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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十二章 復讐者来たる
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捕獲作戦・罠

 どうやらオーガ達には、この集団は最上の御馳走に見えたらしい。確かに、見た目だけで言えば、若い女だらけなのだから。ノーラにウィー、シャルトゥノーマにマルトゥラターレ、ディエドラ、ホア。一方、目障りな男はといえば、俺とジョイスにギム、ビルムラール。なぜかペルジャラナンという異分子もいるが、この頭数であれば、男達を排除して残る女達を食卓に並べるのは、さして難しいことでもなさそうだと考えるのが自然だろう。

 俺がアナクの件を持ち込まなければ、ノーラの仕事はここで終わっていた。ここは見晴らしのいい尾根で、オーガ達はこちらを侮って、姿を隠そうとする素振りも見せない。彼女が念じるだけで、数秒に一匹ずつ、この人食い鬼どもは息絶えていくはずだった。だが、今はまだ、それをするわけにはいかない。


「汚らしい連中だニャア」


 ディエドラが暢気にそう言った。もちろん、状況はそれどころではない。開けた場所で、人間の身長の倍くらいある巨人が、荒削りの棍棒片手に、にじり寄ってきているのだ。これに対して、前に立って食い止める役割を引き受けるのが、まずギムとジョイスだけ。一応、最初のうちは俺も加わるし、いざとなったらディエドラも参戦する想定だが、やり過ぎてはいけない。


「どこかから見ているのかしら」

「そう見込んでいるけど」


 ギリギリまで持ちこたえる予定だが、最悪の場合はノーラがすべて片付ける。アナクをおびき寄せる目的でオーガ相手の苦戦を演出するのだから。

 もし、俺の想定が外れていなければ、彼女の俺達への攻撃手段は、非常に危険で、かつ回避困難なものとなる。


「来ますぞ」


 雪が人間の膝くらいの高さにまで降り積もっている尾根だ。オーガにとっても、まったく邪魔にならないということはないらしい。足を取られつつ、最初の三匹がゆっくりと迫ってきた。一方、それなりに統制が取れているらしく、別のオーガは俺達の背後、樹林帯の方へと回り込んで、退路を塞いできていた。

 視線を群れの奥に向ける。合計二十匹はいる中で、一際体の大きな個体が、奥の方に立っているのが見えた。集団のボスらしい。なるほど、彼らにとっての武装した男達とは、果物の表面についている棘のようなものなのかもしれない。であれば、除去作業を下っ端に任せて、果肉だけ献上させればいい。

 しかし、とにかくやりづらい。


 遠巻きにされた中で、最初の三匹のうち、突出したのが、雑に棍棒を振り下ろしてきた。それをジョイスは棒の先端で受け流すと、巧みに足の位置を入れ替えつつ、オーガの顔面にコンパクトな打撃を浴びせた。致命傷には程遠いが、それなりに痛みを与える一撃だった。

 たたらを踏んだそいつは、途端に怒りを露わにして、今度は猛然と突っかかってきた。と同時に、他の二匹も、こちらを押し潰そうとするかのような勢いでのしかかってくる。ギムは盾を構え、うち一匹の打撃をどうにか受け止めた。

 残り一匹が二人の間を抜けて突っ込んできた。そこに俺が立ち塞がると、そいつは棍棒を振り上げ、叩きつけてきた。内心に恐れがあればともかく、そうでもなければ、普通に目で追って避けられる程度の緩慢な動きでしかない。体捌き一つで軽々と避け、お返しに相手の足を横薙ぎにした。ホアが拵えた剣の出来栄えのおかげか、刃先がスッとオーガの太腿を切り裂き、そいつは急に支えを失って、その場につんのめった。


「ここは任せた」


 俺はそう宣言した。そして、わざとオーガにはトドメを刺さず、その脇を抜けて尾根の高所目掛けて走り出した。


 内心では、もうアナクの攻撃を待ちかねていた。こんな調子では、いつ犠牲が出てもおかしくない。

 何がどうやりづらいのか。それは、敵も味方も攻撃力過剰という一点に尽きる。本気で戦えば、この程度のオーガの集団など、簡単に始末できる。俺がいなくても、ノーラが腐蝕魔術を存分に行使すれば、三分もかからず全滅させられるだろう。しかし、それは彼らが脅威でないということを意味しない。仮にもし、ノーラが彼らと戦うとして、遠慮なく魔術で殺していくのでなければ、逆に簡単に撲殺されてしまう。こちらは明らかにあちらより強いが、それは攻撃力で圧倒していて、何もさせないうちに殺してしまえるからでしかなく、甘く見て一撃をもらったら、それだけで大惨事になってしまう。

 なのに、まだ全力で戦うことができない。恐らくこの戦いをアナクが観察しているに違いないから。どこかから横槍を入れるに決まっているから。


 俺が突出してくるのがわかると、群れのリーダーらしき個体の左右にいたのが、順番に棍棒を振り下ろしてきた。緩急つけて立ち止まり、体を捻ってそれを避け、飛び上がって下からそいつの首を刈ろうとしてみせる。さすがにこれに反応しないということはなく、咄嗟に棍棒を盾にしたので、俺の刃は届かなかった。

 倒すだけなら難しくないが、今、倒してしまっても、目論見通りとはいかない。内心の小さな焦りを揉み消しつつ、更に振り下ろされる棍棒を避けて、飛び退いた。


 距離を取ったその時、あまり目立たない音が耳に触れた。バフッ、と空気が抜けるような、それでいてパキパキと何かが割れるような音も混じって、それがすぐ聞こえなくなった。

 もうすぐだ。大丈夫、ノーラは既に『精神感応』を全員に展開している。


 対するオーガ達はというと、どうもこの小さな異変には気付かなかったらしい。或いは戦いの最中でなければ、適切に対応できたのかもしれないが、しかし、彼らは興奮しやすく、抑制が利かない。

 目障りな俺に苛立ったリーダーが、大声で吠えた。それで周囲を取り囲むオーガ達全員が、じっくりと囲みの輪を縮めてきていた。それが命取りになるとも知らずに。


 数秒も経ったろうか。震動と共に、ズーンという音が耳に触れた。今度は俺達だけでなく、オーガ達も気付いていた。だがもう、遅すぎた。

 俺は戦いを中断して振り返り、仲間達のいる方へと駆け出した。その頃にはもう、ごまかしようもないほど、斜面全体が激しく揺れ動いていた。

 誰かが絶叫した。今更ながらに危険に気付いたオーガの声だとわかった。見上げると、もう視界は、巨大な白い壁のような雪に埋め尽くされていた。


 そして、一切が呑み込まれた。


 それからしばらく。灰色の空から、豆粒のような影が飛来して、たった今、一切を埋もれさせた真っ白な雪の上に降り立った。そいつは所在なさげに周囲を見回し、手にした黄金色の槍を足下に突き刺した。途端に周囲の雪が、その槍の先端から発せられる熱によって白い蒸気と化し、深い穴を作った。彼女はその穴の中を覗き込むが、見つかったのは、毛むくじゃらの巨人の死骸だけ。きっと運の悪いやつだったのだろう。窒息するには少し早すぎるから、雪崩に巻き込まれた際に、どこかに叩きつけられたりしたのかもしれない。

 確かに、狙い通りではあった。そのはずだ。ファルスを苦しめるという目的に沿って行動するなら、この選択は最善だった。オーガ退治に出かけた一行を追跡し、ちょうど乱戦になったところを見計らって、熱線と力魔術を駆使して雪崩を引き起こす。自身は飛行しているので、被害に巻き込まれることはない。そうすれば、飛行能力のあるファルスそのものは取り逃がすだろうが、その他の仲間は雪に埋もれる。当然、生き残ったファルスは、仲間達を救出するために必死になるだろう。

 その背中を狙うのは簡単なことだった。よしんば最初の奇襲を見抜かれ、避けられたとしても問題ない。ファルスは一刻も早く、雪崩に巻き込まれた仲間達を、雪の下から引っ張り出さなくてはならない。つかず離れず、時間をかけてその邪魔をするだけで、どんどん余裕をなくしていく。そういうつもりだったのに。

 まさかこんなにあっさりと? ファルスまで殺せてしまった? いや、そもそもそこまでするつもりがあったのか? 少なくとも、傍から見る限り、この襲撃を成功させたはずの女に喜びはなかった。予期しない状況に戸惑っているのは、ほぼ間違いなかった。

 では、彼女はこれからどうするべきだろう? 戦果の確認だ。なにより、目標であるはずのファルスを仕留めることができたのか。生死にかかわらず発見しなくては、この襲撃の評価はできないから。


 迷いを感じるトボトボとした歩みの中で、時折、思い出したように槍を足下に突き刺し、雪を融かしては覗き込む。そんなことを繰り返すも、オーガの死骸すら滅多に見つからない。困惑の中で、彼女はついにある場所へと辿り着いた。そこで、さっきしたように槍を足下に突き刺したところ……急に底が抜けた。

 悲鳴もあげずに、いや、あげることもできずに、彼女は雪のスロープを滑り落ちた。一番下に辿り着いてから、恐らくは鉄仮面の向こうで目を開け、周囲を確認すると、そこにはあり得ない光景が広がっていた。


 さっきまで一面、雪に埋もれていたはずの空間だったのに。そこにいたのは俺と、俺の仲間達全員だった。足下には黒々とした土。そして頭上の雪はきれいに取り払われていたのだから。

 言うまでもないことで、マルトゥラターレが雪を操作した結果だった。この状況で、襲撃者が雪崩を狙わない理由はないと予期していたから、対応は難しくなかった。全員纏めて巻き込まれたふりをして、こうして相手がやってくるのを待ち構えていた。


 罠に嵌った。瞬時にそう判断したのだろう。即座にアナクらしきその女は、まっすぐ上へと浮上した。だが、ほとんど同時に俺のすぐ後ろで弓弦の音が響いた。

 彼女の飛行能力は、力魔術の行使によるものだ。とするなら、魔術をなんらか妨害することができれば、その能力を奪うか、弱体化させることができる。限りなく黒に近い琥珀色の鏃が、彼女の右腕の付け根に突き刺さった。すると、急に空中で失速し、ゆっくりと高度を下げだした。鏃はそこまで深く突き刺さってはいない。そもそも殺傷力を下げた代物だから、最初から深く刺さらないように作ってある。だが、どういうわけか……引き抜こうとしても、体にくっついて離れない。

 魔術の阻害をするものがこれであるとは直感したのだろう。だが、引き剥がせないままに、彼女はついに雪の上に転落し、またさっきの斜面をずり落ちた。そこまで降りてきて、やっと鏃を自分の肩から引っぺがすことができたのだが……


「っしゃあぁっ!」


 眼前に迫ったホアが、銀色の筒を向けてきたのに、仮面の女は何も反応できなかった。次の瞬間、筒から黒い網のようなものが射出され、女に絡みついた。これにはたまらず、もがいて逃れようとするも、どうにもならなかった。金色の槍を握りしめ、こちらに向けはしたものの、どうしても穂先に白熱した光が宿ることもなく、安全を確認したジョイスとギムが大股に歩み寄ると、そのまま引っ張り込まれてしまった。ディエドラが手を伸ばし、強引に槍を奪い取ると、網の中の女は急にガックリと脱力して、横倒しになった。


「なんだ、どうした?」


 シャルトゥノーマが怪訝そうにそう尋ねる。ジョイスも不安になって疑問を口にした。


「死んじゃいないよな? 槍を取られただけだろ?」

「どうなってるのかな、これ」


 ウィーも不思議がるが、答えはなかった。囚われた女は、完全に意識までなくしたようで、アダマンタイトを織り込んだ網の中で寝そべるばかりだった。


 最後まで想定通りの狩りになったといえるだろう。理想を言えば、発見と同時にこの金網で絡めとってしまいたかったが、避けられる恐れもあった。だからウィーにオリハルコン製の鏃を持たせておいた。精霊から強大な魔力を借りているのなら、これが吸い付かないとは考えにくかったから。魔術師殺しの鏃を引き剥がしたければ、一度、魔術の行使をやめるしかない。その瞬間を狙って、確実に捕獲するという予定だった。


 ともあれ……


「なんとかなった、みたいだな」


 ……まだまだわからないことも、気がかりなこともあるとはいえ、これで一段落。

 やっと帝都を騒がせた謎の襲撃者の身柄を押さえることができたのだ。

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― 新着の感想 ―
今迄の犯行内容からアナクに本気の殺意はないと信じていたのだが、こんな状況で雪崩を引き起こした以上、「結果的にファルスの周りの人間ごと殺すことになっても構わない」ぐらいには思っていたということになる。そ…
第四部ではどれだけの人間が死ぬか楽しみ。 ヒロインを殺せないなら、せめて糞まみれにしてから助けてほしい。 興奮します。
襲撃犯はボンキュッボン エッチ先生はキュッキュッキュッ
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