【7】ハートを射抜く狙撃手
遅くなって申し訳なかとです。
六限目が終わった。部活に所属していない生徒達があらかた帰宅し、所属している生徒達が部活に打ち込み出す、そんな時間を見計らって、瑛士達ーー正確には瑛士、玲、除夜、未來の四人は行動を開始する。
行動を開始、と言ってもやるのはただの学校案内だ。四人で動くのは目立つので、瑛士、未來ペアと除夜、玲ペアに分かれて別々に案内する事になっている。
どうしてこんな時間を選んだのか、別段昼休みでもよかったことを何故今やるのか、その理由はこの面子にあった。
瑛士を除く女子三人は、程度は違えど世が世なら女神と崇められても不思議でない程の美貌の持ち主であって・・・・・・つまりは、三人が目立ちすぎて案内どころではないのだ。
「瑛士くん、行かないの?」
今にも走り出さんがばかりに元気な未來が、横あいから催促してくる。
「ああ、今行く。じゃあ除夜、そっちも頼んだぞ」
姫川は病み上がりだかんな、と本人に聞こえない程度の音量で付け足す。
「任せておけ、それと、今日はもう各自案内が終了次第解散、これでいいな?」
「ああ、問題ない。そんじゃまた明日っ、姫川も無理すんなよ!」
「うむ、また明日会おう」
「はい、さようなら天城さん。また明日お会いしましょう」
未來が挨拶し終わるのを待って、二人はスタート地点である職員室前から歩き出した。
「あーそういえば未來、遅刻の件。先生に報告してくれてありがとな」
二限目が始まる前の休み時間、未來の姿が見えなかったのは、彼女がホームルームの質問攻めで言いそびれた遅刻の件を先生に伝えに行ってくれていたかららしい。
「当然だよ、約束したからね」
未來は微笑むと、あれ何! と校庭の一点を指差す。そこには何重にもかけて石灰の線が引かれている、柔土のグラウンドがある。
「あー、あれは槍投げ場だな」
「槍投げ!?」
「あぁ、この学園って色々な才能持った奴等がいるからな。
他にも、乗馬場を始め剣道場、柔道場、居合場、射撃場なんかもあるぞ」
「最後の二つで一気に物騒になったね・・・・・・」
確かに、普通の学校ではまず無い設備かもしれない。かく言う瑛士も入学当初は随分と驚いたものだ。
「その射撃場とかって、一般生徒以外でも使えるの?」
「いや、普通は専門の生徒以外は使えない、危険だからな。
あと、この学園に一般生徒なんていないと思うぞ。皆何かしらの特技持ってっからなー、俺以外は・・・・・・あ」
うっかり最後の自虐的な一言を付け足してしまった。クソッ、すっかり癖になってんな。
並んで歩く未來を見ると、案の定彼女は鎮痛な面持ちで下を向いていた。きっとどんな言葉で励ませばいいか考えてくれているのだろう。
そう思うと何だか彼女がいたたまれなくなり、瑛士は急いでフォローを入れる。
「だ、大丈夫だからっ、未來が悩むことじゃない。悪いな・・・・・・案内してる途中なのに変なこと口走って」
しかし未來は、その反応がお気に召さなかったようだった。急に頬を膨らませると眉根を寄せて瑛士に詰めかける。
「私が悩むことじゃないって何? 私はもう瑛士くんの友達だよ!友達の悩みを一緒に背負って何がいけないの?」
「なっ」
瑛士は言葉に詰まる。友達だからという理由だけで、ああも真剣に悩んでくれる、考えてくれる。そのことが、とてつもなく嬉しかった。
「・・・・・・悪い」
「瑛士くんわざとやってない?」
未來は、苦笑しながら瑛士に問うた。瑛士が、意味が分からない? という表情をすると、一つ溜息を吐く。
「こういう時は、"ありがとう"でいいんだよ」
「っ・・・・・・あぁ、ありがとな」
「うんっ、よろしい!」
瑛士と未來はどちらともなく笑いあった。
一通り笑い通した後、未來がハッとして空を見上げた。
「瑛士くん、早く案内済ませないとっ。空暗くなってきてる!」
「え、マジか! じゃあ次は・・・・・・」
瑛士はあーっと、と思案げに考え込み、
「射撃場行ってみるか?」
「いいの? 行きたい行きたい!」
瑛士は一旦しゃがみこむと、靴紐を結び直す。自慢では無いが、この学校の敷地はかなり広い。射撃場はその中でも特に遠方にあるのだ。
「未來っ、走るぞ!」
「うんっ」
二人で敷地内を駆けながら、瑛士は一つだけ未來に聞き忘れたことを思い出した。少し走るペースを落としながら、訊ねる。
「なあ未來、聞き忘れてたけど、お前の才能は何なんだ?」
「うん? 私の才能知りたいの?」
「あぁ、一応・・・・・・友達だしな」
最後の一言を小声で付け加えると、未來は花が開いた様な笑顔を浮かべた。
「いいよ、教えてあげる! 私の才能はね、"スピーチ力"というか何というか、要するに"話してる途中に噛まない才能"みたいなものなの」
「・・・・・・何か、地味だな」
「なにおぅ!!」
「痛っ! 別に叩かなくたっていいだろっ・・・・・・それに、朝笑われた仕返しだと思え」
うぐっ、と未來が言葉に詰まる。
「そ、それは今度軽食を御馳走するって事で話しがついたでしょっ」
「そうだったな、忘れんなよ」
「忘れませんよ〜だ!」
たわいもない会話をしながら走っていると、目的の建物が見えてくる。白いコンクリートでできた長方形のその無機物は、その実完璧な防音性を誇っており、学園内の設備の中でも一、ニを争う値段だと聞いている。
本来は関係者ーーその手の才能を持った人間以外は立ち入り禁止だが、学校案内という建前があれば問題無いだろう。
「入るぞー」
言いながらスライド式の扉を開ける。その瞬間、ガウンッ! という発砲音と共に、激しいマズルフラッシュが、射撃場の闇を裂く。
「キャッ」
瑛士の背後にいた未來が、小さな悲鳴を漏らす。
闇の中で束の間浮かび上がった人形の影絵は瑛士の姿を認めると、手に持っていた銃を壁に立てかけて二人へと駆け寄る。駆け寄って来たのは、癖っ毛のある短い金髪と鳶色の瞳を持った少年だ。
「久しいなアマギ!」
「オースティン、お前もな!」
挨拶もそこそこにヒシと抱き合う。
お互いに抱擁を解いた後、オースティンと呼ばれた少年は、初めて瑛士の後ろに立っている未來の存在に気付いた様だった。首を巡らせ、目を丸くして瑛士に問いかける。
「アマギ、こっちのキュートなお嬢さんは、キミのガールフレンドかい?」
その問いに瑛士は、首を横に振ることで答える。
「いんや違うよ。こいつは新炉未來、俺のクラスの転入生だ」
「初めまして、新炉未來と申します」
そう言うと未來はぺこりと頭を下げた。瑛士は未來が頭を上げるのを待って、今度はオースティンに向き直る。
「んで、こっちは俺の親友のハーマン=オースティンだ。まあ見ての通り日本人じゃない」
「ハーマン=オースティン、イギリス人です。よろしく」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
未來はハーマンと握手しながら、奥の壁に立てかけてあるらしい銃を見る。しかし、影が差していて屋内の様子はよく分からなかった。
「オースティンさんはどんな銃を使っているんですか?」
「狙撃銃です、まぁ俗に言うスナイパーライフルですよ」
「へ〜。あ、でも、どうやってその才能に気づいたんですか?
日常生活の中では、狙撃の才なんて分かりませんよね?」
未來の問いにハーマンは、ふっ、とニヒルな笑みを浮かべると、「黙秘しましょう」と再び射撃場へと消えていった。
「・・・・・・おかしな奴だろ。あいつ才能の話聴こうとすると、すぐああやって逃げるんだよ」
再びの発砲音が聞こえる頃になって、瑛士は未來の隣に歩み寄る。
「うん、ちょっと変人っぽいかも。でも、良い人みたいだね」
「あぁ、あいつは基本的に性格いいからな、結構モテるんだ」
その言葉通り、ハーマンは女子からかなり人気が高い。噂によるとファンクラブまであるらしい。
その御陰か、男子生徒からは嫉妬と羨望を込めて"ハートを射抜く狙撃手"とさえ言われている。
瑛士は空を見上げると、群青だった空には、いつの間にか真っ赤なペンキが塗りたくられていた。
「今日はここまでだな・・・・・・明日の放課後にでもまた案内してやるよ」
「うんっ、よろしく。・・・・・・あ、でも明日土曜日だよ。学校に居残る人とかも多いみたいだから、案内してもらうのは難しいかも」
「あ〜そうか、明日もう土曜日なのか・・・・・・じゃあ来週の頭にまた案内するよ」
それから、二人は男女各寮棟の前まで一緒に帰ると、別れ際に未來の、「メアド交換しよっ」と言う提案でメールアドレスを交換し、互いの部屋へと戻った。
未來が軽食の御馳走がてら瑛士に町の案内を頼んだのは、それから三十分後のことだった。
「いや、毎度毎度終わり方意味わかんねぇー」
「ええ、ええ、そうですよね分かります。
ですがわたくしこと鹿米夕ヰは文の終わりを書くのが極端に苦手なようです。
面目無いm(_ _)m
ご勘弁をぉ!!」