だよ!? 同じ部屋で寝るってだけで俺は緊張するの!」


 情けない童貞臭満載の言葉だが、事実だからしょうがない。

 俺が一緒の部屋にいても緊張しない女性は、母親と妹だけです。


「……私は、いいですよ?」


 クリスが恥ずかしそうに、頬を赤らめてそう言った。


「ダメです、他の宿を探します」


 これが物語の中なら、男側が「え? そ、そんなの……いいのか?」などと言って女性の言葉を受け入れ、一緒の宿に泊まることを良しとしただろう。

 だが俺はそんなことはない!


「……私と同じ部屋が、いやですか?」


 潤んだ瞳を見せ、クリスは俺を見る。

 そんな涙目で見られたら、鋼の硬度を持つ俺の意思も……


「いやじゃない、無理なんだ。クリスみたいな綺麗な女の子と一緒の部屋なんて、緊張して眠れない」


 揺らぎはしなかった。

 クリスのことを気遣うような発言はするものの、決して首を縦には振らない。誰が何を言おうと、別の宿屋を探します。

 もしない場合は、クリスをこの宿屋にぶち込んで野宿します。


「き、きれい……!」


 見ると、さっき以上に紅潮した顔をクリスがしている。うーん、この子は褒められ慣れてないな。何気なく言った綺麗の一言、それだけでこれほど感情を揺らすなんて。


「あ、お客様、ちょうどお部屋が一つ空きました」


「……都合よすぎだな。というかチェックアウトした奴を見てないけど?」


「女性専用浴場を覗き見しようとした罰で、ここに泊まれなくなったプレイヤーが出現したからです」


 ……ある意味、このゲームを謳歌してるなぁ。

 いかに死ぬ心配がないとはいえ、こんな状況で女湯を除く胆力は素直にすごいと思う。


「最低な人もいるもんですね。こんな状況で、女湯を覗くだなんて」


 不快感をあらわにした表情で、クリスは不満を漏らす。確かに最低な行いだ。女性からは軽蔑されても不思議ではなく、俺も最低だと思う。

 けど、少しは理解できてしまう。その男の下賤な行動を。


 こんな状況だからこそ、バカなことをして現実から逃避したい。

 死ぬかもしれない状況、そして……俺たちがすでに人を殺してしまっているという事実、それから逃れるためにバカな行動をしたのだと、俺は考える。


 思い出せば手が震える。あの時の……チュートリアルの時の、ヘマの表情が。

 俺が殺した相手の顔が、脳裏にちらついて仕方がない。

 それを忘れるための行動だと思えば、覗きをした男のことを悪く言いたくはない。真に糾弾すべきは、このゲームに俺たちを巻き込んだクソッ垂れアースなのだから。


「それでお客様、どうなさいますか?」


「ん? あ、ああ、泊まるよ。部屋二つでいくらだ?」


「お部屋代は2つで10ギル、お食事を付けますと12ギルになります」


「分かった、じゃあ食事付きで。前払い?」


「はい、この名簿に指を置いて名前を仰ってくれれば、その時点でお金は差し引かれます。ですが覗き行為や他者への暴力などを行いますと、その時点で当旅館のご利用は禁止になり、所持金をすべて剥奪の上、ランダムでこの街のどこかに転送されてしまいますのでご注意ください」


「はいはい、分かってますよ」


 いくら現実逃避するためとはいえ、そんなことをするはずがない。クリスという女性の仲間がいるのにその信頼を裏切るような真似、俺の首を絞めるようなモノだ。


「お食事はいつお運びしますか?」


「一時間後で。じゃあクリス、明日は9時にここで待ち合わせな」


 受付から部屋のIDを聞き、俺はすぐに部屋に移動しようとした。

 激動の一日、頭も体も酷使された今日、疲れてしまって仕方がない。意識だけの存在とはいえ、それほどまでにつらく、苦しい一日だったのだ。


「も、もうお部屋に行くんですか? それに一緒にご飯を食べないんですか? まだお時間ありますし、どこかに……そうだ、武器でも見に行きませんか? 他にも使えるアイテムがあるかもしれませんし」


 クリスがどうにかして俺を引き留めようとする。おそらく、一人でいることが怖いのだろう。眠りにつくギリギリまで、誰かと行動を共にしたい、その考えは分かる。

 そして一緒に行動できる仲間が、俺一人ということも。


「……ああ、そうだな。特にやることもないし、散策するのも悪くないな」


 本当はもう、部屋に行って一人っきりで呆けていたい。

 死の恐怖を感じているからではない。この恐怖はクリスという仲間が出現した時点で、限りなく緩和してくれた。


 今の俺の心に巣くうのは、罪悪感。

 この手で人を殺したことを思い出し、傷ついた人間を見捨てた罪悪感は、決して消えはしない。クリスと楽しい時間を過ごしたとしても……いや、楽しい時間を過ごせば過ごすほど、きっとこの罪悪感は増していく。

 出来るなら時間まで、無為に過ごしたい。


 ……けど、俺が優先すべきはクリスだ。俺を頼り、俺を信頼するクリスのことは、出来る限り支えなければいけない。別に義理だなんだと言うわけではない。

 これ以上、誰かを傷つける行為は許容できない。たとえ俺の気持ちに安らぎを与えるための行為だとしても、その果てにクリスの傷心があるのなら、俺は再び罪悪感を感じる。

 ……いつから、俺はこんなに優しい人間になったんだろうな。

 複雑な感情を胸に宿しながら、俺はクリスとともに、街を散策する。


 何十分か街を散策して気付いたが、ここは本当に普通の街だ。武器屋や防具屋、道具屋などRPGでお馴染みの店があるのはリアルと若干の違いがあるが、それ以外は至って普通の街並みだ。

 飲食店があり、服屋があり、雑貨屋があり、果てはカジノまである。

 楽しむことに事欠かないだろう。


「すごいですね、まるで本当の街ですよ。これがゲームの世界だなんて、信じられません」


 目をキラキラと輝かせ、クリスはあちこちの店を見て回る。その中でも特に女性らしく服屋に関心を示し、今後のために買うことはしないが、色々と試着しまくっている。

 着飾るクリスを見て、ふと疑問に思った。


「クリスの髪さ、地毛か?」


 日本人とは明らかにかけ離れた鮮やかな銀髪が、今さらながら気になった。

 全世界でプレイできるオンラインゲームには翻訳機能があり、日本人の俺にはすべての声が日本語に聞こえる。だが口は別の言葉を言っている風に見えるのがゲームの翻訳だ。

 クリスの口は確実に日本語である。


「ああこれですか? このゲーム、カラーリングは自由に決められるんですよ」


「は、マジで?」


「マジです。最初は自分の姿になってて驚いて、どうにかして元に戻せないかと色々と試していたら、色だけは変えられることに気づいたんです。私、本当は黒髪で生粋の日本人ですよ」


「……それで、銀髪にしたのか」


「憧れてたんです、綺麗な銀髪に。好きなアニメキャラが銀髪で、私もいつかやってみたいなーって思ってたんです。けど、さすがにリアルの世界で銀髪は不自然ですから、半ば諦めてたんですけどね」


「……不自然って言うけどさ、俺たちの元の姿はリアルと同じだし、それですごい似合ってるんだから、言うほど不自然じゃないんじゃないか? 俺だったらたぶん、今のクリスとすれ違ったら思わず振り向いて、声をかけたくなるほどにはきれいだぞ?」


「……そうですか」


 あれ? 外したか?

 本心でクリスの姿を綺麗だと言ったんだが、そっぽを向かれて不安になる。

 さっきは不意の綺麗という一言で顔を紅潮させてたのに、今回は無表情、何を間違えた?


「ところでアクアさん、この服はどうですか?」


 無表情のまま、クリスは着ている服を見せつけながら俺に聞いてきた。

 それを見て正直な気持ちを言おうかどうか迷ったが、嘘をつくということは貶すことになる。俺は意を決して、正直な感想を言う。


「似合ってるよ。というかクリスの場合、よっぽどダサい服を着なきゃ、いつでも綺麗だと思うぞ? 背はそこそこ高くてスタイルも良い、理想的な女性って感じだし」


「……ソウデスカ」


 今度はカタコトになった!?

 なんだ、一体何が間違いだと言うんだ!?

 お世辞でも何でもなく本心からの褒め言葉、それを否定されたら俺は女性相手にどう接したらいいか、まるで見当がつかないぞ!


「クリス、俺の言ってることが不快なら言ってくれ! 直すように努めるから!」


「大丈夫です何も問題ありません素直にほめられてうれしいですもう聞きませんから何も言わないでくださいおかしくなりそうですから」


 無表情かつ早口でクリスは捲し立てる。

 明らかに不自然だ。俺が原因なのは確実だが……しかし、どうしていいかもわからない以上、クリスの言う通り何も言わない方がよいだろう。

 それからは店には入らずに散歩を続け、1時間が過ぎたころに旅館に戻り、食事を共にした。

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