炊事
洗っておいた米を釜にあけて一息つく。食事の支度は、ヒカルが自ら引き受けた仕事だ。毎日米とは何と贅沢な事か。北島では米が作れないが、住民は昔から南島との交易で得た米を好んで食べる。ヒカルが住んでいた村でも魚をたっぷり混ぜた粥が皆大好きだった。まだ米を炊くには早いので先に汁物の下拵えをしておく。
今日の汁物には先週アビゲイルが捕えた鹿と季節の野菜をたっぷり入れよう。鍋に張った水にサッと炙った昆布を砕いて入れて火にかける。肉をこそぎ落とした鹿の肋骨も入れてから野菜も刻む。骨からはいい味が出る。肉と脂身と赤身の配分を見ながら一口大サイズに切る。今は寒い季節ではないので脂身は少なめだ。鹿の脂身は躰を温めるが、食べすぎれば逆上せてしまう。
汁物の準備が整ったら、釜に火を入れる。ふっくら炊き上がった米は美味しい。粥にすればもっと嵩が増やせるのだが、モッチリとした食感は特別だ。繰り返すが、此処ではそれを日常食だ。米の炊き上がる好い匂いがし始めたところで汁物の仕上げをする。
ロセイが昨日自慢げに差し出してきた陶器製の細長い瓶(ヒカルの世界で言えば徳利に近い)を傾けて、その中身を少量小皿に注ぐ。黒い液体に人差し指の先を付けて味を見る。塩辛い。でも塩の味だけでない味もする。よくよく練られた酒の腎臓で作った塩辛の味に少しだけ似ている。要するに醤油だ。味噌も今は手元にないが、存在するようでいつか手に入れたい。使い方もヒカルの居た世界とそう変わらない。大豆はどの世界でも万能植物だ。
クツクツと汁物用の鍋に少しだけ入れてみる。途端に上がる香気に郷愁を感じた。ロセイが台所に入ってきたのは、その時だった。
「うお、良い匂いだ美味そうだな」
感に堪えないといった声に振り向くと、脂下がった顔を弛緩させてニヤけている。
「クロエちゃんどうだい、良い物だろう」
緩み切った顔に呆れつつも小皿にスープを入れて渡す。神妙な顔をして味をみるロセイが、下手な事を言ったら殴りつけてやろうとさりげなく薪に手を伸ばす。
「美味い。クロエちゃん、故郷じゃ料理人だったのか。すごく美味い」
あまりの勢いで褒めるので、身の置き場がない。
「俺としちゃもうちょい塩気がある方が好きなんだけど。隊長が塩辛くするなって煩いだろ。ちょうど良いんじゃないか。いろいろ気を付けて作っているんだろう。良くやるもんだ、えらいえらい」
まだまだ碌に味もみていない状態だったとは言い出せないまま、硬直して賛辞を受ける。顔が熱いのは竈の前に居る所為だ。しかしどうしてこんなに頭がクラクラするんだろう。




