公邸襲撃
「そういうことだったのね」
フシャーナは、俺の説明を一通り聞いて頷いた。
時刻は夜、場所は神聖教国の公邸、その奥の間。今もソフィアは休まず詠唱を重ねている。その向かいには、治療を受けるマルトゥラターレが座っていて、その様子をカディムとヘルが見守っていた。以前から、治療経過を確認する意味もあって、こうして足を運ぶ機会があったが、そのついでで、先日の事件について詳細を伝えることにした。
あの後、リリアーナとナギアに確認したが、やはり俺の考えた通りだった。二人は、俺からの手紙で呼び出されたものと思い込んでいた。一方の俺も、リリアーナからの手紙だと疑わずに、戦勝通りまで誘き出されてしまった。そうして喫茶店でお喋りをした後、まんまと襲撃者の一撃を浴びせられることとなった。とはいえ、俺には『危険感知』の神通力が備わっている。通りの端にあった噴水には申し訳ないが、その他の被害は皆無で済んだのが不幸中の幸いだった。
「起きたことを一通り並べてみると、どうにも変な感じがするけど」
「引っかかり、やっぱりありますか」
横で話を聞いていたカディムも指摘した。
「学園、グラーブ王子、そしてお前の知人であるリリアーナ。全部お前に関わる何者かが標的になっている。だが、それだけでは説明がつかない動きであるな」
ヘルも言った。
「俺がこの件の犯人だったら、こうする。少なくとも四度目の襲撃はしない。リリアーナの身元も居場所もわかっているんだから、わざわざお前の目の前でどうにかしようなんて考えない。寮で寝ているところを殺す方がずっと簡単だ」
「関係性をちゃんと確認してから、始末したいと考えていたにしても」
フシャーナが、その説を補強した。
「そもそもあなたがリリアーナと親しいことを確認しているから、手紙で誘い出したんでしょう? だとしたら、一緒にお茶を飲んでいる間、いちいち待ってあげる必要だってないはず。建物の中にいて狙いにくかったのかもしれないけど、それだったら最初、合流した瞬間に槍を降らせてやればよかったはずだし。遅刻してきたんでしょう? だとしたら、仮に魔術を使うのに時間がかかったとか、何かあったとしても、準備時間なら、むしろたっぷり与えられていたと考えられるもの」
俺は腕組みをして、唸った。
だとしたら、なんとも中途半端な襲撃者だ。雑、といってもいいかもしれない。なるほど、仮にリリアーナを殺害されたとしたら、俺は精神的に大きなショックを受けるだろう。俺という標的の手強さを熟知しているとして、殺しきれないと承知しているとしたら。俺自身を殺す次に大きなダメージを与えるには、俺の周囲の人間を狙うのがいい。ああして見つかりにくいところから狙撃する分には、俺も身内を守り切れない。が、わざわざ俺がその場にいる時に槍を降らせたのでは、せっかくの準備が元も子もないだろうに。
それとも、狙いは脅迫だろうか? こちらの脅威がどれほどのものか、これでわかったはずだ、身内を失いたくなければ、我々の要求に応じよ……だが、脅迫とは、交渉の一種だ。俺が襲撃者の存在を知り、その身元を部分的にでも承知していなければ、そもそもあちらの命令に従うことさえできない。そして、今のところ、あちらからの接触は皆無だ。
わからないのは、あちらの標的の選定方法だ。では、悪意にせよ、脅迫にせよ、とにかく俺の身内を攻撃すると、それはいいとしよう。だが、なぜ二度目がグラーブで、四度目がリリアーナなのか? 一応、グラーブは主君にあたるし、だからああして攻撃を受けたなら、もちろん守る努力はする。だが、仮に俺の目の届かないところで彼が殺されたとして。何も感じないということはないにせよ、情緒的繋がりという点では、そこまででもない。一方、リリアーナとは昔からの縁がある。受ける衝撃はずっと大きいだろう。もし、俺の精神に揺さぶりをかけたいのなら、グラーブより個人的な知り合いを狙う方が有効であるはずで、彼をリリアーナと同等に扱うことが不自然であるといえる。わざわざサロンの集会を攻撃したり、手紙で誘き寄せたりするくらいには、俺のことをよく調べているというのに、これはどういうことだ?
「学園のガラス窓を次々割ったのも」
フシャーナは俯いて、目元を抑えつつ言った。
「学園長としては、ほんっとーに迷惑なんだけど……まぁ、それはそれとして。あれだけのことをしたのに、怪我人らしい怪我人は出てないのよ。本当に、嫌がらせというだけでしかないっていう感じで。もし、もっと嫌な気分にさせたいのなら、それこそあの槍で、無関係の人を誰か殺しちゃえばいいはずなのに」
一度目と三度目の襲撃には、更に合理性がない。やるぞ、やるぞというパフォーマンスとしてはインパクト充分なのだが、結果が伴っていない。
「はい、終わりましたよ」
ソフィアの治療が、一段落したらしい。
「どうだ、手応えは」
カディムの問いに、彼女は頷いた。
「そうですね。少しずつ前進している印象です。書庫の魔術書を学びながら、いろいろな方法を試してきましたが、この分なら、時間はかかってもきっと視力を回復させることはできるのではないかと……ただ、現時点では、それがどの程度までのものになるかは、確かなことは言えないのですが」
「何か見えるかもしれないというだけでも、充分」
「そうはいきませんよ。私はまだまだ完全回復を諦めてはいませんから」
治療がようやく軌道に乗ってきたというのは、朗報だ。
「来年の夏頃には、どうだろう」
「その頃には、結果が出ていると思います」
フシャーナが小さくガッツポーズをとった。
「じゃあ、行けるわね、遠征」
「本当に来るんですか」
「なによ、いいじゃない。これも研究よ、研究」
「学園の仕事はどうするんですか」
「ケクサディブがやるわよ。どうせ再来年は学園長なんだし、それくらいは引き受けてもらわなきゃ」
俺は首を横に振るしかなかった。
「先ほどのお話、少し聞こえていたのですが」
ソフィアが言った。
「やはり、怨恨ではないでしょうか」
「僕を恨む誰かの仕業だと」
「はい」
単純明快。彼女の顔にはそう書いてあった。
「だってそうではありませんか。使われた槍は常に黒塗り。これは復讐の作法です」
確かに、言われてみればそうだ。過去に俺は実例を目にしている。オディウスがサフィスを訪ねた夜、ウィーはまず黒塗りの矢を壁に向けて放った。
「いや、でも、変じゃないか?」
ヘルが首を傾げた。
「恨みがあるのはわかった。出だしに黒い槍を投げつけるのもいいだろう。でも、それだったら、最初からファルスのいるワノノマの旧公館とか、別邸とか、そういう場所に撃ち込んでもいいはずだ。まぁ、大勢の人の目に触れる方がいいということで学園を選んだのかもしれんが、そういうのは一回やれば足りるだろう? 次からは、ファルス本人か、その周りの人間を着実に殺していった方がいいじゃないか」
合理性という観点からの彼に意見に、ソフィアは首を横に振った。
「恨みというのは、甘えに似ています」
「甘え? どう繋がるんだ」
「共通点があります。どちらも、相手にわかってほしいと思うことだからです」
そう言われて、やっと認識が追いついた。
誰が犯人なのかはまだわからない。だが、仮に俺を恨んでいて、こうした行動をとるのだとしたら? あっさり俺や俺の知人を殺したのでは、そいつの抱える怨恨は晴れない。というより、それでは、あちらが被害者、こちらが加害者という構図がすぐに崩れてしまう。こちらも昔、やらかしたのかもしれないが、あちらもやったとなれば、そこに復讐の正義はもうなくなる。泥沼の報復合戦に突入したら、復讐者ゆえの、ある種の精神的優位性が失われる。
それでは復讐としては不足なのだ。俺が恐れ、罪を悔い、救済と赦免を求めるのでなければ。身内を失うかも、と怯えて過ごす時間は、長ければ長いほどいい。今、あちらは俺を追い立てている。逃げ惑う俺の姿をじっくりと堪能したい。
話は分かるが、こうして言語化してみると、ソフィアも随分とえげつないことを考えるものだ。しかもその発想が、いかにも僧侶らしく、相手の身になって考えるところから始まっているのが、なんとも言えない。いったい誰に似たのかと思わされる。
「だが、誰の恨みなのか」
「それはなんともわかりません」
カディムは首を傾げるが、彼は俺の過去のすべてを承知しているのでもない。そこはソフィアも同じだった。
そこでフシャーナが冗談めかして言った。
「案外、色事の恨みなのかもね」
「は?」
「ほら、あちこちでたくさん女性を惑わせてきたんでしょ? あなた」
「あのですね」
このやり取りに、ヘルが噴き出した。
「はっはっは! 女の恨みか! そいつはあるかもしれんな! なぁ、ソフィア!」
「モーン・ナーがすべてを清め、裁いてくださりますように」
「ちょっ、ちょっと」
彼らの悪乗りに苦情を申し立てようとした時、内心に胸騒ぎが広がった。
「えっ!?」
「どうしたのかしら?」
「ぼっ、僕の近くに……ええい!」
すぐ横に座っていたフシャーナと、ヘルを乱暴に掴んで引っ張り寄せ、そのまま、ソフィアとマルトゥラターレのすぐ傍に駆け込んだ。次の瞬間、分厚い天井を砕きながら、轟音をたてつつ黒い槍が、この真っ白な広間に突き刺さった。
「このっ……!」
神聖教国の公邸に大穴を開けるとは。人一人が潜り抜けられそうな、大きな狭間ができてしまった。
今度こそ、犯人を捕まえてやらなくては。
「ファルス、私に任せろ」
「でも」
「私なら簡単には死なない。お前が他を守る方がよかろう」
カディムは、それだけ言うともう振り返らず、今、できたばかりの出口から、夜空へと舞い上がった。
それから、俺達は待った。確かに、俺自身が行くのでなければ、カディムに頼むのが最適な役目ではあったから。彼は夜目が利くし、空を飛ぶこともできる。そして、万一負傷しても、普通の攻撃では滅多に死なない。
しばらくして、頭上に気配を感じた。
「済まない。逃げられてしまった」
「仕方ない、けど、逃げられたってことは」
「犯人の姿は見た」
有力な手掛かりに、俺達は前のめりになった。
「どんな奴でした?」
「顔はわからない。黒ずんだ金属製の仮面をかぶっていたからな。それと、襤褸切れみたいなくすんだ色のマントをかぶっていたのに、煌びやかな金色の槍を手にしていた。魔術の力だろうが、当たり前に空を飛んでいたぞ」
できれば直接、ピアシング・ハンドで確認したかったが、これだけでも、かなりの情報だった。
「戦いましたか」
「私が近づくと、僅かな詠唱で火の球を放ってきたぞ。ファルス、まるでお前みたいに」
「なんと、では、複数の魔法を使いこなせるほどの腕前なのですね」
「体つきや身のこなしからすると、あれは多分、白兵戦もできる奴だな」
彼は無念そうに溜息をついた。
「私が近づいてくるのを見て、火の球をぶつけてきたんだが、うまく避けるのを見ると、やり方を変えてきた。私より高所を飛びながら、わざと足下の市街地にも当たるような角度で撃ってきたんだ。となれば、ただ避けるだけではまずかろう? どうしても魔術で弾道を逸らすしかなくなる。そうしてこちらが手間取っているうちに、距離を取られてしまった」
「なかなか手強い感じですね」
「冷静だな。で、他に手掛かりは?」
するとカディムは一瞬黙り込み、じっと俺を見つめた。
「なんですか」
「ファルス、お前、まさか本当に」
「なんのことですか」
訝しむような顔で、彼は言った。
「いや、さっきの奴だが……あれはどう見ても、女だったのだが」
彼の最後の一言に、この場にいた俺達は、互いに顔を見合わせた。




