第十章「エルタニア決戦」#8
鼓膜を激しく震わせるサイレン。ハザードを示す赤に切り替わる照明。その中を一人、闊歩する少女がいた。
彼女が歩いた無機質な廊下には血液でスタンプされた足跡が残り、口ずさむ鼻歌も酷く音程不安なものだった。彼女は軍歌以外の音楽というものにこれまで一度も触れてこなかったからだ。
ここに至るまでに何人殺したか。またも同じ出で立ちの黒服の小銃を構えた男たちが居並ぶ。
撃ての合図と共に発射される鉛玉を手を翳すだけで静止させ、軌道を変えて反対に撃ち込む。
また築き上げられる死体の山に見向きもせず歩みを再開させると、ようやく外に繋がる扉まで辿り着く。
「その先に行けばお前は戻れなくなる」
マイクスピーカーから野太い声が飛ぶ。
「一度でも外の世界を知れば、お前は弱さを得ることとなるだろう。弱さは精神的な痛みを産み、完全無欠を穢す。敢えて聞こう。行くのか無垢な我が戦乙女よ」
しばらくして彼女は指先一つ当て、鉄扉を撃ち壊すと、数百人の私兵が囲む玄関口に立った。
初めて知る山の空気。冷たい風。踏み締める土。生い茂る木々の匂い。
「発砲許可! 前列、構え、撃て!」
空を仰ぎ見る少女に放たれる数百の弾丸。しかしその全てが着弾する前に見えない壁にぶち当たり、動きを止める。一呼吸する間もなく、それらは撃ち返され、的確に眉間を貫く。
手榴弾が投げ込まれるも、立ち上る土煙りを割って悠々と歩き続ける。
銃火器の類では止められないと、アーミーナイフで挑む男たち。
それら皆、以降の記憶はない。
「疲れた。頭痛い」
追っ手をまいた彼女はずきずきと痛む頭を抱えながら、森の中をひたすら歩いていた。
どれほど戦闘能力に長けていても腹は空くし、疲労は溜まる。もう右も左も分からないまま10時間ほど足を動かし続けた矢先、嗅いだことのない潮風を感じた。
しばらくして海岸沿いに出る。果てのない海に死んでいた心は小さな灯を宿し、肌で感じるべく、砂浜に向かおうとした時。肉体が限界をむかえた。
それはバックヤードに有り余っているコーヒーフィルターを買いに出かけた帰り道だった。鶴子は人だかりが出来ているのを見つける。取り急ぎ駆けつけたかったが、身体の勝手が利く年齢ではなく、ゆっくりと確実に近づいていった。
「鶴子さん! 噂をすればよ」
「何かあったんかね?」
「倒れてんだよ、女の子。さっき見たけどあれ、比嘉辻さん家の娘、東京行ったっきり蒸発したっていう涼香さんとこの銀音ちゃんじゃないんか?」
自治会長からその科白を聞くや否や、片手にぶら下げていたフィルターなど捨てて、激しく痛む膝を引きずりながら走った。
「しーちゃん? しーちゃん!」
衣服に付着した血痕よりも先に、その見覚えのある顔が鶴子の涙を誘う。抱きかかえあげ、その名を呼び続けた。




