恨んでいるのは誰
「お手討ちになさればよろしいのです」
ヒジリはピシャリと言った。
「これ以上、狼藉を許す理由もありません。どのような理由があったにせよ、その者は無関係の学園の生徒達を危険にさらし、グラーブ殿下にも危害を加えようとしました。戦勝通りにあった噴水も破壊したのでしょう。これだけのことをしておいて、許される道理がありますか」
いつにもまして彼女は強圧的だった。反論など許さないと言わんばかりだ。
「でも、狙われているのが僕だとすると」
「だとすると、なんですか」
「その、いろいろと心当たりがあるというか」
特に世界中を旅したあの四年半。振り返ってみれば、とにかくメチャクチャに暴れまわったと、そういうしかない。手にかけた人の数も五桁に届く。アルディニアを皮切りに、スーディアでも人形の迷宮でも人を殺した。極めつけはサハリア東部で、あれはもう大虐殺といっていい。
その辺を思うと、今の俺がのうのうと、帝都で恵まれた暮らしをしているのが申し訳なくなってくる。
「あったらどうだというのですか」
「いや、悪いのは僕かもと」
「関係ありません」
だが、ヒジリの断固とした態度は揺るぎなかった。その圧力はひとえに俺に向けられているのだが、同じく一階の広間に集められた他の面子も、この剣幕に押されて顔を伏せている。
「理由はどうあれ、あちらは旦那様に戦を仕掛けているのです。戦なら、敗れて死ぬのも自業自得。旦那様の非を鳴らすなど、笑止千万」
「といっても」
「もし旦那様に罪があるというのなら、堂々と訴え出たらいいではありませんか。帝都の裁判所にでも駆け込めばいいのです。よしんば裁判所で解決しないというのなら、帝都には新聞社も多数あります。証拠があるのならですが、旦那様の過ちについて、世に問うこともできるはずです」
「う、ま、まぁ」
「それでも足りなければ、タンディラール王に問い質すのもいいでしょう。王たるもの、臣下の行いには責任が伴うものですから」
正論を並べ立てる彼女に、誰も口を差し挟めない。
「それをせずに、一般人が通行する道路を破壊したり、学園の施設を攻撃したりしたのですから、こちらがあちらの言い分など、聞き入れてやる必要すらないのです。とにかく討てばよろしい」
このやり取りに、ビルムラールはペルジャラナンと目を見合わせた。もっとも、深刻そうな顔をしているのはビルムラールだけで、ペルジャラナンは、傍から見る分にはいつも通り、つぶらな瞳をキラキラさせて、暢気そうにしている。
一方、ディエドラは楽しそうだった。彼女らしく、ヒジリの意見には全面的に賛成なのだろう。わかりやすく戦いで決着をつける。しかもあちらが仕掛けてきているのだから、遠慮はいらない。
シャルトゥノーマは、もう少し考えがあるようだった。
「済まないが、発言してもいいか」
「なんですか」
「いや、襲撃者を殺すにせよ、捕縛するにせよ、或いは逃げたり和解を求めたりするにせよ、まず相手が何者か、見当をつけておくべきではないか」
「必要ですか」
拒絶するような態度のヒジリに対して、シャルトゥノーマはどこまでも冷静だった。これではいつもと逆だ。怒りっぽいのがシャルトゥノーマで、ヒジリは自制しているのが常なのに。
「必要だろう。あなたらしくもない。魔物討伐隊は、敵の戦力も調べずに闇雲に戦いを挑むのか」
これには言い返しようもなく、ヒジリも黙り込んだ。それをディエドラは舌なめずりしながら眺めていた。一方、ヒメノはそんなやり取りに、小さな溜息をついた。
「う……しかし、旦那様の力があれば、どのような敵であれ……いえ」
「そうだ。確かにファルスは並外れているが、だからといって、これまでの事件から確認できた相手の能力だけで、簡単に勝てると考えるのは過信だろう。それに相手が一人とは限らない。今度こそ、ファルスの身の回りの誰かを本気で狙うかもしれない。目立つ攻撃を浴びせてきているのは別動隊で、本隊は別に控えているかもしれないぞ」
隅の方に座っていたリリアーナが不満げな声で言った。
「そういえば、ファルスって、旅の話はしてくれるけど、楽しいことしか喋ってないよね」
「うっ」
「少なくとも、私には。酔っぱらいの鉱夫の話とか、ムスタムのお祭りとか、南方大陸の変わった食べ物のお話は聞いたけど。でも、それだけの旅だったわけないよね。だって、旅の途中でパッシャと戦ったから、その功績が認められて、オオキミからヒジリとの縁談が持ち込まれたんでしょ。だから陛下もファルスを叙爵したんだし」
「う、うん」
「どうして私には話してくれないのかなー」
言いにくいから。あまりに血腥いから。
「内容が内容なので……」
「では、今日は一切を吐き出してもらいましょう」
情け容赦なく、ナギアが言った。
「事ここに至ったのですから、当然でしょう。お嬢様にも危険が及ぶところだったのですよ?」
「う、あ、はい」
それで俺は、記憶をまさぐりながら、ポツポツと話し始めた。
「旅に出てからだと、最初はアルディニアで……領主から廃嫡されて、追放された挙句に山賊まがいに落ちたのと、その手下どもを」
「どうしたの?」
「全員、斬るか焼くか、崖から突き落とした」
場がさっと静かになった。
「い、一応、手出しをやめるなら見逃すとは言ったんだけど、襲いかかってきたから」
「正しい対処ですね」
涼しい顔でヒジリが言った。
「全滅させたのなら、報復はないかと思いますが。人目につかないところの襲撃で、しかも追放までされているのなら、背後に誰かがいることもないでしょう。次は」
「次は……タリフ・オリムかな? ギルの本家筋の、イリシットって近衛兵の団長を、闘技大会で叩きのめして大恥を」
ビルムラールが頷いた。
「ああ、こっちの武闘大会の予選で話題になった件ですね。なんでも、股間を滅多打ちにしたという」
「次は、これも殺したわけではないけど、神聖教国で」
「そいつはねぇと思うけどな」
ヘルが言った。
「ジェゴスだろ? 野郎、とっくにくたばってるぜ。ノヴィ・リンティフィリクに流刑になって二年くらいかな。ジジィにしちゃ、よく長生きしたもんだぜ」
「ロイエ市では、恨みというほどの恨みは残ってない気がする。むしろこっちが被害者だったし」
マルトゥラターレの方を見ながら、俺は続けた。
「ただ、その次のヤノブル王の宮廷では、心当たりが……あちらのフォニック将軍を、試合で倒してしまって」
「試合なら遺恨など残さぬものでしょうに」
「それはまっとうな武人の話だろうから」
「ああ、つまり二流、三流ということですね、承知致しました」
その次はスーディアだが、これは怖い。
「実はその後、スーディアに立ち寄っていて」
「あの後、そんなところに行ってたんだ」
リリアーナに続いて、ウィーもぼやいた。
「まさかそっちに行くとは思わなかったから、完全に見失ったんだよね……」
とはいえ、これは追いつかれなくてよかった。
「森の中で後をつけてきた村人達が、僕とノーラを襲って身包み剥ごうとしてきたから」
「成敗した、と」
だが、本番はアグリオに到着してからだ。
「その後、いろいろあって、伯爵だったゴーファトまで死ぬようなことになって……どれだけの人が巻き込まれたか……今の領主のジャンも、僕のことは嫌ってそうだし」
「その件についてはヤレルから詳しく聞いております。次は」
「ムスタムと人形の迷宮で……帝都出身の冒険者達と揉め事になって」
「どうなさったのですか」
「人形の迷宮のヌシみたいな連中と、あとは女神挺身隊、その上層部とも絡んで、まぁ、その」
「ギィ」
ペルジャラナンが、自分の首を掻っ切る仕草をした。それを見て、ディエドラが笑い出した。
「クックックッ、お前、どの口で争うのはやめようとか言うんだ。結局、敵になった連中は皆殺しにしてきたくせにニャア」
「う……で、でも、本当にまずいのは、この後で」
「これだけやらかしておいて、まだお代わりがあるのかニャア?」
少なく見積もっても一万人以上。ケッセンドゥリアンの魔眼でアルハール氏族の艦隊を海の底に沈めた。アーズン城を囲んでいたフマル・セミン連合軍を腐食魔術で弱体化させた。彼らの直接の死因はネッキャメル側の反撃によるものだが、応戦する能力を奪ったのは俺だ。前者は、厳密にはまだ死亡していないし、後者はトドメを刺したのが自分ではないということは言えるが、実質的に彼らを死に追いやったのは、紛れもなく俺だ。
「実は」
ただ、この件で俺を殺しに来るのなら、相手は俺がプノス・ククバンだったことを知っている。なら、その事実を明らかにしない理由がわからない。うまくやれば、俺の寝床には、毎晩のように暗殺者が溢れかえるだろう。そうなれば、あちらとしては自分の身を隠しながら俺を狙うのも容易になる。また、この説をとるなら、グラーブを殺しかけた攻撃についての説明ができない。
そこまで言いかけた時、ヒジリが割って入った。
「旦那様」
「うん?」
「いろいろ恨みを買うようなことをしてきた自覚はおありのようですし、自らを責めるなとも申しませんが、おわかりですね? どんな過失が過去にあろうとも、旦那様は既に、勝手に死ぬなど許されない身の上だということは」
「それは、そうなんだけど」
モーン・ナーの呪詛が行方不明になったら、使徒も困るかもしれないが、モゥハの側も困る。現時点で俺が従順であることは、彼らにとって貴重なのだから。
「ギィギィ、シュウ」
「今、なんて言ったの?」
リリアーナの疑問に、シャルトゥノーマが答えた。
「他にも、女王に恨まれているんじゃないかって」
「女王?」
「えっと、それはクース王国の女王だったフィシズのことだと思う。南方大陸に渡ってから、ティズ様の口利きで、各国の王家に迎え入れられながら旅をしていたんだけど、その時に女王に殺されそうになって」
「えぇ、なんでまた」
俺は首を振った。
「ノーラを手に入れようとしたらしくて……僕を殺せば、あとはどうとでもなると思ったみたいで」
意味が分からなかったらしく、ヒメノが尋ねた。
「ノーラさんって、でも、手に入れてどうするつもりだったんですか?」
「フィシズ女王は、その、少女しか愛せない女だったから。で、少女が大人になると飽きてしまって、配下の傭兵に下げ渡して殺してしまうんだ」
「うわっ」
頷きながら、ヒジリは纏めた。
「だいたい、旦那様を恨んでいる連中は、こんなところでしょうか。あとは、いるとすればパッシャの生き残りということになりますが」
「そうかも。二度目の学園襲撃の時、明らかに魔術か神通力を用いていたから、その可能性が一番高いんじゃないかとは思っているけど」
ただ、それにしては、という思いもある。本拠地は、俺がデサ村付近でモーン・ナーの呪詛を暴走させたとき、壊滅させたはずだ。あの場にいた誰かが一人でも生き延びられたとは、到底思われない。
他の候補となると、チュエンのユンイとか、あとはスッケのゲリーノの関係者とか、思いつかないでもないが、いくらなんでもこれはないのではないかと思う。前者は、本人にろくな仲間がいなかった。損得と脅迫だけで他者を繋ぎとめていたような男だったから。後者は、さすがにオウイが処分しただろう。
「パッシャだとすると、厄介だな」
シャルトゥノーマがそう言うと、室内には重い空気が流れた。
「今日はここに来ていないみたいだが、ニドに相談した方がいいんじゃないのか」
「でも、ニドも別に組織の中核にいたわけじゃない。他の構成員がどこにいたかなんて、知っているわけはないし、それに帝都でそういう連中を見かけたら、僕に教えてくれるはずだ」
そんな風に言い合っていた時だった。
地響きのような音が、ずんと低く轟いた。振り返ると、ヒジリは目を見開き、口角をあげていた。
「来ましたね」




